アダムを監禁して囲ってしまう話先のエクスターミネーションでの被害が落ち着き、ホテルのメンバーでホテルを改装し、以前よりも良いものができた頃。
「そういえば、祝勝会できてなくない?」
エンジェルの一言にロビーにいた面々は作業を止めて固まる。
死線をくぐり抜けてきたホテルの面々は言わば戦友だ。
視線を超えてきた絆より強いものは無いと言える。
そんなメンバーが、打ち上げの一つや二つあってもおかしくない。
ペンシャスの弔事があったり、エクスターミネーションの功績でホテル利用者が増えたり等多忙な日々を過ごし、全員が忘れていたのだ。
「確かに…、この頃何かと忙しかったし…皆でご飯を食べることもできてなかったわね。そういえば、パパがパンケーキ食べる?って声掛けてくれてたけどそれも食べてなかったし…。ちょっとパパに連絡してみるわ!」
こうして、ホテル一行の『モーニングスター城、来城の旅』が決行されたのであった。
***
「やっぱり、チャーリーってお姫様だったんだな。」
「やめてよ!今はただのホテルの経営者よ!」
「十分すごいって。」
城の前についた一行はその大きさに絶句した。
ホテルの大きさも地獄では大きい方だが、モーニングスター城は敷地面積も目を見張るものがある。
門を抜けると迷路のような庭園が来客者を迎え、さらには地獄では珍しい花々が咲いている。
なんでもチャーリーの父と母が花を愛でるのが好きだったとか。
今でもルシファーが手入れを続けているという。
「忙しい王様がこの庭園の手入れねえ。」
「全部ではないけれど…、この辺はパパが手入れをしていたと思うわ。もう少し先に行ったら花壇があるんだけれど、そこは雇ってる人がやっているって。」
長い長い庭園を抜けるとようやく城の入口まで辿り着く。
「おかえり!!チャーリー!!みんなも、いらっしゃい。よく来たね。」
玄関の大扉を開いて一行をルシファーが迎えた。
「ただいま、パパ。ここに帰って来るのも久しぶりだわ。庭園、すっごくきれいね。」
「あぁ、ありがとう。君たちが来ると聞いて張り切ってしまったよ。…さぁ、立ち話もここまでにして。中に入って。まずは紅茶を入れよう。」
***
「王様の手ずからの紅茶…なんか緊張するね。」
「あぁ…。」
「そんなに緊張しなくてもいい。今日はゆっくりしていきなさい。」
城のホールの中心におかれたテーブルに腰かけた面々はルシファーが入れた紅茶に緊張していた。
「…私がいると心休まらないだろう、早速パンケーキを焼いてくるから君たちはおしゃべりしているといい。」
「あ…。ごめんね、パパ。」
「そんな謝ることじゃないぞ!チャーリー!娘が友達と恋人を連れてきたんだ!おもてなしさせてもらえることを嬉しく思うよ。」
ぱち、とヴァギーの方にウインクするとヴァギーは照れくさそうに頭を下げた。
ルシファーが離席するとさぁ!おしゃべりしましょう!といつものようにチャーリーが話し始める。
天使との戦いはどうだったか。
エンジェルは意外とハスクが戦えるんだと自慢気に話す。
元上級悪魔だぞ。これでも。
自慢気なエンジェルをハスクが小突く。
「エッギーズを助けたときのエンジェルの戦い方は美しかった。」
「そんなことないって。」
二人はいい雰囲気だ。
とチャーリーとヴァギーは微笑ましく肩を寄せ合っていた。
「パンケーキが焼けたよ。チャーリー、少し運ぶのを手伝ってくれないか。お話し中すまないね。」
「そんなことないわ!ありがとう!パパ!」
奇麗に焼かれたパンケーキは三枚重ねて盛りつけられていた。
クリームを横に添えて、外の庭園で収穫されたであろうミントが飾られていた。
「わー!めっちゃおいしそうじゃん。」
「パパのパンケーキはとっても美味しいのよ!」
「シロップはこの瓶に入ってるから好きなだけかけるといい。…さて、すまないね、チャーリー。おもてなしをしたかったんだけどパパは会合が入ってしまって行かなければいけなくなってしまったんだ。」
「あら…忙しいのに私たちを迎えてくれてありがとう。」
「いや!そんなことはないさ!今日一日は休みだったんだが…どうしても私がいないといけないらしい…。名残惜しいがこれで失礼するよ。」
ぽん、と魔法でいつものシルクハットと杖、上着を着用してホールから去ろうとした。
「あ、そうだ。チャーリー、この城の最上階には近づいてはいけないよ。昔と違って今は危ないものがあるから。」
「最上階ね、わかったわ!」
じゃあ、ごゆっくり。
魔法でゲートを作りそこをくぐってルシファーは出て行った。
「ん!王様のパンケーキ本当に美味しい!地獄では中々こういうの食べれないから。新鮮!」
「でしょう!」
ルシファーのパンケーキを食べながら、団らんの時を過ごした。
***
「チャーリーってさぁ、この城でずっといたの?」
「いやぁ…ティーンの時くらいだったかしら。昔はちょっとやんちゃしていて…はは。」
黒歴史を思い出し目をそむける。
「へぇ?その時の写真とかってないの?」
「え!?そんな!!大した子供時代ではないのよ!?」
「私も見てみたいわ、昔のチャーリー。」
ヴァギーの便乗にいよいよ逃げられないと悟り写真があったか記憶を辿る。
確か、ルシファーの自室に大事に飾られていたことを思い出す。
何度も外してほしいと懇願したが可愛いじゃないかと言って聞き入れてもらえなかったのだ。
「パパの部屋に写真があったはずだから…ちょっと取ってくるわね…。どんなのでも!!!文句言わないでよね!!!」
***
「あった。」
ルシファーの自室に入ると豪華な額縁の中に昔の黒歴史時代の自身の写真が飾られていた。
ぐるりと見渡すと庭の手入れは出来ても自室の手入れは出来ていないのだと悟る。
本当に忙しい中迎え入れてくれたのだろう、とアヒルたちの山を見ながら思った。
「さて、戻ろうかしら。」
ルシファーの自室をでるとその隣の部屋から歌が聞こえてきた。
「え…?」
城にはルシファーが1人で住んでいる。
それ以外の住人の話も聞いたことがない。
実際、誰かがいることをルシファーは言っていないのだ。
すると考えられるのは、城を開けがちな父の隙を狙った悪人が家の中に住みついている。
または、盗人が現在進行形で侵入している。
「…だれか…いるの…?」
恐る恐る、隣の部屋を覗く。
ふわり。
花の香りと地獄に似つかない爽やかな風。
その部屋だけ地獄から切り離されたような奇麗な空間が広がっていた。
城は黒と赤を基調として作られている。
実際廊下も赤色に黒の柄の入った壁紙に赤い絨毯が床に張られていた。
しかし、この部屋の中は。
白色。
白い壁に薄い青色の床。
チャーリーはまるで天国のような色調だと感じた。
「ルシファー?帰ってきたのか?」
窓際の方から声がする。
白い薄いカーテンに包まれている者の姿ははっきりとはわからない。
しかし聞いたことのある声には、と息をのむ。
アダムだ。
あのとき死んだはずの。
どうして、と声が出そうになったところで彼の状態を見て絶句する。
白い服を纏ったアダムの目には白いレースでできた目隠しが。
そして足には爽やかな部屋には似つかない重い枷。
その枷はベッドに繋がっており、そのベッドは床に固く固定されていた。
部屋の中を自由に移動するくらいの長さしかない鎖はアダムが動くとじゃらりと金属音を立てた。
「ルシファー?」
「あ…。」
声が出そうになったところで後ろから口を何者かに抑えられた。
「Shh…。悪い子だ、チャーリー。最上階には近づいてはいけないよといったばかりなのに。」
チャーリーに耳打ちをしたのは出かけたはずのルシファーだった。
「ルシファー、誰かいるのか?」
「ただいま、アダム。誰もいないよ。」
「そうか。なぁ、腹減ったんだけど。」
「わかった、パンケーキを焼いてきてやるからちょっとまってなさい。」
「はぁい。」
チャーリーの口を抑えたままアダムとルシファーが会話する。
以前の彼らの仲の悪さはエクスターミネーションで見ている。
こんな風に話すのか。とまた目を見開いた。
「すまないね、チャーリー。」
きん、と音がしてチャーリーの意識はそこで途絶えた。
***
「皆ごめん、お待たせ!」
「ほんとだよ!すぐ戻ってくるって言ってからずいぶん経ってるからどうしたのかと思った。」
「ごめんなさい。パパの部屋に入ったら懐かしいものばかりで。ね!パパ。」
「あぁ。昔君と作ったアヒルや君がくれた絵で盛り上がってしまったね。」
「それにしても、王様いつの間に帰ってきてたの?」
チャーリーとともに現れたルシファーにエンジェルが問う。
「会合が早く終わってね。ゲートで帰ってきたんだが。部屋でチャーリーがアヒルたちと戯れていてね。つい昔話をしてしまった。」
「そうだったんだー、またアヒルちゃん見せて。」
「あぁ、いいとも!」
***
「アダム。アダム、お待たせ。」
「んあ…?」
「こんなところで眠ると身体を悪くするよ。」
白い部屋にパンケーキを持って現れたルシファーはアダムを起こす。
この部屋でアダムのお気に入りの場所は出窓だ。
カーテンの中に入って歌を歌ったり、本を読んだりするのが好きだと言っていた。
最初は鎖が短くてそこまで辿り着けなかったため、泣きながら窓の外が見たいと言い出した彼のために鎖を少し長くした。
すると毎日泣いて過ごしていた男の情緒はすっかりとよくなり、今では窓辺でうたた寝をする程になった。
「さぁ、こっちに座って。ティータイムにしよう。」
「ん。今日はダージリン?珍しいじゃないか。」
「あぁ、客人が持ってきてくれてね。」
「ふぅん。」
彼から視力を奪ったおかげで他の器官が鋭くなったのだろう。
紅茶の香りを当てられるくらいには発達していた。
「今日、だれか私の部屋に来た?」
「いいや。私があの時声をかけたくらいでだれも来ていないよ。」
パンケーキをアダムの口に運ぶ。
んまい。
と鳥の雛のように口をあけてパンケーキを待つ。
「そうなんだ、誰かいたような気がするけど…。」
「気のせいじゃないか?この城にはお前と私2人きりだし、客人もここまで入ってこれない。」
「そうだな。なぁ、ルシファー、今度は肉が食べたい。」
ぺろ、と口の周りのシロップを舐め、ねだる。
「肉か。また用意しよう。」
「やった。リブがいい。」
「さぁ、今日も歌おうか。今日は何の曲がいいだろう?」
ヴァイオリンを取り出し、アダムにもギターを与える。
「そうだなぁ。そういえば、今どきは賛美歌をポップに歌うらしいぞ。それをやりたい。」
「じゃぁ、こっちだな?」
取り出した楽器をしまい、ピアノとエレキギターを出す。
2人の日課だった。
目の見えないアダムは最初一緒に歌う事しか出来なかったが、毎日暇を持て余していたため見えなくてもギターを以前のように弾けるようになっていた。
『~~~♪』
2人の楽しい音色が白い部屋から聞こえ、夜は更けていった。
End