傷つけないよ「ズメイ先輩ー!!」
「どーしたの?レプリック君」
慌てた様子で走ってきたレプリックに訳を尋ねると
「お菓子食べてたらヘスリヒさんが……!」
と答えたので、血相を変えて部屋に戻れば、部屋の隅に見知らぬ少年が。
ヘスリヒが着ていたはずの服が緑の絨毯に散らばっており、少年は何も纏わぬ状態で、石煉瓦がむき出しになった床に縮こまって座っている。
長すぎるパサパサした緑の髪、隙間から覗く隈の酷い目元、骨と皮ばかりの体に生えた深紫の鱗……間違いなくヘスリヒだと確信して、ズメイは歩み寄ってしゃがんだ。
「ヘスリヒさん」
声をかけただけなのに、ヘスリヒは
「ヒッ…!な、なんで俺の名前…あっ、すみません勝手に喋って…服も勝手に着ててすみません……脱いだので許してください……痛いのは、やめて下さい…っ」
怯えながらも額を地面に付けて許しを乞う。
「(元奴隷だとは言ってたけどここまでだなんて…)大丈夫だよぉ、何もしないから顔を上げて、ね?」
「はい……」
ヘスリヒがおずおずと顔を上げれば、涙で潤んだ小さな黒目がそこに。
ここで、ズメイの我慢が吹っ切れて衝動のままに抱きしめた。
「可愛い!!」
「えっ!??」
ヘスリヒが困惑しているのにも構わず、ズメイは可愛いと言い続けながら頭を撫でる。
その光景を見ていたレプリックがいつ訳を話そうか考えていると、ヘスリヒを抱きしめたままズメイがそれを訊いてきた。
「さっきお菓子食べてたらって言ってたけど」
「あっ、そうなんですよ!シェンラオさんが珍しくお菓子をくれたので二人で食べてたんですよ、ほら」
テーブルの上にあった食べかけのクッキーを見せる。
「突然咳き込み出したと思ったら、こうなって……でもなんで僕は…」
「説明してやろうか?」
「シェンラオさん!」
得意げな顔でシェンラオが部屋に入ってくると、悪人の気配を感じ取ったのかヘスリヒが身体を震わせたのでズメイは少し強く抱きしめた。
「暇つぶしにそこの蜥蜴君の血液と、こないだ見つけた変身魔法の使い手の魔で作った面白変身薬さね。いやー、こんな効果が出るとは思わなかった」
「そうなんだ…」
「わーっ!シェンラオさん謝ってください!ズメイ先輩キレてますから!」
「謝る義理はないさね、暫くしたら治ると思うからそれじゃあな!」
言うだけ言って逃げたシェンラオを追って一発くれてやりたかったが、今のヘスリヒから離れたくないのでグッとこらえたズメイ。
ホッとするレプリック。シェンラオを傷つけようものなら後々面倒なのが来ると知っているからだ。
「どうします?服は着せた方がいいと思いますよ?」
「そうだねぇ……あ!いいものがあるよ!」
ズメイは嬉々としてクローゼットを開くと、真っ白な長袖ワンピースを取り出した。
「なんですかそれ。ゾーヤ先輩だったら引いてましたよ」
「着ようと思ってたら筋肉が付きすぎて着れなくなっちゃったんだぁ」
そう言って着せようとすると、ヘスリヒはそれを拒んだ。
「そんないい物…俺にはもったいないです…」
「似合うと思うけどなぁ。それに何か着てないと寒いよ?」
「大丈夫です……寒さには慣れてますし…お腹だって空きません………ご主人様の迷惑には……ご主人様…俺の、俺のご主人様は…!?」
突然パニックを起こし始めるヘスリヒ。
「戻らないと……いや、役たたずだから捨てられたのか……?」
痩けた頬にズメイは触れる。
「ヘスリヒさん、今日から君の主人はボクになったんだ」
「そう、なんですか……?」
「うん。だから、ボクの言うこと聞いてくれるよね?」
「はい……何からしますか?掃除ですか?洗濯ですか…?」
「そんな事しなくてもいいんだよぉ」
「じゃあ何を…?」
ストレス発散だと殴られていた記憶を思い出して、ヘスリヒは顔色を悪くするが、返ってきたのは予想外の言葉であった。
「これを着て、ご飯食べて、お昼寝でもしよう?」
「そんな……もうこんなに良くして貰ってるのに……これ以上は…」
「?」
首を傾げるズメイ。
「暖かい部屋に入れてもらって、優しく触れてもらって……俺はそれだけで、十分幸せなのに…」
「どこが幸せなんですか!!」
ズメイがフォローを入れる前に後ろで聞いてたレプリックがギャン泣きしながらシーツでヘスリヒの体を包んで、暖かい紅茶を渡した。
「もっといい事あるんですよ世の中!なのに、こんな、こんな子供が……っ」
「レプリック君、今はボクのターンだよね」
「兄ちゃんが今美味しいもの持ってきてあげるからね!!」
孤児院で長男格やってたせいか、その時の細胞が疼くままにレプリックは厨房へと向かった。
「…………ご飯来る前に服着ようねぇ」
「あ…はい……」
フリッフリのワンピースを着せられて、ついでに髪も可愛くお団子でまとめられたヘスリヒ。
「あの…」
「可愛いよ!とーっても似合ってるよ!」
「(ご主人様のセンスを疑っちゃいけないよな…)」
これは仕事着と自分に言い聞かせて、違和感を拭う努力を頭の中でしていると、ドアが開いてレプリックが沢山料理を運んできた。
「こ、こんなに食べ物が……」
口端から垂れそうになる涎を我慢するヘスリヒの手を引いて椅子に座らせるズメイ。
「好きなのから食べていいよ」
「いいんですか……?」
「だって、君の為に用意されたんだから。ほら、この鶏肉とか美味しそうだよぉ」
鳥足のローストを渡されると、食欲のままにかぶりつく。
余程空腹だったのか、すぐに食べ終わると次は二本手に取った。
夢中になって食事をするヘスリヒを見つめながらズメイもこの間実家から送られてきた大きな卵を茹でたものに手をつけた。
レプリックはしんどさでまだ泣いていた。
デザートまで食べ終わると、眠気がヘスリヒを襲う。
「眠たい?」
「…はい……ごめんなさい、まだ、何も役に立ててないのに……」
「いいんだよぉ。だって可愛いヘスリヒさんを見れて満足してるから」
と言って、ズメイはヘスリヒを抱いてベッドに寝かせ、自分も添い寝する。
「おやすみ、ヘスリヒさん」
なんで俺は女物のワンピース着てんだ???
目覚めて最初に思ったことを口に出そうとしたが、ズメイが幸せそうに寝ているので起こしたら悪いかと黙ってベッドから出るヘスリヒ。
「彼シャツよりも先に彼ワンピ経験するとかねぇだろ……」
着替えながら小さく呟いて、またベッドに戻ったのであった。