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    hanihoney820

    @hanihoney820

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    hanihoney820

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    円満和解壁崩壊後前提乱寂。
    宇宙に飛ばされそうになる先生と、なんとかしてそれを止めたい乱数のお話。
    エセSF(少し不思議)、暴力表現あり。その他なんでも許せる方向け。

    宇宙に行かなかった。5.65




    「──と、いうわけで。こうして神宮寺寂雷は、宇宙には行きませんでしたとさ。おしまい」

     めでたしめでたし、で話を結んだ乱数の前で、拍手喝采の代わりに幻太郎がコン、と湯呑みを置いた音が軽く響いた。

     こうして幻太郎と面と向かって会うのは、とても久しぶりだった。何せ彼は今や時の人。大成功を約束された大スター様。最終調整やらサイン会やらテレビに雑誌にラジオやら普通に他原稿の締め切りやらで大忙しで、なかなか会う時間を取れなかった。そんな中でのようやくのオフ。聞きたいことも聞いて欲しいこともたくさんあって、今まさに聞いて欲しいことを話している最中。
    神宮寺寂雷が、宇宙に行かなかった。ただそれだけの話を。

    「いや〜、まさか本当にやめるなんて、正直思ってなかったんだけどね。確固たる鉄の意思とか、あるんだと思ってたんだけど。まあああ見えて結構勢いというか? 思いつきというか? 一回突っ走り始めると止まらなくなるとこあるしねぇ」
    「……」
    「ふふ、それにしても今思い出しても笑っちゃう。『私も君に会えなくなるのは寂しい』だってさ。いっつもお説教やお小言ばっかりでウザったいやつだと思ってたけど、た〜まにはカワイーとこもあんじゃんね」
    「……」
    「まあなにはともあれ? 数日中には『神宮寺寂雷! 突然のプロジェクト辞退に騒然!?』とかいう見出しが載るんじゃない? あっ、でもこれまだ世間には公表してないことだから、幻太郎もナイショだよ? 言ったらメッだからね?」

    くすくすと、笑いながらまた思い出す。ふたりきりのプラネタリウムの中。仮初めの夜空の下で「近い内に、お断りの申し出をしてみようと思います」と明確な結論を告げた寂雷のことを。「ありがとう」と、憑き物が落ちたように清々しく笑ったあの顔を。
    「えっ、やめるの? ホントに? へ、へ〜? そう? ふ〜ん。べ、別にムリじいするつもりじゃなかったんだけど? えっ、ホントに? ホントにいいの? へ〜ふ〜んそうなんだぁ〜」なんて。我ながら随分挙動不審なリアクションをしてしまったことや、それ以外にも気恥ずかしいことは色々伏せつつ。幻太郎にはここ最近の乱数と寂雷を取り巻く一連を話した。この、嬉しいようなむず痒いような感覚を誰かに聞いて欲しくて。でもこんな時に限って帝統はよくあると言えばよくある音信不通だし、一郎は他の依頼に手一杯らしくて次の乱数の依頼日まで会えそうにない。そんなところで幸運にも幻太郎のオフが舞い込んだのだから、これはもう聞いてもらわない手はない。
    だって、嬉しいことは共有したい。誰かに「それは良かったですね」と言ってもらいたい。

    タイムリミットが来てプラネタリウムから出た後も、乱数と寂雷は当初の目的通り、正しく『遊んだ』。東都スカイハイタワーには展望台やレストラン街や古着やアパレルショップ工芸品エトセトラエトセトラ。遊ぶには困らないだけの施設があって、そんな場所を片端から巡った。「あっちに行こう、これはどう?」なんて寂雷を連れ回して。とても寂雷には似合いそうにない店に無理やり押し込んでは、困っている様子を笑ったり。かと思えば変なところに興味を持ち出して、同じ場所で三十分動かなくなってしまった寂雷を押したり引いたり。そうしている内に気まずさもぎこちなさも薄れて、なんだか少し、昔を思い出した。
    別れ際には、再会の約束もした。「またね」に合わせて「次はどこに行こうか」と、さり気なさを装って。少し緊張して震えた声にも寂雷は気づかなかったようで「しばらく忙しくなってしまいそうですが、予定が空いたら、また必ず」「今度は、君の好きな場所を教えてください」なんて答えた。乱数の明日に寂雷もいる。そういう約束をした。

    「乱数」
    「ん〜? なぁに? 幻太郎」

    だから、これからはもう少しだけ、頑張ってみよう。明日、明日と先延ばしにばかりして。そんな明日が絶対にくる保証がないことを乱数はよく知っていたはずだし、今回それを再認識した。明日、明日、また今度、もう少し。そんなことを繰り返して、後悔を上乗せさせるのなんてもうごめんだ。だから、これからは、もう少し、素直になろう。
    ひとまず目先の約束の話から。乱数の好きな場所、なんて、数え切れないほどある。だから行きたい場所なんて山ほどあるけれど、とりあえずどうせならパーッと遊びたい。そうだ、東都ドリームランドなんかはどうだろうか。国内最大クラスのテーマパーク。確かあそこには高さ百メートル、最高速度百八十キロなんてえげつないジェットコースターがあった。以前寂雷にバンジージャンプをやらせた時も面白かったから、今回もきっと、面白い反応が見られる──。
    なんて、浮かれたことを考えていたから、ようやく気付いた。乱数を見つめる、幻太郎のどこか、静かで険しい視線に。

    「げ、幻太郎? どうかした?」
    「……せっかくのところ、水を差すのはどうかと思いましたが。貴方があまりに楽しそうなので、ひとつ忠告を」
    「チューコク?」

    不穏な響きに、不穏な表情に、乱数はふとここまで幻太郎がろくに相槌すら打たなかったことを思い出す。初めの内はとても興味深そうに聞いていたのに、少しずつ少しずつその眉間には皺が寄って、むっつりと考え込むような顔をしてしまった。何故そんな顔をするのだろう。ただ乱数は、からかわれたって構わないから、いっしょに喜んで欲しかっただけなのに。それこそ「祝福してください」と、強要するように。
    けれど幻太郎は、不穏な表情のまま、不穏な声で、乱数の名前を呼ぶ。

    「……乱数」
    「だから、なぁに、幻太郎」
    「貴方は……神宮寺寂雷を地上に引き止めた責任を、取らなければいけないかもしれませんよ」
    「へ?」

    思ってもみなかった言葉。嘘ですよ、なんて言葉を期待するけれど、種明かしは起こらない。

    「せ、責任って……げんたろ、そんなオーゲサな……」
    「おい乱数! 乱数、いるか!?」

    唐突な大声と乱暴に扉を開ける音。鼓膜を破かんばかりの勢いで事務所に飛び込んできたのは、やっぱり帝統だった。彼は幻太郎の存在を認めると「おっ、幻太郎じゃねえか! 久しぶりだな、元気してたか?」と呑気に笑って。そして器用にも「って、んな場合じゃねえんだよ! ニュース、ニュース見たか!?」なんて一人ノリツッコミを繰り広げている。
    そんなおかしな光景なのに、何故だか嫌な予感がした。確か以前も、こんなふうに帝統が凶報を告げに来た。
    乱数が固まっている間にも、幻太郎がリモコンを手にしテレビの電源を入れる。帝統に指示されるままチャンネルを替えれば、見慣れた顔が映った。以前のような十人の内のひとりではない。
    神宮寺寂雷、オンザステージ。

    『──ええ、確かです。私はかつて、殺し屋として、大勢の人の命を奪いました』

    聞き間違えかと、そう思った。そうじゃなかったら、何か、ドッキリかと。
    ふら、と立ち上がり、幻太郎の手からリモコンを抜き取り、チャンネルを替える。すぐ隣の局で、料理番組をやっていた。もう一度替える、退屈そうなバラエティ。もう一度替える。昔人気のドラマの再放送。最初のチャンネルに戻す。間違いなく全国放送のテレビ局で、左上には『LIVE』の文字。

    『二十歳の時に、大学の掲示板に貼られた衛生兵募集の貼り紙を見て戦地に赴くことを志願しました。世の為人の為になるのならばと、少しでも眼前の人々を救うことができるならばと。しかし戦地で私が知ったものは、想像を絶する絶望と、堪え難いほどの己の無力感だけでした。そして──』
    「……なに、これ」

    テレビの中で、寂雷はカメラのフラッシュを浴びながら、淡々と話をしている。かつて彼が、殺し屋として人を殺めたという話を。右上には『神宮寺寂雷! 突然のプロジェクト辞退に騒然!?』の文字。『ですから、私にこのプロジェクトに参加する資格はありません』と、そう続けたことでどうして寂雷がこんな話をしているのかは、なんとなくわかった。
    わかった、けど、わからない。どうして?
    だってそんな話をしてしまったら、遊園地には行けなくなるのに。

    リモコンを幻太郎の手に戻し、ふら、と自分のデスクに戻る。そこには乱数のスマホが置いてあって、乱数は迷わずひとつの番号を呼び出した。コール音が鳴る。一回、二回、三回。

    「──なに? なんで? なんで出ないの? ねえ……」

    四回、五回、六回。

    「出ろよ……出ろよ、出ろよ、出ろよ!!」

    七回、八回、九回、十回。

    「出てよ……」

    出るはずもない。だってこの番号の主は、今まさにテレビのライブ中継でカメラの前にいるのに。でもそんなことをわかっていても、電話をかけるのをやめられない。全国の皆々様なんかではなくて、乱数に説明して。
    なんでお前は今、そんなところで、そんな話をしているの。

    宇宙に行かなかった神宮寺寂雷は、いったいどこへ行こうとしているの



    * * *



    すぐに収まるはず、と期待していた騒ぎは、思いの外収まらなかった。
    ただでさえ全世界の注目が集まっていたプロジェクトの突然の辞退。しかもその理由が、過去の殺人のせいときた。各国様々な法や戦争犯罪の専門家が徹底的に検証した結果『罪に問われるものではない』という結論は出たようだけれど、だからといってそう簡単に納得できるものではない。今現在医者として働いている男が、かつてTDDという伝説のチームにいた男が、ディビジョンラップバトルで優勝したチームのリーダーが、人殺しだった。
    到底、納得できるものではない。

    しかもあの会見の翌日に、一冊の本が出版された。神宮寺寂雷半生の記録と銘打たれたその本は、嘘か真かただ淡々と彼のそれらしい過去の物語を記したもの。出版元も著者も謎のその本は全国の書店に一斉に搬入され、そして相当数の書店がそれをそのまま棚に並べた。当然すぐに規制の対象にはなったけれど出回った数も凄まじく、また全文が大量にネット上にもアップロードされた。
    一日二日で用意できるものではないそれは、今回の一連を『神宮寺寂雷の売名行為』と印象づけるには十分な威力を持っていた。




    「──幻太郎は、こんなことになるってわかってたの?」

    事務所のイスに蹲り膝に顔を埋めながら、乱数は二日ぶりにまともに言葉を発する。あのテレビ中継の日から、仕事が途方もなく忙しいだろう幻太郎も、気付けばふらりとどこかに行ってしまう帝統も、ずっとここにいてくれた。それでも乱数は、ふたりとまともに話をすることもできずに、ただただ電話を鳴らし続けていた。
    寂雷からの返答は、未だない。

    「……まさか」

    こんなことになるなんて、夢にも思いませんでしたよ、と。幻太郎もどこか憔悴した様子で呟く。乱数の事務所から出ずとも仕事は山積みで、穴埋めの為もあるのだろう、幻太郎は寝る間も惜しんで原稿に向き合ったりどこかに電話をかけたりしている。
    僕のことは気にしないで、行っていいよと。そう言ってあげられるほど、まだ乱数にも余裕がない。

    「けれど、何処かおかしいとは思いました。私は神宮寺寂雷殿のことはあまり存じ上げませんが、己が否と思ったことを唯々諾々と了承するような御仁には見受けられませんでしたから。それに事前に貴方や周囲の人間に知らせなく、というのも、不自然な話です。何か込み入った事情があったのではないか、程度です」
    「込み入った事情って?」
    「それは、私からは何とも。全て推測に過ぎません。それに……そうでなかったとしても、私は喜ばしいと同時に、少し心配でしたよ。貴方が神宮寺寂雷に素直に言葉を伝えた、というのは」
    「……」
    「素直に、本心を。おおいに結構。しかし言葉にするということには、同時に責任が伴います。誰かに何かをして欲しいと伝えて誰かがそれを成してくれた。しかしその行為に何らかの問題が発生した場合、乱数、貴方は自分は一切無関係だと、そう言い切ることができますか? 言葉を扱うというのは、そういうことです。それが人生における一世一代の決断とくれば、尚更」
    「……それって、げんだろーがウソばっかり吐くのも、おんなじ理由?」
    「……」
    「あは、ごめんね。イジワル言ったね」
    「……いえ、事実みたいなものですから」
    「うん、だから、イジワル言った……ごめんね、幻太郎、帝統。僕は大丈夫だから、ふたりもそろそろ帰りなよ」
    「そんな顔色で何をおっしゃるんですか。我々はポッセなのでしょう? こんな時くらい、一緒に居させて下さいよ」

    意地悪を言ってしまったのに、幻太郎はそう言ってくまの残る顔で優しく微笑んで、競馬新聞を広げていた帝統もニカ、と笑う。そう言ってもらえたことに内心で安心しつつ、乱数はもう一度同じ番号に電話をかける。話中、電波の届かない場所、話中、話中、話中、電波の届かない場所。

    寂雷の殺し屋時代の件について乱数は中王区からの情報で元から知っていたし、ディビジョンバトルを通して麻天狼の一二三や独歩、一郎や左馬刻も紆余曲折を経て知らされていた。当時は多少の亀裂もあったらしいが麻天狼と寂雷の絆はその暴露を経てより深まり、一郎も戸惑いながらも乱数のことだって許した彼だ、最終的には受け入れた。左馬刻はといえば驚きはしつつも「やっぱりな」とでも言いたげなリアクション。元から何処かしら、通じるところがあったのだろう。周囲の人間がおおむね寂雷の味方なのは、まだ救いだった。
    それでも止せば良いのに、SNSやインターネットで今回の件について検索してしまう。候補から酷い言葉ばかりが並ぶその先にもロクなものはなくて、案の定余計に気が滅入った。人殺し、悪魔、キチガイ、医者失格、二度と顔を見せるな、死刑にしろ、殺してやる。
    擁護する意見がないわけではないけれど、罵詈雑言は概ね美辞麗句より強い。どちらにしろ電子の海で交わされる言葉は空っぽだ。当事者たちの気なんて知らない。
    とりあえず、遊園地にはまだまだ当分行けそうにない。




    6




    『──もしもし? 神宮寺寂雷です。こちら、飴村くんのお電話で、お間違い無いですか?』
    「……………………うん、あってるよ。こちら、飴村乱数のスマホです」
    『良かった。すみません、諸事情で携帯や電話番号を替えたんです。怪しんで出てくれなかったら、どうしようかと』
    「……」
    『君が初めに電話をくれてから、一週間も経ってしまったこと、本当に申し訳なく思っています。本当はすぐにでも連絡をしたかったんですけど、何かと込み入ってしまいまして。ようやく落ち着いてきました。今、お時間大丈夫ですか?』
    「……寂雷」
    『はい、何でしょう』
    「会いたい」
    『……』
    「会いたいよ。会って話がしたい。ちゃんと顔見て話したい。ちゃんと、僕の前で、全部話して」
    『……今私に会うということが、どういうことか。わからない君では無いでしょう』
    「それでも、会いたいよ」

    (数秒の沈黙)

    『……急にこんなことになって、驚かせてしまいましたね。もしかしたら君の方にも、何か迷惑がかかっているのでしょうか。だとしたら本当に、申し訳ない』
    「おまえが言ってた迷惑って、そういうこと? あの時にはもうこうするつもりだったの? あの時にはもうこうなるって、わかってたの?」
    『……ええ』
    「だとしたら本当に最低だね。それこそ事前に言っておくべきだったんじゃないの? 僕以外にもいっぱいい〜っぱいメイワクかけてるんでしょう? だったらさあ……」
    『……』
    「……ちがう、そうじゃなくって……そういうことを言いたいんじゃなくって……ああもう、やっぱりダメだよ。電話じゃダメ、顔見たい。ねえ今どこ? 家にはいないんでしょう? あんなにいっぱい記者やら野次馬やらいるとこ帰れるわけないもんね? どこにいんの?」
    『いえ、そういうことを言いたいので、間違っていないと思いますよ。君からの言葉は全て、甘んじて受け入れる所存です。この度のことは全て、私の浅慮が招いた結果ですから』
    「……あんな本、おまえが出したわけじゃないよね?」
    『ええ、もちろん』

    (数秒の沈黙)

    『──そうですね、何処から話したら良いのか。まず話は今回の計画『ラザロ・プロジェクト』に勧誘された時にまで遡ります。当時私は今回の件に関して非常に興味深いとは思いながらも、積極的に参加を承諾した訳ではありませんでした。理由は以前君にも話した通り、私は今現在目の前で苦しんでいる人々を救いたいと思っていた。あの計画の理念自体は素晴らしいものだと思いますが、そこに関わるべき人間は私以外にもいるのではないか、そう考えたのです』
    「……」
    『しかし、彼女達はそんな私に、私の過去について知っていると、そう仄めかしました』
    「……脅された、ってこと?」
    『そこまで、明確には。けれどそうですね……結果このような事になっていることを思えば、彼女達もそういうつもりだったのかもしれません。私も、その贖罪の為にと、そう言われてしまえば拒否するという選択肢は頭から消えてしまった。宇宙に行く以外に道はない、そう思い込んでしまった』
    「だから、プロジェクトの辞退を発表すると同時に自分から過去の件を暴露したの? 確かに自分の口から言った方が、他所から悪し様に言われるよりはダメージ軽いかもだもんね」
    『とはいえそれも、あちらの想定通りの行いだったようですが』
    「……じゃあやっぱり、計画の首謀者さん達があの本を出版した犯人、ってこと? だったらそいつらを告発でもなんでもすれば、せめてあれは寂雷が出したものじゃないってハッキリそう言えば、少しはこんな騒ぎもマシになるんじゃないの?」
    『出来ませんよ、それは』
    「どうして?」
    『今この段階で彼女達に余計な疑念を被せることは、計画の頓挫に繋がります。多くの努力が、莫大な資金が、数多の理想を乗せた方舟が、宇宙を目指せなくなる。私は今でも、あの計画は本当に人類の為になると、そう思っていますから』
    「そ、それこそ知ったことじゃなくない!? だって先に卑怯なことしたのはあっちじゃん!疑念もなにもどう考えたってあっちが悪いんじゃん! こんな、人の弱味につけ込むみたいな真似!!」
    『元はと言えば、私自らが蒔いた種ですから。いつかこんな時が来ることも、覚悟はしていました』

    (数十秒の沈黙)

    「……僕の、せい?」
    『はい?』
    「僕が、引き止めたから。だから、こんなことになったの?」
    『まさか! そんな筈はありません。そんなことを、ずっと考えていたんですか?』
    「だって、考えもしなかったんでしょう。僕が余計なことを言わなければ、こんなことになることもなかったんじゃないの? あんな、ひどいこと言われたりしないで。おめでとう、すごいねって、寂雷にかけられる言葉は、それだけだったかもしれないのに」
    『誤解を招く言い方をしてしまったこと、そして君への連絡がここまで遅くなってしまったこと、改めて申し訳なく思います。けれど君のせいだなんて、そんな筈はありません。宇宙に行くことを辞めたのも、過去のことを話すと決めたのも、全て私自身の選択であり、その責任は全て、私にあります』
    「……」
    『全て、覚悟していたことですよ』

    (数秒の沈黙)

    「──だ、よね! だいたい、僕だって別に、そんなつもりで言ってないし! だってなんかもっと、軽い感じで言うでしょ? 今夜は帰りたくないな〜とか、電車一本遅らせない? とか、そんな感じで。そんな言葉にいちいち責任とか、そんなの考えないじゃん。一生いっしょとか生涯あなただけとか、人間はカンタンに言うじゃん。そんなもんだよ、そんなもん!」
    『ええ 、わかっていますよ』
    「それに、たまたま僕が一番乗りになっちゃったけど、衢とか麻天狼のヤツらも絶対その内、似たようなこと言ったよ。そんできっとあいつらに言われたら絶対おまえもおんなじことした。ねっ、そんなもんでしょ?」
    『ええ、そうですね』
    「だって、僕だって、こんなことになるって、わかってたら……」
    『……』
    「……」
    『すみません、飴村くん。君に、余計な気を負わせてしまったようで』
    「……別に、気にしてなんか、ない」
    『それなら良かった。そうです、君も言った通り、私の選択と君とは、何の関わりもありません。どうか、気にしないで下さい』
    「……うん」
    『君の言う通り、私は現在余計な揉め事を避ける為身を隠しています。しかし人の噂も七十五日と言いますし、この騒ぎも遠からず収まることでしょう。どうかそれまでは君も私のことは知らぬ存ぜぬで通して下さい。誰に何を聞かれても、何も答えないで──いえ、今なら私への罵詈雑言も歓迎しましょう。私と君が無関係なことの、いい証左となる。もちろん、迷惑をかけた埋め合わせは、いつか必ず』
    「……約束?」
    『ええ、約束です』

    それでは、また。そんな再会の約束を最後に、電話は切れた。待ちに待った電話のくせに、通話時間はとても短い。言いたいことの半分も言えた気がしないし、むしろ電話をする前よりも鉛を飲んだように胃袋が重い。
    こんなことになるなんてわかっていたら──あんなこと、言わなかった? そりゃあそうだ。だって乱数に、責任なんて負えるわけない。寂雷の人生をめちゃくちゃにする責任。さみしいから行かないで。そんな小さなわがままのツケが、こんな大それたことに繋がるなんて思ってなかった。
    だから、これでいい。寂雷は乱数のせいじゃないと言ってくれたし、乱数だってそう思うし。忘れっぽい人間はどうせこんな騒ぎのことだってその内忘れるし、そうしたらきっと、遊園地だって行ける。
    でも、何故だろう。もう二度と、電話は繋がらない気がした。

    『──もしもし?』

    スマホから、訝しげな声が返る。それだけの衝動で掛け直した電話は、あっさりと繋がった。




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    Replies from the creator

    hanihoney820

    DOODLE◇ ゲーム「8番出口」パロディ乱寂。盛大に本編のネタバレあり。大感謝参考様 Steam:8番出口 https://store.steampowered.com/app/2653790/
    ◆他も色々取り混ぜつつアニメ2期の乱寂のイメージ。北風と太陽を歌った先生に泥衣脱ぎ捨て、で応えるらむちゃんやばい
    ◇先生と空却くんの件は似たような、でもまったく同じではない何かが起きたかもしれないな〜みたいな世界観
    はち番出口で会いましょう。 乱数、『8番出口』というものを知っていますか。

     いえね、どうも最近流行りの都市伝説、といったもののようなのですが。所謂きさらぎ駅とか、異世界エレベーターとか、そんな類の。

     まあ、怖い話では、あるのですかね。いえいえ、そう怯えずとも、そこまで恐ろしいものでもないのですよ。
     ただある日、突然『8番出口』という場所に迷い込んでしまうことがあるのだそうです。それは駅の地下通路によく似ているのですが、同じ光景が無限に続いており、特別な手順を踏まないと外に出ることができないそうです。

     特別な手順が何かって? それはですね──。




    * * *




     気がつくと、異様に白い空間にいた。
     駅の地下通路、のような場所だろうか。全面がタイル張りの白い壁で覆われていて、右側には関係者用の出入口らしきものが三つに、通気口がふたつ、奥の方には消火栓。左側にはなんの変哲もないポスターが、一、二、三──全部で六枚。天井には白々煌々とした蛍光灯が一定間隔で並び、通路の中央あたりには黄色い「↑出口8」と描かれた横看板が吊られている。隅の方にぽつんとある出っ張りは、監視カメラか何かだろうか。足元から通路の奥まで続く黄色い太線は点字ブロックらしく、微妙に立ち心地の悪さを感じて乱数は足をのける。
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