Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    ゆーこ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🌗 💒 🌸 👏
    POIPOI 12

    ゆーこ

    ☆quiet follow

    第9回お題deソハ典会

    #ソハ典
    sohaticCanon

    お題:眼鏡/白む 会社や学校帰りの人間でごった返す駅構内。俺は改札前の柱に背中を預けながら、先ほど到着した電車から降りてきたと思われる人々の姿をじっと眺めていた。しばらくして人の波は途切れたが、待ち合わせ相手の姿はない。おそらく次の電車に乗っているのだろう。口元まで覆うように巻いたマフラーの中で、ほっと息を吐いた。
     コートのポケットにしまっていたスマホを取り出すと、表示したままにしていたメッセージアプリの画面には三十分ほど前に届いた『電車に乗った』という簡素なメッセージと、最近兄弟がハマっているキャラクターのスタンプが並んでいる。猫と兎ともう一匹なんだかよく分からない動物たちが、ひょこっと顔を覗かせているスタンプだった。文章は無愛想な割に、使ってくるスタンプがひどく可愛いのはあいつが可愛い物好きだからだろう。
     『まだ電車?』とメッセージを送ると、ほどなくして『もうすぐ着く』と返信が来た。やはりまた可愛いスタンプを添えて。こういうギャップも可愛いんだよなあ、と思わずニヤけてしまったが、幸いにしてマフラーで口元が隠れていたため周囲を通り過ぎる通行人に間抜け面を晒すことは避けられた。
     もうすぐ、ということは、あと十分もせずに到着するだろう。それならば最後にもう一回、と俺はスマホのカメラを起動した。足元を映していたカメラをインカメラに切り替えると、そこには当然ながら見慣れた自分の顔が映るのだが、今日はひとつだけ普段と違う部分がある。
     俺の顔に掛かっているのは、スクエア型フレームの黒縁眼鏡。両眼とも視力のいい俺には、それは本来無縁なものだ。当然ながらレンズに度は入っていない。スマホの位置を変えながら色々な角度から自分の顔を確認する俺は、傍から見ればさぞかしナルシストに見えることだろう。それでも、可笑しなところはないか、髪が変なところに入り込んでいないか、など入念に最終チェックを繰り返した。
     何故突然、俺が伊達眼鏡など掛けたのかといえば、理由はただひとつ。これから現れる恋人に、かっこいいと思われたい。ただそれだけだった。

     兄である三池光世に告白をしたのは、今から一ヶ月ほど前のことだ。長年秘めていた恋心を赤裸々に暴露し、最終的には泣き落としまで使って、恥も外聞も何もかもかなぐり捨ててでも俺は兄弟と恋人同士になりたかったわけだが、その甲斐もあって無事に付き合うことを了承してもらった。その瞬間、俺は天にも昇る心地だったが、あれから一ヶ月経った現在。なんと驚くことに手を繋ぐ以上の行為を許してもらえない。今時、その期間があれば小学生でもキスぐらいしてるだろう。
     兄弟の仕事が忙しくなかなか会う時間が取れなかった、というのも原因の一端ではあるのだが、それにしてもこんなにスローペースで健全なお付き合いになるとは思いもよらなかった。もしかして勢いに負けて了承したものの、本当は恋愛感情なんて全く抱かれていないのでは、と不安になった俺は、大学の友人たちに相談した。兄弟であることも同性でもあることも伏せたうえで、年上の恋人が手を出させてくれない、と。すると、友人の一人が笑いながらこう口にした。
    『彼女って七歳上の社会人で、ずっと昔から知ってる人なの? それならさぁ、ソハヤくんはその彼女さんの中でまだ子どもだと思われてるんじゃないの? 弟みたいで可愛い~、とか!』
     仮にも二十歳の男を捕まえてそれはないだろう、と否定したいところではあったが、弟みたい、どころか実際に弟だし、比較的年の差がある兄弟は、昔から俺をとても可愛がってくれていた。あながちそれも間違いではないかもしれない。どうしたら男として見てくれるのか、と悩む俺に友人達が提案したものが、ずばり、イメチェンだった。
     まずはお手軽に眼鏡を掛けてみるとか、という軽いノリに押されて友人の眼鏡を借りて掛けてみたところ、知的、大人っぽい、なんかセクシー、と大絶賛だったため、俺もすっかりその気になってしまった。

     そして、意気揚々と伊達眼鏡を購入して今に至るわけだが。
     そもそも兄弟がいわゆる”眼鏡萌え”なんて嗜好を持っているのか分からないのだ。そうであれば嬉しいが、違った場合はなんと言い訳をしよう。目が悪くなった、と伝えてしまえば、今後ずっと目が悪いフリをする羽目になる。スマホの画面に映る自分の顔とにらみ合いながら、やはり兄弟が到着する前に外すべきだろうか、と頭を悩ませていると、画面の上部に『着いた』と短いメッセージの通知が表示され、反射的にぱっと顔を上げると、改札を通過しようとしている兄弟の姿を発見した。
    「兄弟!」
     手を上げて合図を送ると、兄弟がこちらに気付いた。笑顔を浮かべかけた兄弟の表情がふと固まる。怪訝そうなその顔からして、俺の眼鏡姿に驚いたのだろう。
     兄弟は最近仕事が忙しかったらしく、こうして顔を合わせるのは一週間ぶりだ。改札を抜けて近付いてきた兄弟は、少し疲れが溜まっているように見える。忙しい中でもこうして俺と会ってくれたことは当然嬉しいが、無理をさせたのではないか、と少しの罪悪感を覚えた。
    「なかなか時間が作れずすまなかったな。ところでソハヤ、それは……」
     じっと兄弟が俺の顔を見つめる。テンションを上げるでもなく、兄弟はただただ不思議そうに首を傾げていた。
    「あー……これは、その、なんとなく掛けてみたんだけど、似合ってっかな?」
     かっこいい、と褒めてもらえるだろうか。期待しながら兄弟の感想を待っていると、しばらく俺の顔を見つめた後で兄弟が口を開いた。
    「まあ、可愛いんじゃないか? ところで、夕飯はまだだろう。何が食べたい?」
     可愛い、だと。
     一番欲しくなかった言葉をもらったうえ、さっと話題が変わったことから感じた俺の容姿への興味のなさに、俺は膝から崩れ落ちそうになった。が、なんとか気合いで立ち続けた。しかし打ちのめされた心は隠せず、しょぼくれた声で、焼肉、とだけ答えた。
     仲間内の褒め殺しなど、信じた俺が馬鹿だったのだ。

     俺たちが贔屓にしている焼肉屋は、駅から少し離れた場所にある。きちんとした道沿いに行けば結構な距離になってしまうのだが、駅前の繁華街を抜けたところにある公園を突っ切ればショートカットが可能だ。砕けた心をなんとか修復してどうにか雑談を交わしながら歩いているうちに差し掛かったその公園は、夜ということもあり人の気配は全くなかった。
     冬の澄んだ冷たい空気に包まれた夜の公園。隣には、指先が冷えるのか手に白い息を吐きかけている恋人。これは絶好のチャンスだろう。
     兄弟が腕を下ろしたタイミングでそれとなく手を握ると、少しだけ驚いたように目を見開いた後で、兄弟は笑った。
    「お前は相変わらず手が温かいな」
    「兄弟が冷たすぎるんだよ。手袋ぐらい着けろよな」
     素手のお陰でこうして手を繋いで歩けるのだから、本音をいえばこのまま手袋なしでいて欲しい気持ちもあるが、あまりにも冷え切った手に思わずそんな小言を口にしてしまった。
    「なんとなく面倒で……」
    「仕方ねえなぁ、兄弟は」
     指を絡ませた恋人繋ぎは、人前では絶対にできない。眼鏡作戦失敗で下降していた俺の気分が、少しだけ上昇した。それでも、どうせこれ以上は許してくれないのだろう。
     俺はもっと兄弟に触れたいし、やっぱりそういう欲求だって山ほど抱えてるわけで。どうしたらもっと進展できるのだろうか。そもそも兄弟は、俺に対してそういう欲求は抱いているのか。
     ぐるぐると頭の中で思い悩んでいると、兄弟がふと足を止めた。
    「ソハヤ、何か悩み事でもあるのか? いつもより元気がないが……」
     俺の顔を覗き込む兄弟は、気遣わしげな表情を浮かべていた。忙しい中時間を割いてこうして一緒にいてくれる兄弟に、心配を掛けてしまうなんて。なんでもない、と誤魔化さなければ。そう思って開いた口から零れたのは、真逆の言葉だった。
    「あのさ、兄弟から見て俺って……男としての魅力感じない?」
    「……なんだ、突然」
     予想外の言葉に驚いたのか、兄弟の目が猫のように丸くなった。俺自身も驚いている。だが、口にしてしまったものは仕方ない、と覚悟を決めた。
    「俺と兄弟って結構年も離れてるし、そもそも弟だし、頼りなく見えるのは分かるんだけどさ……その、もっと恋人らしいことも、やりたいっつーか……弟じゃなくて男としても見て欲しい、って……」
     羞恥心で死にそうになりつつもどうにかそこまで伝えると、兄弟はひどく困惑した顔で俺を見つめていた。もしかして、恋愛的な意味で好きなのは俺だけで、兄弟は恋人ごっこに付き合ってくれているだけなのだろうか。こんなことを伝えたら、振られてしまうのではないだろうか。脳裏に過った最悪の予想に、冷や汗が流れた。
     永遠とも思える沈黙――それを破ったのは兄弟だった。
    「……男として見ていなかったら、そもそも付き合うことに承諾などしないんだが……?」
     当たり前だろう、と言わんばかりの口ぶりに、思わず俺は声を荒げてしまった。
    「えっ じゃあなんで一ヶ月も経つのにキスもさせてくれねえんだよ」
     鳩が豆鉄砲を食ったよう、というのはまさにこのことだろう。ぽかんとした表情をしばらく浮かべた後、兄弟がおずおずと呟いた。
    「……それは……お前がいつも焼肉とかラーメンとか餃子とか食べた日に限ってしようとしてくるから……にんにく臭いって思われないか気になって……」
    「は? それだけ?」
     こくこくと首を縦に振る兄弟。確かに外食した後の帰り道で迫ることが多かったかもしれないが、まさかそんな理由だと思わなかった。呆気にとられている俺に向かって、ぽそりと兄弟が零した。
    「せめて歯を磨かせてほしい……」
     その発言を聞いた瞬間、俺は兄弟の両肩をがしっと掴んだ。
    「それってつまり、今ならしてもいいってことか」
     必死の形相で兄弟を見つめると、その視線がじっと俺の目を見て、さっと視線が逸れた。
    「今はちょっと……眼鏡が邪魔そうで」
     この役立たずの眼鏡め!
     眼鏡を掴むと俺は勢いよくその場に投げ捨てて、再び兄弟に向かって叫んだ。
    「外した、外したから! 今すぐしていい」
    「……このまま頷いたら、それ以上のことまでここでされそうだから嫌だ」
     お前との初めてが野外というのはちょっと、とやや引き気味の表情で言われてしまえば、俺は涙を飲んで諦めるしかなかった。
    「それにここだと誰が来るか分からないしな……こういうことは、家に帰ってから、な?」
     意味深な微笑。つまり、今夜はそれ以上のことまでやっていい、と。俺は歓喜のあまり今にも叫び出したい気持ちを抑えるのに精一杯だった。

     ようやく不安が解消されて上機嫌な俺と、そんな俺を見ながら苦笑する兄弟は、再び夜の公園を歩き出した。先ほどまでは寒さしか感じなかった風も、今では喜びからくる興奮で上昇してしまった体温を冷ましてくれる、心地の良いものへと変わっていた。
     いつもなら焼肉のたれににんにくをがっつり追加するが、今日は控えめにしておこう、などと考えているときに、ふと思いついた疑問を口にした。
    「ところでさ、兄弟って眼鏡あんまり好きじゃねえの?」
     兄弟は手を口元にあてて少し悩んだ後、そうだな、と言葉を続けた。
    「好きでも嫌いでもないんだが、お前は掛けないでいてくれた方が嬉しい」
    「なんで?」
    「お前の顔が好きなんだ。折角そんなかっこいい顔をしているのに……眼鏡があると、隠れてしまって勿体ないだろう? それに、キスするときも邪魔そうだし」
     少しだけ照れた様子の兄弟があまりにも愛おしくて、俺は心を落ち着けるため大きく深呼吸をした。
     白む吐息が夜の帳の中に霧散していく。真っ赤になった俺の顔も、一緒に白んでしまえばいいと思った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👓💘💞💞💞👓👓💞💞💞🍖👓💋🍖😘💒💒💒💒💒💘💕💞👓💋💖💖🙏🙏🙏🙏💖💞💞👏👏👏👏💞💞💞💞👓👶💕😚😊🍖🍗🌃💒💒❤❤❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works