失われた時を求めて(後編) 部屋が急に暗くなった気がした。窓に目をやると、黒い雲が空を覆っている。夕立がくるらしい。日本の夏らしい。
真田の顔も陰になってよく見えなかった。譲介は「あなたも?」と聞いた。
「あなたも親に捨てられたんですか?」
彼は前髪を揺らして「いいや?」と首を傾げる。
「さっき、クソ親って言いましたよね。自分の親のことも言っているように聞こえたから」
「そういうことか」と腕を組んで壁にもたれる。タンクトップから突き出た二の腕は太く、さっき、子どもをやすやすと持ち上げたことを思い出す。気力も体力も衰えているようには見えない。なぜ、この人が引退しようとしているのか。譲介にはわからなかった。
「俺の親も、世間一般の価値観から見れば、クソの部類だろうな。親父は犯罪者で獄中死。母親は精神的に不安定になり、自立生活ができなくなった」
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