身長八尺私のお兄ちゃんは身長が242cmある。その見た目とは裏腹に泣き虫で内気で、とても優しい人だ。私はお兄ちゃんのことが大好きだ。だからお兄ちゃんとずっと一緒にいたいと思っているし、そのための努力も惜しまないつもりである。
「麻里~今日の晩御飯どうす」
ドア枠に頭をぶつけて痛そうにしているお兄ちゃんを眺めながら私は呟く。
「やっぱりお兄ちゃんは可愛いなぁ」
「ああ~!ヒビ入ってるどうしよう、敷金減っちゃうよぉ!」
頭をさすりながら涙目になっているお兄ちゃんを見て、思わず笑みがこぼれてしまう私であった。
「僕の心配してよ~も~」
ティッシュ箱を片手で抱えて涙を拭きながら腰を曲げて歩くお兄ちゃんを見ながら私は思う。
(どうしていつも泣いちゃうんだろう?)
両親の墓参りの時も、お母さんの三回忌の時も、お父さんの命日のときも。何かある度にすぐ泣いてしまうのだ。そして今も。それが嬉しくもあり、同時に申し訳なくもある。
「お兄ちゃん大丈夫?」
ティッシュで鼻をかんでいるお兄ちゃんに声をかけた。
「へーきだよ」
私の方を振り向いた。するとまたすぐに目が潤んでくる。
「もうっ、無理しないでよ」
私が呆れ顔で言うとお兄ちゃんは照れたように頭を掻きながら言った。
「だって強がっているより素直な方がいいって言うじゃん」
「そういう問題じゃないんだよ」
私はため息をつく。そんな私を見てお兄ちゃんはニカッと笑って見せた。その笑顔を見ると何故か心が落ち着く。本当に不思議な人だ。
「でも逃げているよりかはマシだと思うんだよね」
そう言ってお兄ちゃんはまた歩き出した。私はその後ろ姿を見つめていた。不意にピタッとお兄ちゃんが立ち止まった。
「麻里、一つ報告しないといけないことがあるんだ」
「どうしたの?」
「アルバイト、クビになった」
お兄ちゃんは涙を堪えるような声で言った。私は驚きの声を上げる。
「えぇ!?何があったの?」
「いやさ、今日バイト先に行ったら店長さんから『身長のせいでお客さんを怖がらせてしまっている』って言われてさ、それでクビにされた」
「・・・そっかぁ」
確かにそれは仕方がないことかもしれないと思った。背が高いだけで威圧感があるものだ。それにお兄ちゃんは元々気が弱い性格なので尚更のことだろう。
「僕みたいな背の高い男がいたら怖いもんね・・・」
自分の身体を抱き締めるように腕を組みながらお兄ちゃんは言った。
「どうすればいいのかな~もう、うわああああぁぁぁ!」
バスタオルを持って来てお兄ちゃんに渡す。顔をごしごし擦りながらお兄ちゃんは呟く。
「どうしたらいいと思う?」
「う~ん・・・」
私も考えた。だけど答えなんて思いつかない。
「とりあえず牛乳飲んでみたら?カルシウム摂れば大きくなるかもよ?」
「そっか!って僕にもっと大きくなれと?僕は今のままで十分だよ!」
お兄ちゃんは少し怒ったような口調で言った。
「ごめんてば!」
「ぶ~」
****
僕は昔から身長が大きかった。小学生の時でも170はあった。同級生からは羨ましがられた。でも、中学生になってしばらくしてから周りの友達との会話についていけなくなってしまった。周りと比べて成長期も早かったようでどんどん差が出来てしまったのだ。それからというもの、僕は自分だけが取り残していく感覚に悩まされるようになった。高校生になっても僕の悩みは尽きなかった。その時は200近くまで伸びていて、ドア枠に頭はぶつけるし立ち上がったときには天井に頭をこすりそうになるしで大変だった。特に大変だったのが服のサイズ選びだ。今まで着ていたものが全て入らなくなっていたのだ。最低限のサイズのものを買うしかなかった。大きいサイズのものを買いたかったが、お金もかかるので諦めざるを得なかった。結局、今の体型で合うものを買えるだけ買い込んだ。着たときの見た目はかなりピッチリとしていて丈が短くて腹部や脛が露出している感じだったが気にしなかった。だが、やはり周りと比べるとかなり浮いていた。しかしこれはまだ良い方である。一番困ったのが靴だ。ほとんどの靴が履けなくなったのだ。結局特注品を作る羽目になり、お金がかかった。高校を卒業して大学に入る頃には身長はさらに伸びた。もう3mはあるんじゃないかと思っていたけど、実際は242cmだったらしい。それでもまだ伸びる可能性があったことに驚いた。しかしそれも限界に達しつつあった。そこでアルバイトを始めることにしたのだ。しかし先日身長のせいでお客さんを怖がらせるからと理由をつけてクビになってしまった。
「僕は好きでこうなった訳じゃないのに~!」
「まあまあ落ち着けって」
泣きながら大学の同級生に愚痴る。彼は僕と違って普通の人間だ。身長も170くらいで普通である。だからこういう話ができるのだ。
「でもお前が悪い訳じゃねえよ。身長が高い奴がみんな悪い訳でもない」
「そんなこと分かってるんだけどさぁ~!うわああぁぁぁ!」
「分かったから泣くなって、ハンカチやるから」
彼は慰めてくれた。優しい人だ。
「ありがとう・・・」
僕はポケットティッシュを取り出して鼻をかむ。そしてまた彼の方を向く。
「これからどうしよう」
「お前の身長ならモデルとか向いてるんじゃねぇか?」
「モデル?」
「ほらよくテレビに出てるじゃん。あの人たちみたいになれないかな?」
「えぇ、無理だよ」
「じゃあホストとかは?スタイル良いし顔も整ってるし」
「水商売なんて無理だよ」
「お前はネガティブすぎるんだよ」
「ネガティブでいいんだよ!!どうせ僕なんて図体がデカイだけの泣き虫で内気で根暗なシスコン野郎なんだよ!」
「そこまで言ってねえよ!」
「とにかく無理なんだよ!!びええええぇぇぇぇん!!」
「もういいよ面倒臭いなぁ、俺の胸貸してやるから」
暁人は同級生の胸に顔を埋めた。ただし暁人の身長は242もあるため170しかない同級生から見るとまるで巨人に抱かれているようだ。
「うぅ、ぐすっ」
暁人は完全に幼児退行していた。
「全く、世話の焼けるやつだな」
****
ある日僕は麻里を抱えて家路に向かっていた。たまたま講義が午前で終わったので一緒に帰ろうと思って迎えに行ったのだ。
「やっぱりお兄ちゃんに抱えて貰うのが一番楽かも」
「そうか?」
麻里は満足そうな表情をしている。僕が左腕で太ももを抱えて持ち上げて麻里が両手を肩に乗せている状態だ。
「うん。それにこうしてると安心する」
そう言う麻里の顔はとても穏やかだった。
「僕も麻里を抱えていると落ち着くよ」
「えへへ」
麻里は照れ臭そうに笑った。
「お兄ちゃんはどうしてこんなに優しくしてくれるの?」
「それは・・・僕がお兄ちゃんだからかなぁ」
「え~、それだけ~?」
「いや、もちろんそれ以外にもあるけどね!」
「例えば何?」
「そうだね~妹を大切にしたいっていう気持ちが強いからかな?」
「ふ~ん」
僕は麻里の頭に手を置いてゆっくりと撫でてあげた。
「どうしたの?」
「いや、何となくこうしたくなっただけだよ」
「そっか」
しばらくそのまま歩き続けた。
「お兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「あの人」
「ん?どれだ?」
「ほら、あのコート着てる人」
麻里が指差した先にはコートを着て、たばこを吸っている人が立っていた。
「ああ、確かにいるね」
「お兄ちゃんのこと見てるよ」
「え?ほんと?どこどこ?」
「ほら、あそこの電信柱の陰にいる」
「あ、本当だ。なんでだろう?心当たりがない」
「お兄ちゃんが不審者に見えるからじゃない?」
「そんなことないよ僕はただ身長が八尺くらいあってちょっと顔立ちが整ってるだけの普通の大学生だよ」
「他の人から見たら普通じゃないけどね」
「そうだけどさ」
「話しかけてくるかもしれないから気をつけて」
「大丈夫だって。僕なんかに興味を示すわけないだろ」
「どうかなぁ。とりあえず警戒だけはしといて」
「はいよ」
それから少し歩いたところで突然声をかけられた。
「おいお前、ちょっといいか?聞きたいことがあるんだが」
「はい、僕ですか?」
僕は振り向いた。そこには体格の良い男が立っていた。その男は僕のことを睨みつけていた。
「お前以外に誰がいるってんだよ」
「えっと、何か用でしょうか?」
「お前が最近ここらで噂になっている『東京の八尺様』か?」
「え?違いますけど・・・」
「嘘をつくな。身長が2m以上あって、サイズの合わない服を着ている目撃情報がある。違うのか?」
「いや、合ってるんですけど、僕には身に覚えがありません」
「なんだと、まあいいそれなら祓うだけだ!!」
男が走って近づいてきた。
「お兄ちゃん危ない!!」
麻里の声に反応して横を見ると男が拳を振り上げていた。
「うわっ!?」
僕は反射的に腕でガードしたが、男のパンチは止まらず、勢いよく吹き飛ばされた。
「ぐあっ!!」
僕は麻里を離してしまい、地面に叩きつけられた。幸いにも頭は打っていないようだ。
「うぐっ・・・」
「大丈夫!?」
「なんとかな・・・それより早く逃げろ!!」
「でも・・・」
「俺は大丈夫だから!早く行け!!」
「・・・わかった」
麻里は走り去った。
「クソッ!!」
「ゲホッゴホっ、あなたは一体何者なんですか?」
「俺か?そんなもの名乗る必要はない」
「名前くらい名乗ったらどうですか?」
「そうだな、KKとだけ言っておくか」
KKと名乗る男は右手で何かを書くような仕草をすると右腕に緑色のオーラのようなものを纏わせた。
「さて、じゃあ始めるとするか」
「待ってくれ!!話を聞いてくれ!!」
「黙れ」
「ぐはっ!!!」
男はそれを放つと僕は再び地面へと倒れ込んだ。
「止めてください!!」
今度は赤色のオーラを放つと当たったところから爆発して服のあちこちが破れてしまった。
「うぅ・・・」
「まだやるつもりか?」
「もう・・・やめてよぉぉぉぉ!!!うわああああぁぁぁん!!」
耐えきれずに泣き出してしまった。男はそれを見て困惑している。
「僕は人間です~!!びええええぇぇぇぇん!!」