「ゲホッゲホッ!」
缶コーヒーが喉に詰まってむせた。何回か咳き込んで、呼吸を落ち着かせてから口を開く。今は瓦礫の上で一休み。ブラックコーヒーの缶と、読みかけの小説を置いている。古本屋に丁度読みたかったものが売っていたから買ってみたのだが・・・なかなか面白い。小説の内容は、平凡な日常を送っていた主人公が突然死んでしまって、幽霊になって自分を殺した犯人を探す話だ。主人公は女の子だが、別に恋愛ものじゃない。あくまでバトルものだ。まあ、僕も似たような境遇なんだけど。あとあの絵本が気になったな~。確か、題名は・・・そう!思い出した! 『おうちがない』だったっけ? あれを読んでいるとなんだか不思議な気持ちになるんだよなぁ。まるで自分のことを言われているような感じがして。そんなことを考えながら僕は読み終えた本をパタンッと閉じる。
「また君か、いい加減にここに来るのはやめてくるれないか?」
「家がないんですから」
般若の面を被った黒づくめの男に話しかけられた。この人は僕のことが見えるらしい。それにしても相変わらず不機嫌そうな声をしている。ここは男の場所。いつもここで一休みしているのだ。ここなら誰も来ないし。男はため息をつくと、今度は別の質問を投げかけてくる。
「どうして君はここに来るんだ?」
「家がない。ただそれだけの理由です」
「君が元いた家には戻らないのか?」
「戻ろうにも僕は血の匂いでいっぱいですし、それに妹は僕の姿が見えていません。今更行っても無駄足になりますね」
「君は他の魂とは違う。ここに存在して、体温や感触がある。だか、私は君のことが理解できない。君という存在がわからない。一体何を考えているんだ?」
「何も考えていないですよ。でも強いて言うならば・・・記憶を取り戻したいとと思っているだけですかね?所持品で家族構成や友人関係を探っているのですが、全く思い出せないんですよ。自分がどんな人間だったのかすら」
「・・・そうか」
「とりあえず今は『リスト』に乗っている人間を暗殺している幽霊の殺し屋状態ですし、この『リスト』も何処から来たのかは分かりませんし、ただこれが自分の仕事なんだなって理解はしているだけです」
懐から煙草を取り出して口にくわえた。ライターを取り出そうとしたが、手が空を切る。どうやら忘れてしまったようだ。ポケットにマッチが入っていたのを思い出し、煙草に火をつけると煙を大きく吸い込んだ。そして吐き出すと白い煙が風に流されていく。
****
彼との出会いはなんとでもなかった。
「僕のこと、見えるんですか?」
ただの魂だと思っていた、だが違うと分かったのは始末しようとしたときだった。
「えっ?」
胸元を貫き、コアを破壊したつもりだった。だが、生暖かい何かが手にべっとりとついた感覚があった。視線を下に向けると血のついた私の腕と流れ出ている血の雫。雫は大きくなりやがて大きな血溜まりとなる。不思議と痛みはないらしく、彼は無表情のまま私を見つめていた。そしてその目を見てゾクッとした。そこに感情というものは一切ない。まるで無機物を見るような目だった。出血量が増えていきバケツの水を引っくり返したような状態になる。それでもなお彼の目は変わらなかった。
「何故・・・生きている?」
「さあ?よく分からないですね」
「何故抵抗しない?痛覚はあるはずだ」
「そうですか?あまり感じられませんでしたけど。多分僕に死という概念がないのでしょう。まあ、もう死んでますし。でも血が流れているということは生きているんですかね」
死んでいると言うのだが、血が流れている。心臓も動いている。だが確実に死んでいるはず・・・どういうことだ?
「君は本当に何者なんだ?」
「それはこっちのセリフです。あなたは何者で、何処にいるんですか?いい加減にこの腕抜いてください」
言われた通りに腕を引き抜く、ブシャッという音と共に血が噴き出す。出血量は増えるばかり。すると出血量が減り、傷口が閉じた。
「で、何ですか?」
「それはこっちの台詞だ」
死んでいるのに生きていると言う矛盾が生じたこの魂。これはきっと何かあるに違いない。興味を持った私は彼を観察することにした。
****
「何をしたんだ?」
「別に何もしてません」
血塗れでこちらを見ている彼はナイフを片手でペン回しをするようにクルクルと回していた。そういえば、このナイフはいつの間にか彼が持っていたものだ。どこから持ってきたかは知らないが。それにしてもおかしい。この青年の持っている武器は全て刃こぼれ一つしていない。まるで新品のようだ。彼は私に向かってナイフを投げつけてきた。飛んできたナイフは真っ直ぐに私の眉間を狙っている。咄嵯に避けることが出来た。避けたことに対して特に気にする様子もなく、淡々とした口調で言葉を続ける。
「ナイフはいつの間にか手元にあったんですよね、捨てても戻ってくるし。関係ないですけどこの上着どこぞの四次元ポケットのごとき収納力で最近はヤクザの事務所から刀と拳銃と爆薬を盗んできたんですけど刀はともかく拳銃と爆薬は使い道が浮かんでこなくて」
「普通に殺しに使えばいいだけの話では」
「拳銃はサプレッサーがありませんし仮に使ったとしても余計に大事になりますし、爆薬に至ってはそもそもの被害が大きいんです」
「なら爆弾でも作ればいいだろう?」
「そんな簡単に作れるものじゃないですよ」
そう言いながら彼は懐から手榴弾を取り出し、ピンを抜いて放り投げる。爆発音が響き渡り、地面が揺れた。瓦礫が飛び散り、辺り一面粉々になる。爆風で吹き飛ばされそうになったが何とか堪えた。
「ああ、すみません。つい」
「癪に触ったのならすまないな」
彼は煙草をくわえて火をつけた。そして大きく煙を吐いた。
「汚すことは簡単ですけど、汚れたものを綺麗にするのは時間がかかるんです」
「ははっ・・・」
諦めたように笑う一人の青年、その足元には命だったものが散らばっていた。