「・・・」
私はテレビの前で呆然とする。画面にはプロレスの試合が映っていたのだが、対戦相手の蹴りが股間に直撃したレスラーが、悶絶してダウンするシーンが流れた。
「大丈夫かな・・・わざとじゃないのは分かってるけど金的って・・・」
私は心配そうにテレビを観る。レスラーはリングの上でもんどり打って、そのまま動かなくなってしまった。すると、試合のジャッジが彼に近付き、彼を覗き込んだ後、慌てたように担架を呼んだ。そして、レスラーを乗せた担架がスタッフによって運ばれて行くところでCMに変わった。
「お兄ちゃん大丈夫かな・・・」
夜までアルバイトをしている兄を心配する。しばらくすると、私の携帯が鳴った。
「もしもし?」
電話に出ると、それは兄からだった。私は兄の声を聞き、ホッとする。
「お兄ちゃん大丈夫?怪我はしていない?」
《まあ・・・》
兄は電話越しにそう言ったが、その声はどこか苦しそうだった。
《あと・・・今日は遅くなるから、麻里は先に寝といて》
「う、うん・・・」
私は電話を切ると、お風呂に入り、体を洗った。それから、髪も乾かし、歯磨きもする。パジャマに着替えると、布団へと潜り込んだ。翌朝、兄が帰ってきたのだが、顔色が悪かった。
「お兄ちゃん、どうしたの?顔色悪いよ」
「ごめん、バイト先で怪我しちゃって・・・」
「ええー!!」
私は兄に駆け寄る。足の付け根辺りを押さえている兄を見て怪しんだ。
「股関痛めたの?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど・・・。まあ、冷やせばなんとかなるから」
兄は苦笑いしながら言う。冷凍室から保冷剤を何個も出して、タオルを持ち出すとそのまま部屋に籠ってしまった。幸い、今日は高校が休みなので朝食の心配は無いが、ここまで兄が体調を崩すのは珍しい。
「何かあったのかな・・・?」
****
「ううっ・・・」
昨日の試合の事を思い出して、涙目で赤面する。試合中にKKという選手からアクシデントで金的を食らい、そのまま担架で運ばれるという醜態をさらしてしまった。しかもあの試合は生放送で全国に放送されていたらしく、もうテレビやネットで散々話題になっていた。
《女狐は男だった!?》
《覆面レスラー『女狐』性別は男で確定か?》
《【悲報】女狐男だった》
スマホをいじっていると、様々なネットニュースが出てくる。
「あーあ・・・」
僕はスマホを置くと、天井を見つめた。担架で運ばれたあと救護室で手当てされたのは覚えているが、マスクを外され、KKに顔を見られたのではないのかと、今更ながらに恐れ戦いてしまった。僕の顔がバレたら炎上してしまうかもしれない。
「しかも金的食らうとか・・・もう最悪だよ・・・」
僕は股間の痛みでまともに歩けず、試合も途中リタイアする羽目になった。
「先輩に何て言えば言いか・・・」
両手で顔を覆い、恥ずかしさで涙が出そうになる。
「なんか男として大事なものを失った気がする・・・」
布団に寝転がり、そんなことを思った。
***
「どう?痛みは治った?」
「全然ダメです・・・」
僕は恥ずかしくて下を向く。とりあえず顔を出しに来たのだが、周りから心配の声が上がる。
「大丈夫だったの?」
「えっと・・・まあ・・・」
僕は苦笑いしながら言う。先輩達は心配そうな様子で僕を見ていた。
「試合は?」
「いや・・・無理だと思います、しばらくは」
僕は股間を押さえ、顔を真っ赤にしつつ言った。
「まあ、あんなドロップキック食らっちゃ、ねえ」
「うんうん」
先輩達が口々にする。僕は顔を真っ赤にし、顔を伏せた。
「でも良かったじゃない、素顔バレなくて」
「というか、性別バレてるんじゃないかな?」
「女狐は男でした!ってSNSに書き込まれまくってたりして」
「いやもう書かれてるぞ」
「「マジか!」」
「・・・消えてなくなりたい」
「しばらく控えようか」
「はい・・・」
消え入りそうな声で僕は言う。
「大丈夫、試合には復帰できるよ」
「はい・・・」
僕は肩を落として返事をする。それから、股間の痛みが引くまで休んだ後で、練習を再開した。だが、まだ少し痛みが残っていたので、あまり練習に身が入らなかった。
「あぁもうやだぁ・・・」
「休憩にする?」
「します・・・」
ベンチに座ってスポーツドリンクを飲んだ途端
「ここか?」
「ブブッ!?」
思いっきり吹き出した。まさかKKさんが来るなんて誰が予想した
「お前汚いな」
「すいません!あなた様のような大物がこのようなちっぽけな団体にわざわざ顔を出すというのでつい驚いてしまいまして」
僕は姿勢はベンチから立ち上がり、謝罪の文言を述べ敬礼をした。
「はあ?何言ってんだ?頭大丈夫か?」
KKさんは呆れた表情で言う。
「お会いできて光栄です。まさかこの団体にKK選手が来るなんて思ってもみませんでしたので」
「いや、そっちの方が驚きだっつーの。お前緊張してるか?」
突然の出来事にバグった上に、混乱しているせいで、なぜか敬語になってしまう。
「え?は、はい!そりゃあもう緊張してますよ」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって」
KKさんはそう言って笑う。いや、無理ですって!
「えっと・・・今回はどのようなご用件で?」
「いや、『女狐』がここに所属しているって見つけたからそれで謝罪に来たわけだが・・・ていうかお前誰だ?見かけねぇ顔だが新入りか?」
「・・・ぼ、僕は」
「こいつはここの新入りの暁人だ」
なんて言えばいいのか分からず、先輩がフォローに入る。
「伊月、暁人です」
「そうか・・・おいお前!」
KKさんは暁人の肩に手を置く。
「ひゃい!?」
突然肩を叩かれて飛び跳ねた。
「何緊張してんだ?」
「え、いや・・・その・・・」
目を泳がせながら後ずさる。
「ビビらせないで下さいよ、こいつ最近リングでやらかして大怪我しましたからね。今はリハビリ中なんで手加減してやってください」
「まぁ、ちょっと色々と・・・」
僕は苦笑いしながら言う。
「なるほど、そうだったのか・・・。そりゃ悪い事をしたな」
KKさんは少し申し訳なさそうに言った。
「ところでお前、股関は大丈夫なのか?」
「こ、股間!?」
KKさんが心配そうに聞いてくる。
「そ、それは大丈夫です!!」
慌てて答えると、KKさんはニヤリと笑った。
「それなら良かった・・・」
「んじゃ、俺帰るわ。気が向いたら顔出しに来るからな」
「は、はい!」