12月も終わりに入る頃、俺は荷物を纏めていた。暁人が出産のために入院するのでそのための荷造りだ。
「楽しみだね」
「うん」
暁人の腹はだいぶ大きくなり、妊娠していることが目に見えてわかる。
「予定日とかは?」
「今月の終わりか来月の頭くらいだと思うけど」
麻里が訪ねると暁人はそれに答える。
「じゃあ、もうすぐ産まれるね!」
「そしたら麻里は叔母さんになるな」
麻里も暁人の妊娠を自分のことのように喜んでくれた。本当に兄思いの妹だ。
「正直に言うと24日に産みたかったんだよな」
「なんで?」
「クリスマスイブってこともあるけど」
暁人はポケットから二つの指輪を取り出す。一つは形が整っているがもう一つは黒く焦げて歪んでいる。
「絵梨佳ちゃんのお父さんとお母さんの出会った日でもあるし」
「あ、そっか・・・」
あの出来事を思い出す。ミトコンドリアの反乱が起こり、暁人は一度死んだ。だが再び、この世に人の心を持った生命体として蘇ったのだ。
「身体は人間じゃないけど、ここは人間なんだって感じてほしくて」
「暁人・・・」
胸をぐっと押さえる暁人。その目は潤んでいるように見える。
「この子が産まれて、ちゃんとわかってもらえるように、その日がいいかなって」
「いいじゃん、それ」
麻里も同意する。俺も同意見だ。確かに暁人は人間の姿をしているが、その正体は完全なミトコンドリア生命体である。
「まあ一歩間違えれば、完全に化け物にされていたかも知れねぇんだから」
「あれは悪かったって」
バレンタインの日に俺は人間ではなくなった。だが人の心はある。
「愛が産まれたらいっぱい祝ってやろうぜ」
「そうだね」
腹を擦りながら微笑む暁人。愛に会える日が待ち遠しくなる。
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「はぁ・・・」
「どうしたの?」
「自分の兄が母になるという複雑な心境」
クッションにうつ伏せになりながら呟く。ある日突然自分の兄が人間でなくなった上に、子供を妊娠したという事実を受け入れられない。
「とりあえずおめでとうでいいんじゃない」
「まあそうだけどさ」
でもやっぱり複雑。でも兄がKKさんのことが好きだという感情で動いているし、KKさんも兄が好きだという感情を持って、ああもう分かんなくなってきた。
「絵梨佳ちゃん、自分のお母さんが人間じゃなかったって聞いたときどう感じた?」
「どうって言われてもいきなりだったし・・・でも、お父さんはお母さんを愛していた。その事実は変わらない」
「お兄ちゃんはKKさんを愛する気持ちがあって、KKさんもお兄ちゃんを愛してる。あーもう」
頭の中でこんがらがっていると、絵梨佳ちゃんは飲み物を取ってくるとキッチンに行ってしまった。
「お兄ちゃん・・・」
自分の兄が変わってしまったという現実に『私』はどうすればいいのか。むしろ喜ぶべきなのか?新たな生命の誕生を祝福すべきだと思う。これから人間に『私達』がどういうものかを知らしめるため
「あれ?」
一瞬ボーッとしていたような気がした。最近こうなることが多く、その時には少し身体が熱く感じる。別の何かが侵食しているようにも感じて不安が押し寄せてくるが、あまり気にしてはいない。
「麻里ちゃん、どうしたの?」
部屋に戻ってきた絵梨佳ちゃんが飲み物を入れたカップをお盆に乗せて運んでくる。
「ちょっとボーッとしてただけだから」
「最近多いよ、休む?」
「大丈夫だから」
熱くて胸が痛い。『私』は絵梨佳ちゃんの持ってきた飲み物を飲んで、火照りを覚ました。『私』が目覚めるのもそう遠くはない。
「私・・・」
「麻里ちゃん?」
私って誰だっけ?そう感じた途端、不意に着信音が鳴り響いた。自分のスマホを取り出すが特に画面に変化はなかった。着信音が止み、不思議に思っていると凛子さんが慌てたようすで部屋に飛び込んできた。凛子さん宛の電話だと理解はできた。
「二人とも、出かける準備をして」
「暁人!!衝撃に備えろ!!」
急にハンドルが効かなくなり、俺達を乗せた車がガードレールに衝突した。