突然ハンドルが効かなくなり、車体がガードレールに激突した。事故の衝撃でエアバッグが作動する。俺はハンドルに額をぶつけ、痛みで意識が飛びそうになったが、なんとか耐えた。エアバッグをどけて、暁人の様子を見る。
「暁人!!」
暁人は腕を肉塊に変異させて、クッション代わりにしていたが様子が違った。
「暁人は気絶している、今は私が主導権を得ているに過ぎない」
女の声で話すのは『Eve』だ。
「ここまで育ったんだ、この生命を無駄にするわけにはいかない」
肉塊にさせた腕を戻しながら、『Eve』は続ける。
俺はすぐにでも、暁人を病院に運んでやりたい衝動に駆られた。だが、今はそれどころではない。暁人の身体は人間とは違う構造なので、もし救急車を呼ぼうものならば、暁人の正体が人類を脅かす存在だという事が周囲に知れ渡ってしまう。それは、避けないといけない。しかし、暁人を安全な所に隔離しなければならない。
どうすればいい? どうすれば
「・・・やるしかねぇ」
俺は、一つの可能性に辿りつく。しかしそれは、一種の賭けだった。もし、これで失敗すれば世間が混乱に陥る恐れがある。だが悩んでいる暇はない。もうこれしか思いつかなかった。俺は、身体を変化させる。そして暁人を抱えると、ひしゃげたドアを片手で開けると道路に飛び出し、そのまま走り抜ける。人気の無い道を辿り、ある場所を目指した。
****
「いっ・・・」
急に車が事故にあってから気を失っていたのか、気づいたときには抱えられた状態で目を覚ました。額に痛みが走り、触れてみると出血していたようだった。
「K、K・・・?」
異形となったKKに抱えられた僕は、どこにいくのだろうと景色を眺めていたが、次第に記憶が蘇る。
「暁人、気が付いたか?」
「KK、良かった・・・無事だったんだね」
「ああ、なんとかな。お前が気を失っている間に『Eve』がお前と子供を守ったぞ」
「『Eve』が?」
僕が気絶している間に、そんなことがあったのか。すると身体に異変が起きる。
「うっ・・・」
「どうした!?」
「始まったかも・・・」
抱えられている最中、陣痛が始まり、僕は布切れと化したKKの衣服を力強く掴む。
「暁人、もう少しの我慢だ」
「う、うん・・・」
抱えられた状態で診療所に来る。予想外のことにエドさんは驚愕の表情を浮かべている。
「KK!?なんでそうなったんだ!?」
「緊急事態だ!!」
「うっ、あっ・・・」
完全に破水したのか、水が浸み出てきた。エドさんが慌てふためき、すぐさま病室に運び込まれる。
「凛子!麻里と絵梨佳を連れてこい!早く!」
KKは連絡を入れると、直ぐ様僕の傍に駆け寄り、苦しみを和らげようとしてくれた。
「うっ、あぁっ!あっ!」
「大丈夫だ!暁人、俺がいる!」
KKの手を握り締め、苦しみに耐えていた。
「頭が見えてきた!」
エドさんの声に、KKの手を握る力がますます強くなる。
「痛い!!いた、い・・・!」
「暁人、がんばれ!もうすぐだ!」
あと少し、あと少しだ。もうすぐ我が子に会える。
「KK・・・!KK・・・!」
エドさんが身を乗り出して、出産をサポートする。そのとき、
「んぎゃああああああ!!」
元気な赤ん坊の声が病室に響き渡った。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「暁人、産まれたぞ。俺たちの子供が」
産声を上げる我が子を、肩で息をしながら僕は抱きかかえる。僕はKKに微笑むと、KKも微笑み返してくれた。
「やっと・・・産まれた・・・」
産声が止むと、我が子に変化が起きた。
「え?」
頭を傾げ、目を見開く。
「何が起きてるんだ?」
僕の腕から這い出て、床に落ちるとうつ伏せの状態になった。全身がびくびくと脈打つと、その体が膨張した。ただ膨らんだのではなく、成長している。それは乳児から幼児へ、そして子供へと急激に成長していった。頭部からは髪が生え、ふにゃふにゃとしていた体は安定した骨格を作る。段々と成長遂げていき、麻里と同じくらいの体格の少女へと成長した。
「何が・・・起きて・・・」
「暁人!!」
頭の中が疑問で埋め尽くされるなか、出産で体力を使い果たしたのかそのまま意識を失った。
****
「信じられるか?産まれたばかりだぞ」
俺に寄りかかって眠っている全裸の少女。タオルが一枚だけ羽織られているだけで他は何も身に付けていない。無事に出産したのはいいが、突然赤子から少女に急成長するとは思っていなかった。その後、俺に床を這って近づくと急に眠りについて今に至る。暁人は体力を使い果たしたのか、完全に爆睡していた。
「多分、ミトコンドリアが関係していると思うのだけど・・・そう言えば名前は決まっているのか?」
「ああ、愛って名前だ。俺がつけろって暁人がうるさくってな」
「ほう、いい名前じゃないか」
エドが愛の方を見る。愛はすやすやと俺の腕の中で寝息を立てていた。
「それにしても、まさか産まれる瞬間に立ち会うとは思わなかった」
「にしても予想外のことはあったが無事に終わったことは事実だ。取りあえず彼女が起きてから詳しい検査をするよ、しばらくは親子の時間を楽しんでくれたまえ」
「ああ、そうするよ」
エドは病室を出て、三人だけになった。しばらく無言の時間が過ぎたが、暁人が目を覚ました。
「K・・・K?」
「おい、無茶するな」
身体を起こそうとする暁人を止める。
「KK、愛は?子供は?」
「見ての通りぐっすりだ」
俺の傍で眠っている愛を見せる。
「可愛い、いきなり成長したから驚いたよ」
「・・・うぅ?」
暁人が愛の頬に触れると、愛が目を覚ます。瞼が開くと、緑色に耀いている両目が見えた。
「うーあ?」
「愛、ママだよ」
「あ、あ、うぅ?」
暁人が愛の頭を優しく撫でる。すると愛は嬉しそうに笑う。まだ言葉は喋れないようだ。
「ほら、KKも」
「俺もか?」
「だって、愛のパパなんだから」
「・・・そうだな、愛、パパだぞー?」
恐る恐る手を伸ばし、愛の頬に触れる。すると愛はにへらと笑ってくれる。それが嬉しくて、気付けば俺も笑っていた。
「うぅあぁう」
「ママとパパに挟まれて幸せ?」
愛が右手と左手を俺の左手と暁人の右手に伸ばす。握って欲しいと要求しているらしい。俺と暁人はその手を優しく握った。すると、愛は満足そうに笑ってくれた。
「・・・まぁま・・・ぱぁぱ」
「・・・!!」
「今ママとパパって!」
暁人が嬉しそうな声を上げる。愛は俺と暁人を交互に見て、また嬉しそうに笑った。俺は自分の子供を抱きしめた。温かくて、柔らかく、脆いその身体を壊さないように優しく抱きしめる。しかし、彼女は力いっぱい俺に抱き着いてきた。スリスリと頭を擦り付けてくる。
「ああ、愛・・・愛」
「うー、あぅうう?」
「お前が産まれて来てくれてよかった・・・ありがとう・・・」
「・・・KK、泣いているの?」
暁人に言われて、ようやく自分の頬を伝う涙に気が付いた。悲しいのではない。嬉しいのだ。
「ぱぁぱぁ?」
「そうだよ、俺がパパだよ。これからよろしくな、愛」
「ぱぁぱ?」
「勿論だ」
愛が俺達の手を握る。それが何よりも幸せで、何物にも代え難いほど素晴らしいことに思えた。暁人も同じだろうか、俺達は涙を流しながら顔を見合わせて笑った。これからもっと、愛と三人で幸せになろう。愛は俺達の宝物なのだから。