『帰還』「・・・っ」
意識を取り戻したときにはまた景色が変わっていた。赤い空が広がり、血の川が流れ、黒い睡蓮が咲いている。暁人が時々『力』を抑えられずに見せる世界に、立っていた。
「ここは・・・」
辺りを見回すと、遠くに黒い塊がうごめいていた。暁人に似ているような、似ていないような不思議なものがたくさんいた。
「・・・これが・・・暁人の世界」
思わず口にした言葉に、『暁人』が反応した。
「KK」
感情のこもらない声に振り向くと、そこにはいつもの優しい目をした暁人の姿はなく、ただ赤く光る眼をした『暁人』がいた。
「KK、なんでここにいるの?」
冷たい声。表情も、氷のように冷たかった。
「KKはここにいないほうがいいんだよ。帰って。ここにいても、KKは苦しいだけだよ」
「どうしてそんなこと言うんだ?暁人に会いたかっただけなんだ」
「だめだよ。KKがいるとつらいんだ。僕は一人でいたいのに、KKがいるとつらいんだ」
『暁人』は否定的に首を振った。
「お前、誰だ?」
俺の声に反応して『暁人』は顔を上げた。その瞬間、彼の顔がぐにゃりと歪んだかと思うと、急にガクンと項垂れた。すると背中から黒い腕が伸び、『暁人』を皮のように引き裂いて『中身』が這い出した。
「こいつか・・・」
現れたのは黒い長髪に黒い肌を持ち、三対の腕を生やした女の姿をした何かだった。ただ言えることはこいつは妖怪なんかじゃない、もっと上の神に近い存在だ。
「縺翫>」
口を動かさず何かを発しているが、聞き取れない。ただ、こちらに向けられた殺意は感じられた。
「お前は何者だ?」
「縺ェ縺ォ繧ゅ」
三対の腕が伸びてこちらを捕まえようと伸びてくる。しかし俺に触れる寸前で何かに弾かれたように跳ね返された。女は首を九十度傾げて俺を見た。
「暁人に何をした?」
「縺輔縺励◎縺↓縺励※縺溘°繧峨□縺阪@繧√※縺ゅ£縺」
女は自分を抱き締めるような仕草をする。
「縺イ縺ィ繧翫□縺」縺溘°繧峨%縺ゥ繧ゅb縺溘¥縺輔s縺オ繧@縺」
「だから暁人に何をしたんだ!!」
「縺ゅ縺薙′縺イ縺ィ繧翫⊂縺」縺。縺縺」縺溘°繧峨≠縺ョ縺薙↓縺。縺九▼縺※縺ゅ縺薙r縺¢縺l縺溘」
女は膨れた腹の割れ目を指差して広げる。割れ目からは何かが覗いている。それは、紛れもなく暁人だった。
「なんだ、これ・・・」
暁人は胎児のように蹲り、動かない。しかし眼だけが何かを求めるように動いていた。
「繧上◆縺励縺薙縺薙r縺ゅ>縺励※縺ゅ£縺ヲ繧九」
女は暁人のいる腹を複数の腕で愛おしそうに撫でる。暁人も心地よく感じているのか、ゆっくりと瞬きをしてから穏やかな顔をしてまた動かなくなる。
「何なんだよ・・・一体、何がしたいんだ!?」
女は何も答えずにただ俺を見て微笑んだ。そして暁人の腹を撫でながら、歌うように何かを言う。
「縺ュ繧薙繧薙%繧阪j繧医♀縺薙m繧翫h」
その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋に戦慄が走った。
「やめろ!!」
俺は声を荒らげたが、女はお構い無しに再び同じ言葉を口にする。
「縺ュ繧薙繧薙%繧阪j繧医♀縺薙m繧翫h」
すると暁人は嬉しそうに微笑み、胎児のように身体を丸めた。その姿を見て、俺は怒りに支配されていくのを感じた。
「やめろと言っているだろう!!」
「鮟吶lシ」
女が声を荒げた瞬間、突然地面が大きく揺れた。地震かと思ったがそうではなかった。
「縺翫∪縺医↓縺薙縺薙縺ェ縺ォ縺後o縺九kシ√%縺ョ縺薙縺輔縺励&繧抵シシ√縺ェ縺励&繧抵シシ√縺ィ繧翫⊂縺」縺。縺ァ縺ィ繧翫縺薙&繧後◆縺阪b縺。繧抵シシ」
怒りを露にして俺に覆い被さるように女の腕が伸びてくる。俺はそれを避けるようにして後ろに下がった。
「縺阪&縺セ縺√=縺√=シ」
女が怒りに任せて叫ぶと、川から巨大な黒い腕のようなものが現れた。それは俺の身体を捕まえようと掴みかかってくる。俺は咄嗟に飛び退き、女を睨んだ。
「お前は暁人を殺したいのか?」
女は突然動きを止めると、静かに首を振った。
「・・・違うのか?」
俺が尋ねると女は悲しげに微笑んだ。どうやら敵意はないようだ。
「繧上◆縺励縺薙縺薙r縺セ繧ゅj縺溘°縺」縺溘□縺代↑縺ョ縺ォ」
暁人のいる腹を撫でながら、こちらを見据える。
「縺。繧s縺ィ縺薙縺薙r縺ゅ>縺励※縺ゅ£縺ヲ」
「・・・何だと?」
女は腹を引き裂くと中にいた暁人を流すように出した。暁人は流されるままに地面へ落ちていく。女は暁人を見つめた。そして愛おしそうに微笑むと、川の中に消えていった。それと同時に辺りの風景が元に戻っていく。
「なんだったんだ・・・」
俺は呆然と呟いたが、すぐに我に返ると急いで暁人のもとへ向かうことにした。
「大丈夫か、暁人!?」
血のような液体にまみれた裸体の暁人を抱き抱えると、俺は声をかけた。しかし暁人は反応を見せない。それどころか呼吸すらしていないようだった。
「おい!しっかりしろ!」
揺すっても、声をかけても反応しない。胸に耳を当てると微かに鼓動を感じるが、それも今にも消えてしまいそうで不安になる。
「・・・っ、かはっ、けほっ!」
「暁人!?」
小さな咳と同時に、暁人が息を吹き返した。しかし意識がはっきりしていないようで、虚な目で俺を見つめている。
「けぇ・・・けぇ?」
「ああそうだ。大丈夫か?何があったんだ?」
「・・・わかんない」
どうやら記憶が曖昧なようだったので、何があったのかを簡単に説明した。暁人は聞いているうちに顔が青ざめていった。説明を終えると、暁人は小さな声で謝罪をした。その声は震えていたが弱々しくはなく、強い意志を感じるものだった。
「・・・けぇけぇ、ごめんね。僕のせいで」
「違う」
「僕、ずっと、ここにいた。ずっと寂しくて、苦しくて・・・」
暁人の言葉は少しずつ小さくなっていく。やがて完全に途切れてしまった。
「大丈夫か?また苦しいのか?」
再び苦しげに顔を歪め始めた暁人を抱き抱えると、彼は首を横に振った。そして消え入りそうな声で言う。
「大丈夫・・・だよ」
「本当か?無理をしていないか?」
「・・・うん、僕は平気」
弱々しい笑顔を見せる暁人を見て胸が締め付けられる感じがした。俺は暁人に何もしてやれないのかと思うと悔しくて仕方がない。せめてと思い強く抱き締めた。
「けぇけぇ、苦しいよ」
「悪い。でもこうさせてくれ」
俺は暁人を抱きしめたまま言う。すると暁人は少し驚いた顔をしてから恥ずかしそうに微笑んだ。
「・・・ありがとう」
静かに言う暁人の目は涙で濡れていた。
「帰えろう、KK」
「そうだな」
俺はコートを脱ぐと暁人に掛けて、身体を包み込んでから抱き上げた。
「重くない?」
「気にするな」
暁人が不安そうに見上げてくるので安心させるように言うと、安心したように笑って身体を預けてくれた。