いつかの束の間・・・・・・・・・・・
「どこか、出掛けるか?」
急な私の言葉に、アリスはコーヒーを置こうとしていた手を宙で止め、目を瞬かせた。ふわりと香ったそれに、今日も心を込めて淹れてくれたであろうことを思い、胸がいっぱいになる。
ただ役目をこなすだけの日々しかないはずだったというのに。こんな感情に包まれる日がくるなど、思いもしなかった。
「――今、何て?」
「……嫌ならいい」
満ち足りた気持ちとは裏腹に、突き放すような言葉が出る。こればかりは、変わりそうもない。アリスは慌てて、嫌なんて、と首を振り――そして笑った。
「すごく、すごく嬉しいわ」
頬を染め、目尻を下げて。幸せとしか言い表せない顔に、口元が緩むのを自覚した。
「行く場所はお前が選べ」
「でもユリウス。お仕事は大丈夫なの?」
「お前と少し遠出するくらい、構わない」
もう、仕事しかなかった私ではない。ちょっと待って、と真剣な顔で悩み出した彼女の姿を小さく笑い、道具を箱に仕舞う。そう、役目のことを一瞬でも忘れられるほど、大切なものができたのだ。
「えっと……、遠出ってことは時間帯が変わるようなところでもいいの?」
その方が人も少ないかしら? ちらりと伺うようにこちらを見る彼女に、緩く首を振る。
「どこでもいい。私のことは気にせず、お前の行きたいところにしろ」
ちょうど大きな案件を終え、落ち着いたところだ。これを逃せば、いくら彼女に時間を割きたかろうが、ままならないこともある。
私と違って、いつか終わりが来る彼女との時間は限られているのだ。
彼女に少しでも幸せな瞬間を増やしてあげたいし、その姿を焼き付けておきたい。
それが『いつか』の日を、どれだけ辛いものにしようと、後悔はしない。それ以上に有り余る幸せを、彼女はくれたのだから。
淹れてくれたコーヒーを口に含めば、予想通りの求めた味で。曇った眼鏡ですら、心を和ませる。
「私が、コーヒーを飲んでいる間に考えておけ」
焦らせぬよう、ゆっくり言葉を紡げば、また彼女が微笑んだ。
この愛しさを含んだ眼差しを、いつまでも覚えていようと思う。
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