ひとつめ「……東か?」
海藤の怪訝そうな声に、思わず息を呑む音がなりそうなのを咄嗟に堪えた。
「悪い顔になったなぁ」
ヤクザなんだから、当たり前じゃないか。
アンタの為に、原因を探して、アンタのせいで羽村に忠誠を誓ってるのに。
怒りが込み上げてくると同時に、心の奥が悲鳴をあげる。
俺のことなんか、もう忘れちまいましたか。
昔の様には二度と戻れないことなんか、一番理解している。それでも戻りたいと願ってしまう。
もう一度、もう一度だけで良いからアンタを兄貴と慕いたかった。
海藤、と呼び捨てる度に戸惑う自分がいる。
兄貴と勝手に呟きそうになるのを、歯を食いしばり堪え、荒々しく事務所から出ていく。
俺のことを覚えてなくとも、もう貴方の舎弟でなくとも、たった数分だけでも貴方と目線を合わせることができた。
小さな小さな喜びに縋り付く。それだけでも、俺はこれから少しだけ頑張れる気がした。