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    ・ツバサ→エルモート
    ・フェス2021カウントダウン絵からの妄想。

    ##ツバエル

    買い出し--

     例えば、騎空艇で。
     騎空団で依頼を受けて訪れた森で、谷で、荒野で。ふと視界を過った赤い髪をつい目で追ってしまうことが、ツバサの癖になってしまった。
     赤い髪の持ち主が脳裏に描いた人物ではなかったことはある。我ながらろくでもない癖がついてしまったと思う。目が合った相手にどうかしたかと問われ、いたたまれない気持ちで誤魔化したこともあった。
     だが、そうして振り返った先に求めている人を見つけたとき、どうしようもなく嬉しい気持ちになってしまうのだ。だから、この癖は今のところ直る見込みがない。
     そして、今日も市場の往来で、視界の端に揺れた赤い髪にツバサは振り返ってしまった。クリスマスを間近に控えた市場は人で溢れている。振り返りながら、頭の隅で人違いだろうという考えが過った。
     しかし、ツバサの目に映ったのは恋焦がれてやまない元担任教師の姿だった。期待していなかったため、望外の喜びに寒さを忘れた心臓が跳ねる。
     エルモートは黒いブルゾンを着て、髪をひとつに括っていた。普段、騎空艇で見かけるフードを被った格好ではない。そして、なぜか大量の紙袋を抱えている――そういえば、団長が買い出しの話をしていた。
     こんなとき、ツバサの身体はあとさき考えずに動いてしまう。困っている人に手を貸すという身に染み付いた理念が手足を動かすのだ。
    「炎獄先公」
     声を掛けると、エルモートの頭上の赤い耳がふるりと震えた。彼はまっすぐにツバサを振り返り、そして少し驚いた顔をした。
     雑踏の邪魔にならないよう位置を取りながら迎えるエルモートに、ツバサは人混みを縫って近づく。
    「すげえ荷物だな。手伝うぜ」
     エルモートは何度か目を瞬いて、それからふっと目元を柔らかく緩めた。その表情にツバサはぶわりと顔が熱くなるのを感じた。突然、自分が何をしているのかを自覚する。なにも変なことはしていないはずだ。だが、エルモートを前にして、心の準備もないまま声を掛けてしまったことに今更のように焦ってしまう。
    「あ、いや、重くねェか?」
     視線を泳がせながら、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
     ちらりと視線を戻すと、自分を見つめるエルモートの表情はいつもの生徒を見るものとは少し違うことに気づいた。どこか憐れんでいるような――。ツバサが訝しむと同時にエルモートが口を開いた。
    「ツバサくんは偉いなァ」
     からかうような言葉に、反射的にむっとする。
    「なん――」
    「あら! ツバサくん!」
     高い声音がツバサを遮る。ツバサは仰天して声のほうを振り返った。
    「あなたも来ていたの?」
     ぱたぱたと足音のしそうな足取りで近づいてくるのはスフラマールだ。水の魔法を教えてもらったことがある。
     ツバサは相手を一人だと思い込んでいたが、エルモートには連れがいたのだ。団の買い出しなら珍しくもないことなのに頭から抜け落ちていた。
    「あ、ああ……ちっす」
     ツバサは動揺を抑え込んで軽く会釈をした。
     スフラマールは二人の傍まで寄ってきて、にこりと微笑んだ。
    「買い出しのお手伝いをしてくれるの? ツバサくんは本当に優しい子ですね」
     告げられた褒め言葉にツバサは顔から火が出そうな恥ずかしさを味わった。隣でエルモートが笑っている気配がある。彼はツバサが他の団員がいることに気づかないまま声を掛けてきたのだと察していたのだ。
     うろたえるツバサの背後で控えめな声が響いた。
    「え、偉いね……」
     ぎょっとして顔を向けると、いつの間にかターニャがそこに立っていた。彼女は少し恥ずかしそうにしながらツバサを褒めるように微笑みを返す。
     ツバサは事態を把握した。
     なんてことだ。エルモートの荷物持ちを手伝うということは彼女たちとともに買い出しをするということなのだ。人の手助けをするのにやぶさかではないが、うら若い女性たちと一緒にショッピングするなど想定外だ。なにを話せばいいのかも分からないし、場違いに思えて気まずい。
    (だが、今さらやめるなんて言えるわけもねェ)
     さすがにそんな恥知らずな真似は出来ない。ツバサは覚悟を決めて短く息を吐いた。
    (そうだ、団員と一緒に買い出しするだけじゃねェか)
     エルモートに手を差し出す。
    「おら、寄越せよ」
     エルモートは腹を括ったらしい生徒を小さく笑い、片手に持っていた紙袋を渡した。
     それは大きさこそあったが、中身は布地のようでたいした重さではなかった。ツバサは脇に抱えながらもう一度手を差し出す。
    「もっと寄越せよ」
    「やっさし~」
     鈴を転がすような声にツバサはぎしりと身を強張らせた。ぎぎぎぎと固い仕草で視線を向けると、イオがターニャの陰でにやにやと笑っている。その顔はまるでツバサの恋心を知っているぞと言っているようでもあった。
     いや、そんなまさか――心臓が喉から飛び出そうなほどの緊張を、しかし続いたイオの言葉が掻き消した。
    「思ってたより荷物が増えちゃって、どうしようかって話してたところだったの。エルモートは自分が持つって言って聞かないし」
    「たいした量じゃねェだろォ」
    「で、でも、悪いよ……」
     申し訳なさそうにするターニャに、エルモートは首を横に振る。
    「気にすンなって。団長さんだってそのつもりで俺を付けたんだろうしよ」
     荷物持ちだけでなく護衛の意味もあるのだろうとツバサは思った。傍目から見ればいかにも柄の悪そうなエルモートだ。彼と連れ立って歩いている彼女たちにおいそれと声を掛ける輩もいるまい。ともかく自分から矛先が逸れてこっそり息をつく。
    「まァ、いいじゃねェか。とにかく荷物持ちは増えたンだ」
     そう言いながらエルモートはひょいひょいと荷物をツバサに渡した。今度はずしりと重いものも混じっている。
    「ちょ」
    「じゃ、ツバサくん、頼むぜ」
     ニッと笑みを向けられ、ツバサはぐっと息を呑んだ。
    「……お、おお」
     ターニャがそっと話しかけてくる。
    「無理、しないでね。その、私達ばかりラクするのも変な話だから……」
     これは騎空団の買い出しなのだ。しかし、ツバサはからりと笑顔を見せた。
    「ま、実際これくらいはたいしたモンじゃないッスよ。荷物持ちは俺らに任せてくれていいんで、その代わり品定めをたのんます」
     ターニャは小さく目を見張って、それからはにかむような笑みを浮かべた。
    「分かった。安くていいものを探すよ」
     彼女はそう応えると買い物リストを見返しているイオとスフラマールの傍へと歩み寄っていった。
     エルモートがにやにやと笑う。ツバサはぎろりとそれを睨んだ。
    「……うぜェよ、先公」
    「ンだよ、褒めてやろうと思ったのによォ」
    「いらねェよ」
     ツバサは渡された荷物を抱え直す。エルモートはまだいくつか買い物袋を持っている。合わせればそれなりの量だ。
    「で、買うモンはあとどんくらいあるンだ?」
     エルモートは乾いた笑みを浮かべた。
    「もう少しって言ってからだいぶ経つぜェ」
    「……なるほどね」
     彼の言わんとするところを察してツバサは息をついた。エルモートはひらひらと手を振って返す。
    「ま、飽きたら適当に理由付けて帰っていいぜ。おまえは買い出し担当じゃねェんだし。渡した分だけでも持ち帰ってくれるンなら助かる」
     ツバサは眉を下げて苦笑した。この元担任教師もなかなかのお人好しなのだ。そういうところが好きだと思う。
    「いや、最後まで付き合うぜ」
     エルモートは眉をひそめた。
    「ほんとにいいのかよ。他に用事があったンじゃねェか?」
    「大丈夫だって。気にすンなよ」
     ツバサは答えながら、少しズルをしているような気持ちになった。
     荷物持ちを口実にエルモートの隣を歩く権利を手に入れたのだ。しかも、時間がかかるという。面倒事どころか、ラッキーなのだ。
     あまり遠慮するのも悪いと思ったのか、エルモートはそれ以上言ってこなかった。ツバサを見て柔らかく笑みを浮かべる。
    「あんがとな」
     優しげな微笑みにぎゅうと胸が締め付けられて、ツバサは紅潮する頬を誤魔化すように顔を背けた。嬉しさと恥ずかしさがないまぜになってドクドクと心臓が暴れる。褒められ慣れていないツッパリが照れているだけだと、エルモートがそう思い違いしてくれるよう祈った。
     逸らした視界の端で、雑踏を背景に赤い髪が揺れる。彼の内に宿る炎が身体の外側にまで現れたかのような赤。
     この赤を追う癖がついていて良かったと思った。
     ツバサはエルモートに向き直ると、彼の火に火照る頬を緩めて笑った。
    「どういたしまして」


    終わり
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