飲み過ぎ注意熱い吐息が直接肌にかかるほどの距離でネロが話をしている。ブラッドリーの手をぎゅっと握っているが本人にその自覚はないらしく指摘したら悪い、と言ってぱっと手を離すのにまたすぐ握ってきた。
ブラッドリーは何度目になるかわからないため息を吐きながらこんなことになった原因の甘い液体を眺めた。
姉さんから贈り物が届いたんだ、とネロが持ってきたのは春の国の名物である蜂蜜酒だった。
春の国で作られる蜂蜜酒はとても珍しく高価で、めったなことではお目にかかれない。
さすが女王というべきか、ネロの姉であるシャイロックが送ってきたという蜂蜜酒はその中でも最高級な代物だった。
最初はネロの作った夕食と一緒に蜂蜜酒を飲んでいたのだが、まだ飲み足りない、とネロが言うからナッツやチーズなどをつまみに談話室で飲み直すことにした。その時からちょっと様子はおかしいな、と感じたが、楽しそうにしているものだからついつい流されてしまった。
気がついたらネロの目はとろんと下がっており頬は紅潮して、ブラッドリーに体を預けるようにしなだれかかっていた。手を握っていることは何度か伝えたが離してもまたすぐ繋いでくるからもう指摘するのも止めた。
「だからさ、俺は言ったんだよ。それは勘違いじゃないか?ってさ。そしたら…」
さっきから呂律の回らない口調でずっと話を続けている。それにあぁ、とかへぇ、とか適当に相づちを打っているけど、そろそろ限界だな。主に理性が。
「なあ、聞いてるか?!」
俺の気のない返事に気づいたのか、ネロが俺の顔を覗き込んできた。近けぇよ。
「ネロ、お前飲みすぎだよ」
「まだ飲める。昔はもっと飲んでた」
「もう夜も遅いしさ、寝ようぜ」
「えっ?!…ね、寝るのか…?」
「?ああ、嫌なのか?」
目を擦ってたから眠いのかと思っていたが違ったのか?
「い、嫌ってわけじゃないけど…一応夫婦だし…でもまだ心の準備ってもんが……」
もごもごとなにか言っているがよく聞き取れなかったので、あ?と聞き返すと何でもない!と顔の前で大きく手を振った。
「ほら、行くぞ。立てるか?」
そろそろ寝ないと明日に障るな、と思いながら繋いだ手をそのまま引きながら立ち上がった。つられて引っ張られたネロは、立ち上がりこそしたものの足元が覚束ないのかフラフラしている。はぁ、とため息を吐き、手をこっちに回せ、と言いながら首に回させた。しゃがんで背中と足に手を回し下から抱え上げると、横抱きにしてネロを寝室まで運ぶことにした。
ネロは浮遊感にびっくりしたのか首にぎゅっと抱きつくように体を寄せてきた。
運ばれている途中に、腕の中でうつらうつらと目を閉じては開くを繰り返していた。やっぱり眠かったんじゃないかよ、と思いながら「寝てもいいんだぞ」と声をかける。
うーん、と返事はするものの、意識はほとんど無さそうだった。
ネロの部屋に着いて横抱きにしていた体をベッドに寝かせる。このまま同じベッドで寝たいところではあるが、まだ寝室は別々。一緒に寝たことは一度もない。
「なあ、ブラッド」
消え入りそうな声でネロが語りかける。「あんたは、何で俺と……」一緒になったんだ?という言葉は途中ですぅ、という寝息に変わった。
完全に目を閉じて寝息を立てているネロの顔を見つめながら起こさないように髪を撫でた。
何で結婚したのか、だって?
そんなの、好きだからに決まっているだろう。ずっと、昔から。
でもネロは恐らく昔のことを覚えていない。その上、政略結婚で不本意ながら嫁いできた身だ。慣れない冬の国の生活にもやっと馴染んできたところだろう。
ネロと無理やり体を繋げて俺のものにするのは簡単だ。でもそれだとネロの心は手に入らない。
昔のことを忘れているならそれでもいい。もう一度、俺のこと好きにさせてやるだけだ。
だから今は、これくらいは許してくれよ、とネロの額にかかる髪をそっと除けて唇を落とす。
いつかお前の全てを頂くから、その時を楽しみにしとくぜ。微笑みながらネロの部屋をあとにした。