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    20210227 ギャグ 邸について何もわかっていなかった頃 なお今も何もわかりません

    ##明るい
    ##全年齢

    三十分後世紀の一戦 高級住宅街の中でも別格の雰囲気を持つ神道邸だが、夜はまた格別だ。静かに佇む姿は優雅で荘厳さすら感じさせる。そしてこれだけの家に住む人間への期待も。
     邸宅の一室、当主私室では愛之介とその恋人がそんなイメージにふさわしい穏やかな一時を過ごしていた。
     過去形だ。
     現在二人はソファを挟んでじりじりと間合いを図っている。野生動物のように息すら殺し互いに目を離さない。先ほどまではこれに怒号が加わり嵐の中に居るようだった。
     手を出すと主人を妨害してしまうかもしれないので待機していたが、このまま放っておくわけにもいかない。時間は有限だ。
    「あと一時間で開場です」
     こちらの言葉を受けて、それぞれが再び騒ぎだす。
    「聞いたかランガくん!もう時間がないからいい加減これを着るんだ!」
    「ぜっ!たい!に!嫌だ!」
     互いに決して譲らない。また場が荒れる予感に瞠目した。
     ――なぜこんなことに。回想する。
     
     
     叔母達が海外旅行に行って数日、主人はつかのまの自由を謳歌していた。
    「ああ、待ってる」
     愛しさを隠す気もない柔和な表情は通話を切った瞬間いつも通りの不機嫌さを取り戻す。
    「客だ。準備しろ」
     簡潔に命令を下すと「それと人払いを」と椅子に深く座り直した。
    「使用人が邪魔だ」
     主人がこんなことを言ったのは初めてだ。恋は人を変える。
     
     夕方、予定時刻少し前に愛之介の若き恋人はあらわれた。というよりも、邸宅前をうろうろしていたのを愛之介が即刻見つけて確保させたのだ。
    「ごめんなさい、早く来すぎた」
    「いいんだ」
     すぐ行け、早く行けとガードマンを急かしていたのをおくびにも出さず、愛之介は微笑む。
    「迷わなかった?」
    「うん……」
     広い部屋に落ち着かないのかそわそわと身を寄せてくるランガにすっかりご満悦だ。
    「喉が渇いただろう」
     何か出せ、と背中越しに訴える主人に形式上一礼して部屋から出る。まずはキッチン、いや離れに向かい待機させてある使用人に協力を――考えを巡らす中で気づく。
     そもそもあのくらいの年頃には何を出せばいいのか。
     主人は昔から紅茶かコーヒーだったが、それは前当主に合わせていたからだ。自分だってろくな少年時代をおくれていない。
     普通の、食べ盛りの男子高校生の知識がわからない。
     悩み抜いた末、贈答品の缶ジュースを大量に持っていったところ、ランガからは感謝を、愛之介からは「……お前は……」と何とも言えない目を向けられた。直接文句をぶつけられなかったのは横の恋人にそんな自分を見せたくなかったのと単純に気分だろう。
     恋人がはじめて部屋に来る、この状況に愛之介は大変浮かれていた。
    「肩を抱いても?」
    「いいよ」
     肯定に足先が軽やかなステップを刻む。カーペットがあってよかった。音で気づかれることもない。
     コップに移し変えたジュースを飲み干してランガが愛之介のほうを向いた。
     回された腕に甘えるように頬を寄せる。 
    「ありがとう」
     何がとは言わない。愛之介も無言で片目をつぶった。
     先ほど聞いたところでは、昨夜突然ランガのバイクが故障したそうだ。頼みの友人もボード作りが佳境に入ってしまい今日は無理、これではSに行けないと愛之介からの電話に思わず愚痴をこぼしたところ「じゃあ一緒に行く?」と誘われた……というのが突然の招待の真相だった。
    「お礼よりご褒美が欲しいな」
     愛之介がそう言って唇を叩く。わかりやすいアピールは流石に届いたようで、少年がわずかに背筋を伸ばした。軽いリップ音が部屋に響く。
    「これでいい?」
    「最高だ」
     自分が居ようがこの二人はお構い無しだ。愛之介からは先日「犬に見られても何とも思わない」との言葉を頂戴した。ランガは最初こそ意識していたが「気にしなくていい」と言われてなんだそういうものなのかと納得し、今はもう全く動じない。天才というもの精神構造は時折凡人を置きざりにする。
     
     じゃれあいを背後に淡々と作業をこなす。衣装と小物とボード、その他道具を並べる慣れた行程は程よく意識を飛ばせていい。
     物音が聞こえた。速やかに視界の端から確認する。どうやら愛之介が立ち上がったようだ。
    「そうだ!」
     閃いた、と打った手がコミカルに音を立てる。
    「登場する時、君にも協力してもらおう。いいよね?」
     突然の提案を何も理解できていないまま、ランガが流されるように頷く。
    「わ、わかった」
     こちらにしか見えない位置で愛之介の拳が小さく握られた。この少年といるとき主人は本当に感情豊かだ。
     
     愛之介が考え、自分が形にした二人仕様の登場シーン。数パターン用意された草案に目を通したときのランガの顔はそれはひどいものだった。贅を凝らした趣向は子供には到底理解できる代物ではない。即座に拒否が出た。
    「嫌だ」
     羽が生えたりスポットライト浴びたりスモークたいてせり上がるのは意味がわからないし恥ずかしい。だから嫌だと両断されたのがもし自分の案だったら耐えられなかったと思う。
     しかし愛之介も引かない。
    「君のために予定を空けた」
    「……!」
    「キスくらいじゃ足りないな」
     嘘だ。
     愛之介のほうも丸一日かかるはずだった挨拶周りが大幅に短縮されSまでの時間がぽっかりと空いていた。そこに転がってきたのがまさかの恋人だったのだ。「これはラッキーだ」「幸運の女神が微笑んでいる」外を眺める彼が何度も呟いていたのを思い出す。
     罪悪感で揺れたランガもすぐにそれに気づき、立ち直って指摘する。された側は一切悪びれることなく「発言を撤回しよう」と宣った。
     言い出したら絶対に聞かない頑固者が二人、妥協などできるはずもなく会話はヒートアップしていく。
    「無理だって、俺制服だよ。絶対似合わない。あんたみたいに衣装持ちならともかく」
    「衣装はある」
    「嘘ぉ!?」
    「こちらです」
     鳴らされた指に合わせてアタッシュケースを開く。愛抱夢のそれと装飾を似せた衣装は紛れもなくランガ用に仕立て上げられた新品だ。
    「……」
     少年は口を半開きにして静止している。無理もない。
     放心していたランガだったが、取り出した衣装を合わせられたところで正気を取り戻した。ソファの後ろに素早く身を隠し青ざめた顔を覗かせる。
    「……とにかく着ない。普通がいい」
    「そう」
     強情な子供だ。だが意思の強固さでは主人も負けていない。
    「でも僕だってもう決めた」
     衣装を抱きしめ愛之介がにじり寄る。ランガが身を固くする。
     こうして長く、当人達以外には重要でない戦いが幕を開けた。
     
     
     回想から戻ってもわからず屋達はそのまま平行線を走り続けている。
     時間はそろそろ限界だ。このままでは派手な登場どころかS自体に間に合わなくなる。
     こういった場合折れるのは何だかんだ大局を見ている愛之介だ。
     予想通り主人が手を上げた。停戦の合図だ。
    「わかった。今日はやめよう」
    「……」
     少年も緊張を解く。お互いよっぽど集中していたのか、ボードにも乗っていないのに肩で息をしていた。
    「別の場所で降ろしてあげる。Sもする」
    「……いいのか」
    「賭けをしよう」
     乱れた衣装を軽く整えた愛之介がランガに指を突きつけた。
    「僕が勝ったら今度こそ二人で登場だ!羽も着けてもらう……!」
     瞳は燃えていた。一切諦めていない。
    「わかった――俺が勝ったら普通に歩くだけにする」
     相対するランガの目も何故か闘志に満ちている。
     これだから天才という生き物は。
    「いいだろう――忠ィ!今夜は絶対に勝つ!サポートしろ!」
    「ズルい!」
     急な名指しに油断していた心が怯える。二人が一気に距離を詰めてきた。
     至近距離の美形は目に痛い。
    「勝負の基本はフェアプレイだろ!ねえスネーク!」
    「彼がするのはあくまで補助、滑るのはこの僕だ!だからルール上問題は無い!わかってるな忠!」
     こんなもの恋人同士のいさかいですらない。
     子供の喧嘩だ。
    「……運営として公平にご協力させていただきます……」
     もうそれくらいしか言えなかった。
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