開幕運命記念杯 来た客全員に渡されたクラッカー。会場の隅で激しく主張するけばけばしい色のケーキ。キャップマンが大量に配っている「コールのやり方」と書かれたチラシ。そして会場入りと共にどこかへ連れ去られたランガ。
そういうことねはいはい解った。すっかりこのノリに慣れてしまった観客に合わせて腕をあげ、上空から降る花びらの中心、舞台に降り立つめでたい男に向けて思い切り紐を引いた。仕方ない。そういう日だ。
とはいえ限度はあるだろ。
「はいあーん」
「どうも。あーん」
「……いつまでやってんだよっ!」
何回目かになる声はようやく気づかれたらしく、ステージ上の愛抱夢が振り向いた。目線をこちらに合わせ「ああ君か」あっさり逸らす。
「こら無視すんな! 俺だったらいい、はねえ!」
「……何かな。僕は今忙しいんだけど」
「そんなわけあるか!」
どこからか出てきたティーセットで優雅に紅茶を飲み、たまに向かいのランガにケーキを食べさせる。それのどこが忙しいのか。
「ちゃんとモニター見てんだろうな?」
「もちろん。二回戦突破おめでとう」
「お、おぉ……サンキュ……じゃねえ! オマエもランガもそろそろ出番だっつうの!」
なのにその暢気ティータイムは何だ。憤るこっちを鼻で笑い、愛抱夢は皿とケーキナイフを持って立ち上がった。
「準備は粗方済ませてある。コンディションも整えた。後もうひとつ勝利のために必要な物は何だと思う?」
よくもこんなと思う高さのケーキをひょいひょい取り分けていく。テーブルに乗る皿はほとんどが使用済み、全部たんまり愛抱夢がよそいランガがぺろりとたいらげた。
「君だったら計算かな。僕は執着……と前なら言っていただろうけど」
着席したサーブ係希望の男は皿のケーキを更に一口サイズに分け、ランガに食べさせて満足げに首を振る。
「今はこれも大事にしたい気分だ。はいもう一口」
ランガが飲み込む度、ステージに響く軽快な靴音。愛抱夢は本気で自分の番が来るまでティータイムを続けるつもりらしい。これが奴の一人遊びなら放置でいいだろうが、レース前にあれだけ腹に入れられるランガが心配だ。
「ランガ、大丈夫かー?」
両手足を椅子に固定されたランガが顔だけ向けて「大丈夫」と頷く。
「すごいおいしいよ」
「そうじゃねえ!腹は」
「まだまだ食べれる」
「……それでももう降りてこいよ、ちょっと休んどいた方がいい。お前の頼みならそいつも聞くだろ」
「……わかった」
こくりと頷いたランガが顔を戻し、
「あだ――」
「あーん」
話そうと開けた口に愛抱夢がケーキを突っ込んだ。
「……」
ランガが大人しく飲み込再び口を開く。またケーキが突っ込まれた。
「……」
ランガが――。
「もうやめてやれよ!」
「……誤解しないでほしいんだけど、この後に影響するような量は与えてないよ」
「え」
かなり食べさせてるように見えるが。
「この前のデートで色々試したからね。彼の胃袋についてなら君より詳しい」
「お前ら何してんだよ……」
「放っておいてくれ。そもそもさあ」
愛抱夢が手で弄んでいたケーキナイフをびしりとこちらに向ける。クリームが跳ねるからやめろ。
「僕が、彼を。十二分に戦えないようにすると思う? この最高の一日を締めくくる僕達の戦いに水を差すとでも?」
「う……」
それだけは絶対にないと自分にだって解る。ちょっと疑いすぎたかも、と冷静になった頭が愛抱夢の言葉のおかしさに気づいた。
「締めくくるってお前、わかってんのか? お前らも普通にトーナメント出んだぞ」
「当たり前だろう」
ケーキナイフをくるくると回しながら愛抱夢がなに食わぬ顔で言う。
「だが決勝に進むのは僕らだ」
会場内の空気が一気にピリついたのを肌が感じ取った。明らかに全員殺気だって、次のビーフからは更に激しいバトルが繰り広げられること間違いない。
こいつ何考えてんだと愛抱夢をみればなにやらランガに笑いかけていた。
「これでもっと楽しい時間になるね」
わざとか。
返事をさせるためかフォークが置かれ、ようやく発言を許されたランガが今度こそ口を開く。
「決勝まで行かないと愛抱夢と滑れないんだっけ」
「お前そこかよ…… 」
「そう。僕達は最も離れたところから互いに向けて滑り出す」
フォークのかわりに伸びた愛抱夢の手がランガの口元をなぞった。
「決勝で会おう」
「うん」
「……その前に俺が負かしてやる」
「聞こえてるんだよ」
「えっ。愛抱夢暦となんだ。い――」
いいなと言いかけた口に、再び突っ込まれるケーキ。
「子供かよ……」
咀嚼するランガの髪を撫でながらさらりと「子供だよ」とどう見ても大人の男が言う。
「いやお前……」
「愛抱夢である僕がうまれたのはほんの八.九年前なんだから年齢もそれでいいじゃないか」
「よくねえけど!?」
「なら今の僕がうまれた日を誕生日としよう。それなら一歳と一ヶ月だ」
「ますます幼くなんじゃねえ! てか、いつだよそれ?」
「決まってるだろ」
一切こちらを見ることのない顔が特別優しい微笑みを作った。愛抱夢のそれを真正面から受け取れるのなんて、彼の目の前でひたすらケーキを頬張っているランガくらいしかいないだろう。
「運命に会った日だ」