B級パニックは本物に勝てない「ヴォー!」
襲いかかるゾンビ!
「……ハアッ!」
それを砕くジョーの拳!
「ヴォー……」
崩れ落ちるゾンビ!
「S最強筋肉、やっぱすげー……!」
「これで一応はクリアかな。レアドロのひとつくらいしてくれないと割に合わないよ、もう」
「一応、ってまだアレが来んのかよ?」
「当然だろう。ここは山頂近いとはいえ大した高さではない。数日もすれば麓で変異化した人間達が押し寄せる筈だ。その時はゴリラ、全員圧せ」
「戦わん奴が簡単に言うな!」
――『とある男』の招待でなんかいい感じのキャンプ場に来た俺達。肉に花火にスケートと思いっきり夏を満喫するつもりが、突然他の客が暴れ出しなんと手当たり次第に噛みつき始め。噛まれた客が一人また一人同じように暴れだしたところで多分全員察した。これってアレだよな、と。
たちまちゾンビになったその他全員の客に四方八方追いかけまわされた末、何とか見つけた古いホテル的施設に俺達愉快な五人組は逃げ込んだわけだが。
「分かってるかお前ら。問題はゾンビだけじゃない」
ジョーの言う通り危機的状況は絶賛継続中。何故なら籠城を続ける為に必要不可欠な物――食料が無い。というのも持ってきた分をうっかり食い尽くしてしまったからで、更には。
「……二人が買ってくるでしょ」
「MIYA……」
そう、俺達が五人であること、六でも七でも八でもなく五人しか居ないことの原因もこれだ。
こんなことになるなんて分かっていなかった数時間前の俺達は買い出し班を編成、そして速やかに送り出した。メンバーはその場に存在する限り人を遊びと言う名の面倒事に付き合わせる危険男とそいつを唯一動かせる餌の二人にそれと自主的に付いて行った追加一名。良いところ見せようとして高い肉とか買ってくるかもしれねえぞと浮かれていられたのはほんの数十分。すぐゾンビが出て――。
その後今に至るまで、三人からの連絡は無い。
「……ガキんちょの気持ちも分かるがどう考えても麓の方が人間は多いだろ。ゾンビだって……」
「分かってるよ!でも、じゃあ愛抱夢とランガとスネークは……」
「アイツがそんな容易く噛まれるものか……!だが多勢に無勢となれば……クソ……ッ!」
「……ランガ」
増えるゾンビ。足りない備蓄。おそらくあちら側に行ってしまっただろう仲間達。暗く絶望的な雰囲気が俺達を包み。
次の瞬間、それをぶち壊す爆発的プロペラ音が。
「何だあ!?」
「屋上からだ!とりあえず行くぞ!」
階段を必死で駆け上がった先には。
「ヘリ、だと……」
ホバリングする機体の操縦席には見知った顔。開いた扉から半身を出すのは当然。
「やあ君達」
「愛抱夢!?」
「全員健康的な顔色で何よりだ。流石に知り合いを手に掛けるのは寝覚めが悪いからね」
「そのまどろっこしい言い回し、お前さんも元気そうだな。つまり」
「ランガ!ランガ……!」
「暦……!」
必死に呼び掛けると相棒が顔を出し
「待って、今行く!」
「な……ッ!?」
「ー~~!?」
ほとんど落ちるように飛び降りた。着地を一切考えない動き。あわや大惨事かと思いきや、視界を走った影が二つランガの着地点に滑り込む。
「シャドウ!ジョー!」
「ギ、ギリギリセーフ……!ランガテメッ、危ねえだろコラアッ!」
「ありがとう」
「ランガァ、無事だったんだなおまえ、よかっ、うぇ……うぅーっ!」
「暦こそ。大丈夫?噛まれてない?」
「噛まれてるならここにスライムが居るわけないだろっ、ばかっ、ランガいつも通りばか~!」
「そっか、それもそうだ。ところで二人は何で泣いてるんだ」
「じぇ、ぜんっ、ぜん!泣いてねえ~っ!」
「感動の再会は全員俺らの上を降りてからにしろー」
このままだと折れると言うので速やかにどいたが、すんすん鼻をならすのはやめられない。ランガの周りを囲むのもやめられない。
降下したヘリから愛抱夢が近づいてくる。腕を組み首を傾けわざとらしく不満顔だ。
「僕の生還にもあれくらいのリアクションを見せるべきじゃないの」
「ふ……お前が生きていることなどお見通しだ。何年の付き合いだと思っている」
「ああそう」
「だが事態が事態であり……万が一の場合お前は迷いなくランガを庇うだろうことも予測していたうえ……連絡も付かず……」
「分かった分かった……はい君達退いて」
横を離れないチェリーを片手であしらった愛抱夢はもう片手で俺とMIYAをぱっぱと払いランガのもとへ。そして――。
「あ、ちょっと!」
「おい!自制心を強く保て!」
文句も制止も一切耳に入れず引き剥がそうとする腕さえ無視して愛抱夢はランガを抱き締め続ける。
こうなったコイツをどうにか出来るのはただ一人。
行け!――全員に見つめられたランガが小さく頷き、口を開いた。
「愛抱夢」
「……あのまま落ちたらどうなっていたと思う」
「多分怪我してた。ごめん」
「……危ないことをしないで」
愛抱夢がランガに身を擦り付ける。動物の親が子供にするみたく優しい、それこそこの男の口癖のような、愛に満ちた仕草で。
「君が傷つくのは苦しい。ましてや死ぬなんて絶対にいやだ……だから最大限努力し君をあの地獄から救いだしたのに」
「……地獄?」
温かい雰囲気に水を差すのは良くない。分かっているが思わず口が滑った、のは俺だけじゃないようで。
「地獄とは何だ。麓の状況は。説明しろ」
「それと食料はどうなってる?あのヘリならかなり運べただろ、リストアップして管理したい」
「そっちのオジサン……は無理っぽいし、ランガ!」
「う、うん……気がついたら周りの人が変になってた。なんかこうぼんやりして、 かと思えばうわーって叫ぶみたいな」
山奥育ちの世間知らずはゾンビ知識もうっすらとしかないらしくあやふやな語彙でたどたどしく語る。
「逃げようって愛抱夢が言うから一番近かったホームセンターに行って」
「ベタだな……」
「一緒に逃げた人達と居たんだけど、気がついたら店の周囲全部変な人が囲んでた。噛まれたらまずいのは知ってたからけっこうやばいなって思ってた」
ヤバイも何も限りなく積みに近く思える。そこからどうすれば二人こんなにピンピンしていられるのか見当も付かない。
「……で、俺は食べ物とか探してたんだけど。そしたら愛抱夢が来て逃げられるよって言うから一緒に」
「待て待て何か飛ばしてねえ!?」
「ない。裏口から出て階段上がったらヘリとスネークが待ってた、から乗った」
ランガは一仕事終えた顔で説明をやめ、俺達と言えばひたすら絶句。そんなすんなり行く話じゃなかっただろうが。
絶対におかしい、そこで間違いなく何か起きている。
「……え、待って。裏口って外でしょ?囲んでたゾンビは?」
「居なかった」
「一緒に居た客はどうしたんだよ」
「皆出て行った。俺達とは逆方向だったけど」
「逆って……」
つまりゾンビは初めから居なかったのではなく、より食糧の多い方に集まっていたのでは――発想が言葉になりかけたのに慌てて唇を噛む。いくら鈍くとも自分の生が誰かの犠牲の上に成り立っている、そんな可能性を知れば相棒は必ず苦しむだろう。
周囲も似たような気持ちを抱いたようで、各々の働きでさり気なく話は客の動向とその理由を推理する方向に逸らされていく。
ゾンビの居る方へ自ら行った?何故。どうして。
次々問われたランガは初めてそれに気づいたように首を捻り、自分を抱き締める男へと。
「……確かに、なんでだろう。愛抱夢知ってる?」
「知らない」
今再び俺達愉快な五人組の気持ちが一つになった。ゾンビ相手に培った抜群のチームプレーでランガを愛抱夢から、こちらの会話が届かなくなる距離まで引き離す。
全員なんとなく顔が青い。
誰か聞けよ、お前が聞けよ――目線で互いをつついた結果白羽の矢が立ったのはまあ当然俺だった。嫌だけど。
「愛抱夢……最大限の努力って具体的には何したんだ……?」
「それはもう色々と。他の場所へ向かわせていたスネークに指示を出したり客達が怯えすぎないよう程ほどに寄り添ってあげたりね。あとはまあ、誘導?」
「何を!?」
「言わせたいなんて酷い奴ら……」
「どっちがだよ!」
「……なら君達は僕らが頭から食われていた方が良かったんだ?」
無敵の手札を前にして、俺達に勝ち目はなかった。悠々とランガを迎えに行く愛抱夢。その背中に勝利者の余裕はあっても自分自身の行いに対する良心のアレのアレ的なものは一切見えない。なんて奴だ。
「というわけで、これからゾンビがじゃぶじゃぶ湧くから皆で力を合わせて生き残ろう!なに、あと二日の辛抱さ」
日にちが確定しているのも異様にこわい、アイツ何か知ってないか。
「武器も食料もたっぷり用意したから楽しく籠ろうじゃないか。滑れないのは残念でたまらないが……ね、そう思わない?」
「思うかも」
「……分かる、分かるよ。僕もまた熱く愛し合いたい。その為にも必ず君を守り抜くと誓おう。僕の運命……!」
生返事のランガに愛を叫び続ける愛抱夢。それを傍観することしかできないなか、誰かが――そう、誰かが呟いた。
「今度は俺らが『客』にされたりしてな」
おい、否定してくれよ。頼むって。なあ!