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    20210919 二人が揃うとあらわになるもの それを特等席(不本意)で目の当たりにする暦くん高校生
    暦も前と比べたらだいぶそっち側なんだけど本人あんまり自覚出来てないだろうなーと思ってる 一番近くにいるのがあれであれに会いに来るのがあれだとそれなので 指示語まみれ

    ##微妙
    ##全年齢

    並の心情 うっかりライオンの檻に入った人間は多分こんな気分だ。
     それぞれ掴まれた右手左手がいつかの日の悪夢を甦らせる。こちらの抵抗を意にも介さず、アレを見ろと愛抱夢は顎をしゃくった。数メートル距離を開け後を追ってくる影は、俺の相棒にして目の前の男の――意識したくないが――一応交際相手の筈、なのだが。
    「見た?あの顔。なんて表情をするのだろう。もっと味わいたいなあ……出来ればじっくり、隅々まで」
    「趣味悪ぃにも程がある、ぅおわッ!」
    「無理に喋ると舌を噛むよ」
     噛ませようとするの間違いだろ。
     もう何ヵ月前かあやふやな、ある日の昼だった。腹はがっつり減っていてラーメンは湯気をたてていたのに「付き合うことになった」その報告は俺の食欲を根こそぎ持っていった。
     誰と、と尋ねなかったのは薄々察しが付いていたからで、単純に心から聞きたくなかったからだ。この世で最も気が合わないと互いに感じているだろうあの男とたった一人のライバル兼親友兼相棒が付き合う。信じられないし信じたくもない発言だが、だからと言って信じないわけにもいかない。詳しいわけではなくても恋愛というのは他人がおい待て考え直せと気軽に口を出して良い代物でない事くらい分かる。
     それに、暦には言っておきたかったとどこか安心したようにラーメンを啜る横顔を見れば言える事は何もなかった。おしあわせに、くらいはむしろ言うべきだったかもしれない。だがそちらは俺の方が無理だった。
     どうしても出来なかった祝福は、今でもたまに迷っては止めている。
    「……それで?」
    「おや。そんなに僕と話がしたい?」
    「ああ」
     原因くらいは聞いておきたい。
    「お前ら、今度は何で揉めてんだよ」
     付き合い出した二人はSでもあからさまに距離が近くなり、そして不思議なことによく争うようになった。会話が増えたせいだろう。ランガがその頑固さを自然と表に出すほど愛抱夢に懐いたからとは考えたくない。
     とにかく、じゃれるようなふざけ半分のそれからプレーヤー総出でジョーかシャドウ、その場を治められそうな筋肉を探す羽目になる破壊的な物まで様々争いの始まりを見た。だがそれに明確なピリオドが打たれる場面は俺含め誰も、見たことは無い。争いはどれも数分もたたず終息するから。互いの意思を通すための方法を二人はひとつ持っている。口より手より明快で、何より面白いそれを。
     話しながら、暴れながら、いつの間に手にしたボードと共にスタート地点へ向かう姿を見たプレーヤー達はほっと息をつきそしていそいそ自分の観戦定位置に走るのが常だ。興奮し過ぎたプレーヤーが割り込む光景も度々目にする。
     だがこれは、おそらく初めての筈。
     直前に確保したプレーヤーを巻き込みながらスタートした愛抱夢。それを追う形になったランガ。何をどうしたらそんな事になるのか、どうしてよりにもよって巻き込んだのが俺なのか、理解できない。
     沿道の客が浴びせてくる声、その中に少量あるだろう自分宛の歓声さえ受けとる気分にはなれなかった。お前らは何も分かってねえと心の中で呟く。足はボードに身体は疾風に。だがこれは俺のスケートじゃない。滑らされているのだ、この男に。
     一人で滑るものではないと、他人と滑ることで底上げされる力もあると分かっている。分かっていても、これは最早暴力だ。
     早く言え、と俺が急かすのを無視して愛抱夢は後方ばかり見る。
    「見なよ」
     見ない限り話も進める気は無いらしい。げんなりしつつ戯れだろう動きに翻弄されながら必死で顔を向けた。散々見させられたそれは変化に乏しく涼しげ――に一見感じるだろうが、その実珍しいほど様々な感情を溢れさせている。
    「……あんな顔しない」
     ぽつりと愛抱夢が呟いた。
    「僕にはしてくれないのに」
     君が、とまで言った時点で男は言葉を無理に区切った。君が、何だろう。憎い?腹立たしい?――羨ましい?
     全部こっちの台詞だ。
     俺は他人の幸せを喜べない嫌な奴なのかもしれない。そう打ち明けると秘密の相談相手はにゃあにゃあ笑ったあとそんな事で悩むなんて暦って友達居なかったの?と鳴いた。そう言うからには当然お前はこれを知ってるんだなと言った途端食らわされた弱パンチはそこそこ痛かった。
     友達は普通に居る。スケートを好きな奴に限定しても、確かに居た。
    「なら知ってるでしょ。それくらい」
     だが幼い頃の話だ。勝って嬉しい、負けて悔しい。そんな単純な感情だけでいられた頃の話。
     だから、未だ腹の底で渦巻くこれを俺は消化できそうにないのだと思う。
     愛抱夢に持たれた手も体も好きに扱われているのに、普段感じる嫌悪感が殆どないのは、この男が今俺を視界の端にも入れていないのが分かるからだ。俺で遊ぶ姿を見せたいだけで俺からの反応なんて気にしちゃいない。愛抱夢の目はランガだけを捉えている。ほんの少し焦りつつ、決して滑りを乱さない、悔しいくらい天才なアイツを。
     それなのに、もしかすると愛抱夢、この男はギャラリーより余程分からず屋かもしれない。
     あの目が俺だけを見ている?アイツが俺だけを追っている?笑えるくらいおかしな勘違いだ。
     ランガのあの表情をモニター越しに俺は何度も見た。対戦相手の名前はいつだって変わってくれない。俺ではない。
     追ってくる影と距離が僅かに開く。この数センチ、数ミリの価値を目の前の男は一生わからないに違いなかった。
     わかられて、たまるか。
     ――ゴール後ランガに尋ねたところ、二人は何ら揉めていなかったらしい。むしろ機嫌の良かった愛抱夢がランガへ何でもねだれと言い、それにランガが
    「二人が滑るところ見たい」
     と返した結果ああなったのだとか。
     聞いた瞬間へろへろと全身の力が抜けてしまった。何だ馬鹿らしい。無理しなければ良かった。というか、何故俺に話を通してからやらない、本当に二人揃って勝手な奴ら。
    「……暦。楽しくなかった?」
    「楽しかったに決まっている。僕にエスコートされてつまらないなんて有り得ない」
     何も返さない事が今出来る精一杯の抵抗だった。
     楽しかった。楽しくて嫌だった。お前達の見ている世界を一瞬覗く度苦しくなる。あれに何故届かないのかと考えて考えて、おかしくなりそうだ。
     文句は言わない、だが真実も言ってやらない。ランガはお前のことを見てたよとも、俺と愛抱夢が見たいって言ってたわりにお前少し不満そうだったよなとも。俺が言わなかったとしてもいつか気づく日が来るだろう。それまでは精々互いに振り回されればいい。これくらい許せよ。だってお前らは俺なんかより。
     俺は俺なりに最高を超える。そういう決心を容易く揺るがせるお前達の才能をどう愛せば良いのかやはりわからないまま。祝福は未だ遠い。
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