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    20220212 ワンドロお題「バレンタイン」 とにかく甘 ひたすら甘

    ##明るい
    ##全年齢

    もっとねだって、甘くして 息を吸うと口の中が甘くなる。そう錯覚するほど香るのは箱や缶、壺などに収められずらりとテーブルへ並べられたチョコレートたちだ。一時間ほど前俺が愛抱夢の部屋を訪れた時と比べて随分量も減ったのに隙間の見える入れ物からまだまだ良い香りを放ってくる。隙間を埋めていた方のチョコレートたちが何処へ行ったのかはまあ、とても美味しかったですというか。
     横の愛抱夢が僅かに背を丸めた。テーブルから取った濃紺の箱を彼はこちらへ傾けてくる。勧められるまま抓んだつやつやした四角いチョコレートは口の中へ入れた途端に端から溶けてクリームをあふれさせた。ほんの少し苦いチョコレートとベリーに似た甘酸っぱさを持つクリームが舌の上で混ざり広がる。
     あ、これ好きかも。食べ終えた俺が気付く頃には愛抱夢は持ったままだった箱から更に一粒取り出していた。運ぶ先は彼の口元ではなく、俺の。
    「あーん」
     口を開き食べるだけなのに何度誘われても少し緊張する理由はこの可愛くて逆らえない声にあるのかもしれない。前のよりやや酸味の強い一粒を味わいながら思う間にまた口元へ新しい一粒が用意されていた。指先まで食べてしまわないよう気を付けながら唇で食み、飲みこんだならまた一粒。紅茶で仕切り直して次の一粒。今日はずっとこんな感じ。俺は美味しいし彼は楽しそうだけど、でも。
    「あのさ、愛抱夢はいいの? 俺にあげるだけで」
    「勿論。僕は実際に口にするより美味しそうに食べるランガくんを見ている方がずうっと心が満たされるし、ここにあるチョコレートは全て僕から君への贈り物、君の物だ。遠慮しなくて良いからね」
    「そっちじゃなくて。貰いたくならない?」
    「知っていたのか」
     流石に、と思うけど大体のイベント事を忘れては彼経由で思い出してきた身だ。何も言えない。
     力の抜けた手が鞄とその横へ置いておいた花束に触れる。向こうでは確かこんな風な真っ赤な薔薇なんかのきれいで食べられないものを父さんが母さんへ贈る日だった今日は、こちらだと大切な人へチョコレートを贈る日だそうで。ならいつか俺を大切だと言った愛抱夢が俺に渡すのは当たり前のことだし、そう言われて痛いほど顔が火照ったのは何故だか知った今の俺が愛抱夢に渡すのもごく当たり前のことだろう。諸々うっかりすこんと抜けてしまう俺を諦めないであの手この手で様々催し事を一緒に楽しもうとしてくるこの人がそこだけ忘れている訳も無いと思うのだけど。
    「俺からのチョコは欲しくない?」
     そんなことは無いと即答されるかと思いきや、真っ先に返ってきたのは言葉ですらない唸りだった。
    「そうでは無いが無理にとも思っていないかな。改めて形にする必要も無いくらい君からは愛を貰っているしね。それに僕は貰うより与える方が好みで……だからこれで充分だよ」
     充分だと繰り返し目を伏せる愛抱夢。この人はたぶん頭が良い。言葉を扱うのが上手くて善悪問わず嘘が上手くて、気持ちを表現するのと同じくらい見えないように隠すのが上手だ。だから俺は大抵最後まで彼の真意には気づかないし時折彼がそれ全部すごく下手になる理由も分からない。 
     分からないけど、気付いたなら無かったことにはしたくないと思う。
    「そっか。じゃあ貰うね」
     軽く引けば箱は簡単に手から抜けた。残りの数粒の中に先程の四角いチョコレートを見つける。これ美味しかったな。だからこの人にも食べて欲しい。
    「愛抱夢」
     こちらを向いた顔へ指先で取った一粒を、彼がそうしていたのを真似るように差し出す。
    「口開けて」
    「……気にさせた?」
    「ううん。ただ俺は全然充分じゃないから。だからほら、あーん」
     見つめること数秒。口が開いた。あーんと返す声から感じるのは先程とはまた別の可愛さだ。なんだか笑ってしまいそうになるのを堪えつつ、口の中へ置いたチョコレートをそうっと放す。
    「おいしい?」
     口に含んだままだからか愛抱夢は頷くだけで、けれど言葉の代わりにほんのりと笑ってみせた。そんなことが理解出来ない程嬉しくてもっと欲しいとテーブルのチョコレートへ視線を動かす。
     あれは花みたいな優しい香りがする。あっちは中のナッツっぽいのが濃くて印象的。どれを食べて欲しいかなと考えて、ふと思った。今なら。
     不可解だろう願いはすんなり了承されて「何をしてくれるのか楽しみだ」と赤い瞳が覆われる。見られなくなったのを良いことにすぐ隣で思い切り鞄を開いた。沢山の貰い物の中から『それ』を見つけるには随分時間を掛けてしまったけれど、愛抱夢は機嫌を悪くすることも無く、むしろ何故か喜んでいるようだ。君から焦らされるなんてと話し続ける声に応じながらこっそりパッケージを開く。中に並ぶのはごくごく普通のチョコレート。その内一粒を取って、まだ喋り続けていた唇にちょんと合わせた。
    「お待たせ」
     落ち着いているふりは上手くできているだろうか。どきどきして分からない。 
     実のところ周囲に言われてはじめて気付いたし、買ったのコンビニだし、それも一年中売っているやつで、彼の方の質と量に圧倒されてつい数分前まで存在ごと忘れようとしていたけど。一番愛抱夢に食べて欲しいのはこれな気がするから。
    「よかったら、食べて」
     唇がチョコレートを奪った。
     食べながら愛抱夢が小さく首を捻ったような。波打つ心臓を押さえ付けて、おそるおそる尋ねる。
    「ど、どう?」
    「……ん。おいしいよ」
    「本当?」
    「本当に。とても素敵な味だ。もう一つくれる?」
     味で気付かれてしまうかと思ったけど、気付かれないどころか気に入ってくれたらしい。よかった。
     一粒食べさせる度に愛抱夢の頬が分かりやすく緩んでいく。よっぽど好みの味なのかそれとも俺からの贈り物だからか。後者は気付いていないみたいだから単に好みなだけだろうと結論付けて、ならどうしようか悩んでしまった。今度はもう少し良いやつを用意しておこうと考えていたけど、気に入っているならこのラッピングも何もないチョコレートをまたあげるのが正解なのかもしれない。でもやっぱり彼がくれる物へのお返しとしては微妙だし、俺だってちゃんと贈ってみたかったりして。
     そうやって悩む方へ意識を向けていたのが良くなかったのだろう。食べさせた分が半量を超えて慣れたつもりになっていたのも。ティーカップを置いたならすぐねだってくるものだと思い込んでいた。 
     タイミングを誤ったと気付いたときには愛抱夢の閉じられた唇の間にチョコレートがすっぽりと。取り出すことも出来ずついそのまま押し込んだのはますます良くなかった。チョコレートだけでなくぐり、と指先が唇を押し内側へ入りかけ、目を閉じたままの愛抱夢が微かに眉を動かす。 
     慌ててチョコレートを離し、指を引き、ごめんと言おうとして。どれひとつ出来なかった。
     俺が行動を起こすよりも早く愛抱夢が口を開き、そして向こうからもう一度チョコレートを、俺の指ごとぱくりと食んできたから。
     触れた、おそらく舌と歯だろうものは一瞬で指先からチョコレートを持って行った。あっという間に噛み砕き食べてしまったようで喉を上下させたなら、続けて俺の指を。
    「えっ」
     先に数度舌が絡んだのち、関節を軽く噛んでいた歯が離れた。ゆっくりと指を引き抜く。何をしていたか訊こうかとも思ったけれど、変わらず目を閉じたままの顔を見て止めた。
    「すまない。夢中になってしまって、僕が何か……」
    「や、平気。見えてないんだし」
     唇の合間ちらちらと今さっき指に触れていたものが覗く。その感触を自然と思い出していた。感触も、合わせて感じるくすぐったさに似たおかしな気分もしばらく忘れられないだろう。そんなぼんやりとした予感を抱いた。
    「……あ」
     さっき指を抜いた時に擦り付けてしまったらしい。愛抱夢の唇の端が薄く汚れている。
     俺こそごめん、口のはしっこに付けた、と言えば愛抱夢は構わないと返し付いたのはどこかと尋ねてきたけれど、律儀に目を閉じたままでいる彼にそれを伝えるのは難易度が高い。思わず俺がやる、と言い出していた。しかし。
    「愛抱夢。俺が拭いて良いんだよね」
    「ああ」
    「なら何で?」
     拭く物を探そうとテーブルへ目を向けているうちにいつの間にか両手を包んでいた温かいものが再度ぎゅっと握ってくる。左右とも同じ。愛抱夢の手だった。
    「見えていないから不安で」
    「でも手が使えなかったら拭けない」
    「そう? 他にも方法はあると思うけど」
     顔を傾いだ愛抱夢が大きく口を開け「たとえば」と囁けば内側のものが見せつけるように動いた。
    「また僕の真似をしてみる、とか」
     すごいことを求めてくるなあと思う。でも我慢されるよりかはずっと良い。方法も俺は特に思いつかない。だから、と薄く笑う唇へ近づいたなら甘い香りが口の中へ。身体いっぱいに甘さがしみ込んで溶けた頭がくらくらする。する前からこれってしたら俺どうなるんだろう。不安だけどそれでも止められない。嫌いじゃないから。
    「もう少し左かな」
    「……見えてない?」
    「全く」
     欲しがられるのって大変で、でも楽しくて、それでちょっと好きかもしれない。
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