秘密はキスであばかれる 帰り道ふらりと寄ってきた猫はそのまま自分より先にドアをくぐり前足を差し出してきた。拭き終わるまでは行儀良く待って、終わったならするりと室内へ。ベッドへそしてベッドに腰かけたこちらの膝へ上がる動作はしなやかだ。こういう所は変わらないのだなと思う。
催促するように胸元へ擦り付けられる頬。応じて抱き上げれば猫が鳴く。彼らはにゃあにゃあとばかり鳴くわけでは無い、この猫と出会ってそれを知った。特別この猫の鳴き声だけがバリエーション豊かなのではないだろう。たとえ彼が猫としてはちょっと変わった特別な一匹だとしても。
頬を、鼻を合わせて。そうして最後に唇を。ぼわんと視界が曇り晴れたなら猫は消え代わって膝に乗っていた結構な重みも退き、隣に一人知った顔が増えていた。
「ありがとう」
囁かれる感謝は人の言葉で出来ている。
人が猫になるのもこんな事で元に戻るのも信じられない話だ。こうして度々訪れる彼とキスをして、目の前で変わるところを見なければ。
「またお礼をしなきゃね。今度はどうしようかな……ランガくんは何が良い?」
「何もしなくていい。大したことしてないし」
インターホンと共に現れた知らない猫がいきなり唇を奪ってきた時はそこそこ驚いたけど、今はもう慣れたものだ。それなのに毎回のようにどこか遠くへ行くとか何か二人で買うとかキスひとつに対して愛抱夢からのお礼は大袈裟すぎる。迷惑とは思わなくても貰うのが当たり前とも思えない。
「気にしなくていいから」
「分かった。楽しみにしていて」
けれどそう思い言葉にしたとしてすんなり聞いてくれる人でも無いと知ったのはいつだっただろうか。ずっと前。初めてお礼を受け取った時。こうして玄関で見送る際言葉を交わす度。全部な気もする。
「ランガくんこそ気にしなくていいのに。何でも ねだって良いんだよ。それこそ僕の体質など君は知りたがるものかと」
「別に。話したそうにも見えないし……あ、でも」
この時用に隠してある靴を渡す最中前からひとつ気になっていた事があったのをふと思い出した。構わないと愛抱夢も言うので遠慮無く。
「猫になったのがキスで人に戻る。なら今キスしたら愛抱夢って猫になるの?」
「気になる?」
「なる」
愛抱夢が指を立たせくいくいと動かす。近付いた方が良いのかと寄せた顔に触れる温度は類を、鼻を抜け、そして。
一瞬で離れた唇がどうかと人間の言葉で問いかけてくる様子は覆い隠されることもなく最後までとてもよく見えた。
そうか。ならないのか。思うと何故だろう。余韻の残る唇から息が漏れた。この人は他の誰かとそうしたから自分のところへ来ている訳じゃない。そんなことにこんな気分になる理由を知るにはまだ色々足らないみたいだ。回数とか。それと多分。