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    zirakichi

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    zirakichi

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    ④オムライスとミサンガと天体観測(sideハロルド)
    土曜日。
    時間はワタシが思っていたよりも早く進んでいて、ここに来てから一週間が経とうとしている。
    マルの腕もだいぶ回復しており、ワタシが気付いたときにはもうギプスは外れ、いつも通りに動かせるようになっていた。

    一週間が経つ、ということはつまり、そうか。彼とこうして食卓を囲む時間は、今日で最後ということか。

    「今日の夕食は何がいい?」

    少しだけ寂しさを覚えた。
    この寂しさを悟られぬよう、出来るだけいつも通りにマルに聞く。

    「別に今あるもんでなんか適当に…」
    いつも通りの返答が返ってくる、と思っていた。
    途中まで出掛かっていた台詞を止め、マルが少しだけ考える素振りを見せる。
    マルも、今日がワタシとの最後の夕食だということに気が付いたのだろうか?

    少しの間があったあと、「オムライス。」とだけ返ってきた。
    マルの顔を見るに、オムライスに何かの思入れがあるわけでもなく、ただ思い付いた料理がそれだったのだろう。随分と子供のような料理を思いついたものだ。

    自分の料理の腕を過信しているわけではないが、最後の日くらいワタシが腕を奮ってあげたいと思った。
    「今日はワタシが作る。マルは座っていてくれ。」
    「あぁ。…包丁持ったまますっ転んだりすんじゃねぇぞ。」
    いつもならワタシ一人で作ろうとすると心配して勝手に手伝いに来てくれるのだが、今日だけはワタシ一人に任せてくれるようだ。
    邪魔にならないように髪を適当に縛り、エプロンを付ける。
    「マルは心配症なのか?大丈夫だ、流石にそこまでドジはしないよ。」
    前にワタシが盛大に転んだのが原因だろうか。何故か心配された。
    あれは雪の上で蹴り慣れていないのにボールを無理に蹴ろうとしたからであって、流石にキッチンで転んだりはしない。

    相変わらずマルは心配症だな。

    「いや俺を心配症にさせてんのはアンタなんだよ。」
    マルは自身の眉間を掴み、悩んでいるような素振りを見せた。そんなに心配を掛けるようなことしただろうか?思い当たる節がないのだが、もしかしたら何かしたのかもしれない。(ワタシの記憶ほど頼りにならないものはない。)

    結局、心配症のマルは、ワタシが料理中ずっとソワソワしながらワタシのことをただただ見守っていた。

    ​───────

    特に何のトラブルもなく彼のリクエストであるオムライスが出来上がり、彼の目の前にオムライスを差し出す。

    「ほら、何の問題もなかっただろう。」
    「おー…まぁなんかあっても困んだが…」

    出来上がったオムライスを前に、マルはまじまじとオムライスを眺めている。確かに今回の出来はワタシでもなかなか上手く出来たと思ってはいたが、そんなに珍しかっただろうか?

    食事の時の彼は意外と律儀な男だった。
    例えば前シチューを作った時の、先に食べ終わっても先に席を立たずにワタシが食べ終わるのを待っていてくれるところだとか、先に食べていても何ら問題もないのに、ワタシが席に着くまで決して料理には手を付けずに待ってくれるところだとか。
    これは一週間、彼と過ごしてきて分かったことだ。

    さて、そんな律儀な男を長く待たせてしまっては申し訳がない。ワタシもいつもの定位置に座り、二人で食事の合図を言う。この合図が合うのも、もう慣れたものだ。

    「………うめぇな。」
    オムライスを数口食べた彼の口から、初めて「美味しい」という言葉を聞いた。
    この一週間、料理の感想に関しては「悪くない」の一点張りだった為、その一言に少し驚いた。食べる手を止めて彼の顔を伺ってしまったが、彼は至っていつも通り(いや、いつもより少しゆっくりか?)に食事を進めていた。

    美味しい、美味しいか。
    「そうか、良かった。」

    前にも一度だけ褒められた(いや、あれは果たして『褒められた』という部類に入るかは不明だが)こともあったが、普段素直じゃない彼から貰う感想は本当に珍しくて、嬉しさと同時に少し照れくさい気持ちになる。

    少し気の抜けた顔になっていた気がするが、マルは食事に集中していて気付いていないと願いたい。

    ​───────

    夕食を食べ終え、二人で食器を片し終えたときのことだ。
    (今頃ではあるが)彼の腕に唐紅と青緑のミサンガを付けていることに気づいた。随分と古いものなのだろう、そのミサンガは色褪せていて少しボロボロだった。
    「随分古いミサンガだな、貰い物なのか?」
    ミサンガを指差して彼に聞いた。
    「…20年モンだ。どっかの不器用がガバガバに作りやがったから今更サイズが合ってきた。」
    「ははっ相当不器用だったんだな、その人は。」
    少しだけ彼は腕に付けているミサンガを見る。
    彼は小馬鹿にするように鼻で笑ってはいるが、それでも20年も大事に付けているんだ。きっと家族か何か、大切な誰かから貰ったものなのだろう。

    彼は更に口を開く。
    「…しかしコイツ頑なにちぎれねぇんだが、俺ァここ20年一個も願いが叶ってねぇってことか?」
    『ミサンガ』というものは、願いが叶うときにちぎれるお守りだと聞いたことがある。それが20年ちぎれないということは事実上だとそうなるが、きっとそれはマルが今まで大事にしてきたということの証、ということでは無いのだろうか?
    それとも。

    「でも、不器用だったからこそ切れずにいるのかもしれないよ?それに、そういったものはマルが一番叶えたいものが叶ったときに切れるものだ。」
    「だから、それが叶ったらきっとその子も自然と切れてくれるさ。」
    分かっている。
    この意味が何を示していることなのかも、ちぎれるのがすぐの未来じゃ無ければいいと考えてしまうことも。
    ….この寂しさも。全部分かっているんだ。

    「………なあマル。」
    「ワタシの頼み、聞いてくれるか?」

    「なんだよ。」
    彼から、ぶっきらぼうに返事が返ってきた。

    この旅にもそろそろ幕が降ろされる。
    マルはこの地に残り、ワタシはあの空へ帰らなければならないということだ。
    いつまで経っても『友人との別れ』というものには慣れない。それはワタシが唯一覚えているあの幼い記憶の頃から変わらなかった。
    だから。
    「一緒に星を見に行かないか?」
    だから最後の日くらい、星を見に行きたいと思った。

    ワタシの小さなわがままに対して、彼は無言でワタシのことを見つめてきた。彼からの返答が無い。
    これはどういう意図なんだろうか?人の心の内を読むのは正直に言うと苦手なほうだった。
    ずっと無言だった彼はとうとう何も言わずに席を立ち、クローゼットを漁り始めた。これは断られているのか?流石に突発的だったのが悪かったかもしれない。
    少し心配になって「マル?」と、声を掛けた。

    「テント。いるんだろ。」
    そう言ってクローゼットから出てきたのは小さめのテントだった。

    ということは。つまり、だ。

    「…ああ!テントも欲しい。それから双眼鏡と、寒いだろうから膝掛けとかも欲しいかもしれないな、あとは…」
    「ハッ、はしゃぎすぎだろ。」
    つい子供のようにはしゃいでしまって、マルには鼻で笑われてしまった。だがワタシのわがままを聞いてくれて、旅の最後に星を見に行けるのが本当に嬉しかったんだから仕方ないだろう。

    「決まったならすぐに準備しよう。冬は暗くなるのが早いだろうからなるべく早めに出た方が良いだろうしな。」

    そうして最後に彼と星を見に行くため、ワタシとマルは登山をする準備に取り掛かった。

    ​───────
    (sideマレンゴ)
    それなりの荷物詰めたリュックを背負い、カンテラを持って家を出た。
    夕飯を食べた後でもう日は落ち始めていたが、幸い今日は比較的暖かい日で、雪も降っていなかった。

    相変わらずナインズは喋っていないと死ぬのか、俺達は数秒後には忘れるようなどうでもいい会話をしながら山道を進んでいく。
    …山頂に近づくにつれ、前を行く俺に対して付いてくるナインズは段々と足取りが重くなっていることに気づいた。
    「おい、アンタから言っといてもうへばこってんのかよ」
    「…大丈夫、大丈夫だ」
    そう返したナインズの、疲労とは違う…思い詰めたような顔は見ないふりをして足を進めた。
    ​───────
    そこから山頂まではわりと早かった。
    雲の上だからか、そこら一帯雪は積もっていない。さっさとテントを立て、火を焚き、持ってきたイスに腰をかけた。
    水筒に注いできたスープを飲みながら、じっと空を眺める。

    いくつもの光る点が黒い背景に浮いている。あの中にも、もしかしたらアイツらが宇宙船が紛れていたりするのだろうか……いや、現実的に考えて見えねぇか。

    俺はあの星は何等星だとか、あれが何座だとかそういうことは全く分からない。
    天文分野に関して覚えているのは、小学校だかで習った『夏の大三角』くらいだ(それも名前しか覚えていない)。

    「あれが冬の大三角で、更にそこから六つ繋ぐと冬のダイアモンドになるんだ、それから…」
    訊ねてもいないが、隣の男が勝手に解説を始めた。指さされた方向を眺めながらしばらくぼんやり話を聞いていると…ようやく我に返ったらしい。
    「いや、…すまない。誰かと星を見るのは、本当に久しぶりだから…一人で話してしまっていた。」
    「そのまま続けとけよ、いい睡眠導入剤になる。」
    「さては、キミ、寝る気だな?……まぁ、いいか」
    俺の言った通りにナインズはそのまま続けた。

    「『空を見る』のが好きなんだ。星空はもちろん、入道雲の見える夏空も、雪が降る冬空も。空は海よりも広いし、それに自由だ。…鳥になれたら、もっと近くで空を眺めることが出来たのにな。」
    「…俺らァ人間だ。空なんて地上から眺めてるくらいが丁度いい…空は確かに自由だがな、人間はその自由に振り回されんだよ。」
    『気まぐれな女と同じだな』
    幼い俺がナインズと同じようなことを言った時、パイロットだった親父が笑いながらそう返したのを覚えている。

    「ははっ、確かに。…それに、地に足を付けているからこそ、空が美しく見えるのかもしれないしな。」
    そう言って奴は手に持って暖をとっていたココアを飲んだ。

    ​────……どれくらい時間が経ったんだろうか。ふとデケェ欠伸が出た。
    それに気づいたナインズが「眠いのか?」と声を掛けてくる。

    正直、眠い。普段だったら話を中断してでもさっさと寝床に入ってるくらいには。
    でも…しょうがねぇな、今日だけは特別だ。

    「あ"ー…まぁ…アンタが『寝る』って言うまでは付き合ってやるよ。」
    ナインズは少し考える素振りを見せてから口を開いた。

    「そうか…………なら、もう少しだけ付き合ってくれ。まだ話したい事はたくさんあるんだ。」

    来る途中でも散々喋ってきただろうに、どうしたってこの男は話題が尽きねぇんだか。

    「へぇへぇ、好きなだけ喋れよ。半分くらいは聞いといてやる。」

    きっとこの日の夜は人生で一番長かった。
    ​───────
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