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    zirakichi

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    zirakichi

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    ⑥ハロルドさん更新(火葬〜荷造りまで)(sideハロルド)
    キミを燃やす炎の傍に座って、ただただその炎を見つめていた。

    こんな山奥まで来る人間なんてまず何処にも居ないだろうが、それでもマルがワタシに望んだのは完璧な消滅だ。
    ワタシが彼のことを忘れない以上、彼の望みは完璧に叶えることが出来ない。だからせめて形だけでも消滅させることにした。
    …それに友人をこのままにして放置してしまうのは、ワタシが嫌だったから。だから、この方法が最適解だと思ったのだ。
    燃え盛る彼を見ていると、寂しさでまた泣きたくなってしまう。でも泣いてしまったら、またキミに怒られてしまう気がして涙を必死に堪えた。

    握りしめた手を開く。
    手の中にはマルが大切に付けていたあのミサンガが、そこにあった。
    彼を殺す最期の時までちぎれずに彼の腕に付いていたはずなのだが、約束を果たしたときにはちぎれていた。

    『ミサンガ』というものは、願いが叶うときにちぎれるお守りだ。それがちぎれた、ということはつまり彼の願いは、……今叶ったのだ。
    彼にとってはこの上ない幸福なのかもしれない。
    それでも、……ワタシはキミの願いを叶えたくはなかったな。

    「やっぱり、…一人は寂しいよ。」

    ……………、
    ……そういえば…、

    とある星では火葬する際に故人の思い出の品や好きな物を手向けとして一緒に入れて燃やす風習があるらしい。
    そうすることで故人がその品を持ってあの世へ行くことが出来るとか。そんな話を聞いたことがあったような気がした。

    ふとその話を思い出して、手元にあったワタシの煙草の箱を炎の中へと投げ入れる。それを『お守り』代わりとして持っていくといいよ。旅の道中、何があるかなんてマルもワタシも分からないだろ?あのペンを返してくれたときのように、ワタシがそちらに行ったときにでも返してくれたらいい。
    数本ワタシが吸ってしまったせいで欠けてはいるが、…なに。そちらに辿り行くまでには十分足りる数だろうさ。まあもし足りなかったら…それはマルが吸いすぎてしまった証拠だろうね。

    冬の冷たさが頬を撫でる。いつもなら痛いくらい冷たいはずなのに、今吹いた風は少し暖かくて優しくて、なんだか心地よかった。同時に紫苑の花びらが空を舞ってとても綺麗な景色だった。

    キミもこの景色を見てくれていたら良かったのに、なんて。

    マル、キミはもう何にも縛られていない。
    軍人という立場も、人を殺す使命も、キミを苦しめた何もかも。キミを縛るものはもう何一つとして存在しない。だから安心してキミの行きたい場所へ、この風と、花と共に、あの空をどこまでも、どこまでも飛んでいくといい。

    「キミはもう自由だ。」
    「……….またね、マル。」

    こうして、〝友人〟マレンゴ・ボナパルトとの最期の旅に幕が降りた。

    ​───────
    山を降り、仮屋に帰ってきた。

    今日の外は普段よりも暖かいはずなのに、家の中は妙に静かで寒くて、そして暗かった。おかしいな、この家はこんなにも物が無かっただろうか?

    宇宙船へ帰る支度をしなければいけないのに、身体が鉛のように重い。何もしたくなくて、でも時間は待ってはくれなくて。重たい体に鞭を打ちながら、ゆっくりと荷物をまとめた。

    クローゼットを整理していたら、彼が宇宙船にいた際に着ていた軍服一式と帽子を見つけた。
    そういえばいつだったか、マルが「死んだ後はこの家と、中にあるもんは使うなり持っていくなり好きにしていい」と言っていたな。

    物には記憶が宿るものだ。ワタシの出来の悪い脳がいくら忘れてしまっても、その物があればそれを頼りに記憶を手繰り寄せることはできる。
    彼の被っていた帽子を手に取り、深く被る。
    これはワタシが『マレンゴ・ボナパルト』という人間を、そしてその彼をワタシが殺したという罪を忘れないように、彼から受け継ぐことにするよ。
    …きっと彼は何処かで呆れてるだろうけれども。

    クローゼットを閉じ荷造りを再開しようとして、ふと横の棚上を見ると、相当年季の入ったボロボロの箱が置いてあった。
    これはなんだろうか?つい気になって蓋を開ける。
    出てきたものは。
    これは、……アルバム?

    誤って傷を付けてしまわぬように、一冊の本を恐る恐る手に取る。箱は相当ボロボロだったが、中身のアルバム自体の保存状態は良かった。縁の部分には、このアルバムを捲った跡が残っている。…おそらく、何度もこのアルバムを見返していたのだろう。
    アルバムのページを捲る。そこには幼い頃の彼や、彼の家族の写真がたくさん収められていた。

    幼い彼が妹を抱っこして笑っている写真や、毎年欠かさずに撮っていたのであろう家族写真。
    彼自身が写っている写真よりも家族の写真のほうが多かったが、それでも写真の中に写る彼は、無邪気に、そして楽しそうに笑っているものばかりだった。

    彼の記憶を眺めていたら、一枚の写真が出てきた。

    幼い彼と、黒髪の少年が笑っている写真。
    楽しそうに笑う幼い彼の、隣にいる、この、…この黒髪の少年は。

    どこか、どこかで見たことが確かにある。
    いや違う、違う、ちがう、ちがう。そんなはずはない。だって、だってワタシは、覚えて、覚えて…いない。

    覚えているはずがない。ワタシの脳は、物事をおぼえていられないんだから。

    ………頭がいたい。
    さっきからあたまが割れるようにいたい。
    ずっとだれかがあたまのなかで、しゃべっている気がする。それとも耳なりか?呼吸もうまくできなくなってきた。

    さんそが足りなくて、しこうがていしする。身体にちからが、うまくはいらなくて、わたしはそのばでたおれこんでしまった。

    ​───────

    広い草原に立っていた。

    銀色の髪をした少年がサッカーボールを蹴っていて、黒い髪の少年が、少年の背中を必死に追いかけている。

    黒髪の少年は運動は少し苦手なようで、追いかけても追いかけても彼には辿り着くことができない。それでも、楽しそうに笑いながら彼のことを追い掛けていた。

    少年たちがワタシの目の前を通り過ぎて、

    「待ってくれ!」

    咄嗟に黒髪の少年の腕を掴む。
    待って。お願いだ、待ってくれ。
    キミに聞きたいことがあるんだ。
    なのにどうしてだろう、聞いてしまったらいけないような気もする。

    「キミは、……キミは誰なんだ?確かに見覚えがあるはずなのに、キミのことを思い出せないんだ。」
    「なあ。キミは、ワタシなのか…?」
    腕を掴まれた少年はワタシのことをただ見つめている。やはり所詮は夢だ、答えなんて返ってこないだろうか。

    そう思っていた。

    「僕?」
    答えが、返ってきた。

    「僕は『ハロルド・ナインズ』。」

    「でもね、僕は『君』じゃない。
    君も『僕』じゃないんだ。」

    なにを、

    何を言っているんだ?
    彼の言っていることがよく分からなかった。
    『ハロルド・ナインズ』はワタシの名前だ。そうだろう?そうで、そうでなくてはならない。
    ワタシがハロルド・ナインズだということはこの手巾


    ………
    …………誰が、

    何処の誰が、ワタシのことを『ハロルド・ナインズ』だと証明してくれたんだ?

    この手帳が果たして『自分のもの』なのかどうかすらも曖昧なのに、本当にワタシが『この手帳の持ち主』なのか?

    ずっと信じていたものが途端に怖くなった。
    自分のことが、途端に分からなくなってしまった。
    ワタシは、……ワタシは。

    「ねえ。」
    「君はダレなの?」

    ワタシは誰なんだ?

    ​───────
    目が覚めた。
    外は日が沈み始めていて、辺りが暗くなり始めていた。

    いつもなら夢なんて覚えてすらいないのに、さっき見た夢は嫌に覚えてしまっている。
    『君は誰なのか』。先ほどの少年の問い掛けがずっと脳からこびり付いて離れない。

    記憶の頼りだったはずの手帳を捲る。
    この手帳は、ワタシが生きる為に必要なもので、出来損なった脳の代わりであって。ワタシが生きていく上でずっと、ずっと縋っていたものだった…はずなのに。

    この手帳に書いてある記憶は、どこまでがワタシじゃなくて、どこからがワタシの記憶なんだろうか。
    病院に居た頃から?
    あの宇宙船に乗ってから?
    それとも怪物討伐に出向いたころからか?

    分からない。分からない。
    自分のことなのに、こんなにも自分が分からないだなんて。

    『覚えてたってテメェの首が締まるだけだ。』

    マルの言っていた言葉を思い出した。
    確かにこんなものを覚えていたら、ただ自分自身を苦しめるだけだった。

    じゃあ…ワタシを苦しめるこの事実は、ワタシの手元にあるべきではない?
    ワタシは手帳のページを、
    「ッだめだ!!!」

    手帳を破ろうとする手を止めて、床へ放り投げる。
    だめだ。やっぱりワタシに記憶は破れない。自分でも言ったはずだ、そんなことをしても事実は変わらない。

    『ワタシ』が『私』ではないことは変わらないんだ!

    「ッ…あはは、はははは!はは、は、…………ッ」
    「………ッ…うぁ〜〜〜〜〜………ッ」

    誰もいない仮屋で一人、子供みたいに声を上げて泣いた。
    頭の中がすごくぐちゃぐちゃで、もう今の感情すらよく分からなくて、その場で蹲る。
    どうしようもない事実にまで直面して、もういっぱいいっぱいになってしまった。さっきから涙が止まらない。

    ワタシなんてものは最初からこの手帳に存在してないのに、それでも今更ワタシが『ハロルド・ナインズ』をやめることなんて出来やしなかった。
    やめたらワタシも、この手帳の彼も、両方死んでしまう。

    また人を殺すことになるのは、嫌だった。

    ​───────

    あの後どうやって荷物をまとめて、あの星を出たのか覚えていない。
    ただ、気がついたときには戻る為の船に乗っていた。

    きっと今、ワタシは酷い顔をしているに違いない。みんなの元へ戻るまでにはいつもの顔に戻しておかなければ、心配を掛けてしまうし、下手すると勘づかれてしまうかもしれない。
    …ワタシは普段、どういう顔をしていただろうか?

    ワタシの向かい側の空席を見る。
    あの星へ行く時はワタシの前には友人『マレンゴ・ボナパルト』がそこに座っていて、ワタシは彼の友人である『ハロルド・ナインズ』としてここに座っていた。
    …今はどうだろう?
    一つの空席と、名前の無い人間が一人座っているだけだった。
    「……この一週間で、色々と変化してしまったね。」
    返答なんてあるわけがない。

    手帳から一枚の写真を取り出す。
    幼い彼と、彼の友人が写った写真だ。
    何度も言うが、結局のところ物に頼らなければ覚えていられないことの方が多い。だからワタシが忘れないよう、あのアルバムから拝借してきてしまった。
    全てが終わったらあの家に戻り、あるべき場所へきちんと返すつもりだ。

    『本当にバカだな、お前は。』

    友人の声が聞こえた気がして、顔を上げた。
    ワタシの目の前の席は、空席のままだった。
    急に寂しくなって、帽子を深く被る。

    ああ。マルの言う通り、ワタシは馬鹿だよ。
    頑固だし、ジョークなんてものが分からないし、運動神経なんてあるわけない。ワタシが何者であろうと、ワタシの脳が壊れている限り、この手帳の記憶に縋るしか自分を保つ事が出来ないんだ。
    『丁寧な生き方をしている』と、いつぞやに言われたこともあったが、こうでもしていないとすぐに消えてしまうんだ。

    こう考えるとワタシもマルと同じで、生きるのが下手くそかもしれないな。

    窓の外に視線を移す。
    見慣れたはずの星々が一段と輝いていて、すごく綺麗だった。

    ​──────
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