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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 146

    ナンナル

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    ファンタジア。🎪☆前提🎈🌟 3

    ム幻のセカイでヨ想もできないギ曲をトモに。3「わんだほーい、あたーっくっ!」

    えむくんの掛け声と同時に、ドラゴンのお腹に巨大ハンマーの重い一撃が入る。よろけたドラゴンに、えむくんはハンマーが押し返された反動を利用してくるりと体を捻ってハンマーを反対側から振り上げる。叫ぶように大きな声で鳴くドラゴンが、一歩後ろへと下がった。重いハンマーを持っているはずなのにそれを感じさせない程軽々と地面に着地したえむくんが、休む間もなく高く飛び上がる。
    あの身体能力は本当に羨ましい限りだ。

    「っ……」

    厚みも素材も違えば形状も違う剣を相手にするのは、悪手だ。一撃を受け止めるだけで腕がびりびりと痺れてくる。刃を斜めに傾けて受け流し、腰を低く下げて片足を重心に体を反転させる。思いっきり刀を横に振り切れば、青柳くんは後ろへ飛び退いた。

    「……運動神経はあまり良くないって聞いたのだけどね…」

    そんな事ないじゃないか。いや、これがゲームの中の世界だとすれば、これが本来の彼の力なのかな。それにしたってハンデがあり過ぎる。こちらは刀を握ったこともない一般男子高校生だというのに。
    ふぅ、と一つ息を吐き出して、刀を持ち直す。首にかけている笛さえ奪えばいい。それを壊せば、あのドラゴンをどうにか出来るかもしれない。

    (…簡単に言ってくれるなぁ……)

    他でもないゲーム好きな幼馴染みの助言なのだから、信じないわけにはいかないけれど。
    大きな掛け声と、ハンマーを振り下ろした時のドゴンッ、という重い音、ドラゴンの肌をびりびりと痺れさせるような叫び声が、すぐ近くから聞こえてくる。えむくんが頑張って引き付けてくれているうちに、僕の方も何とかしないと…。
    剣を軽く振る青柳くんが、ゆっくりとこちらを見る。身構えれば、一瞬で間合いを詰められた。頭上から振り下ろされる剣に咄嗟に腕が上がる。刀の背で受け止めれば、更に体重をかけられる。

    「…っ、……」

    ギギギッ、と剣と刀の刃が擦れる音に、唇を強く噛む。押し切られる前に、力を軽く抜いて刀を斜めにし、横へ押し込むように剣を振り払う。少しズルいけれど、体勢を崩した青柳くんに片脚を上げて大きく回転し、背中側から思いっきり蹴りを入れた。
    ドサッ、と前に倒れた彼に大きく刀を振り下ろせば、彼は咄嗟に地面を転がって僕の刀を避ける。すぐに立ち上がり、大きな剣を僕へ向けて横に振りきった。ギリギリのところで体をの重心を後ろへそらして避ければ、すぐにもう一度剣が僕目掛けて反対側から横に振られる。なんとか飛び退いて躱した僕に、間髪入れずに剣が上から振り下ろされた。避けきれず、右肩に焼かれたような熱と痛みが走る。
    カシャンッ、と右手で持っていた刀が地面に落ち、左手で肩を押さえれば、どろりとした物が掌にベッタリとつく。

    「…さすがっ、…ほんと、カッコイイなぁ…」

    感情を一切感じない表情と、無駄のない動き。いつだって冷静で、頭もキレる。読書が好きで、音楽にも関しても詳しい。
    それに、司くんとは昔からの知り合いだ。

    「……正直、君が羨ましいよ」

    家族ぐるみで仲が良く、幼い頃の司くんを知っている。時折二人が昔の話をする姿が、羨ましかった。司くんと進む道が違うのに、司くんをよく理解している。役で悩む彼を青柳くんが助けた事もある。僕が司くんと過ごした時間はたった一年と少しなのに、青柳くんはもっと長く司くんとの時間を過ごしている。
    それが、羨ましいと思ってしまう。

    「…僕にとっては、初めて出来た友人なんだ」

    太陽のような人だと思う。
    誰にでも優しくて、誰の事も明るく照らす。天真爛漫な えむくんを惹き寄せて、人見知りな寧々に勇気を与え、独りぼっちな僕に居場所をくれた。個性的で、単純な性格なのに、正義感があって真っ直ぐで、人を魅了する人だ。

    「彼はとても家族想いだから、君の事も家族の様に見てる。その強い繋がりを僕は得られないから、羨ましいんだ」

    肩の痛みが強くて、刀が握れない。でも、ここで終わるわけにはいかない。左手で刀を握り直して、右肩を押えたまま立ち上がる。腕を伝い落ちる血が、地面の色を変えていく。少し頭がくらくらするのは、血を流したからだろうか。止血しようにも、巻く布がないかな。
    『全く、ハンカチくらい持ち歩かんかっ!』いつか言われた司くんの言葉を思い出し、つい くすっと笑ってしまう。そういえば、そんなことを言われたっけ。こんな事なら、言われた通りに持ち歩くんだったな。

    (…こういう時、服を破って止血するのが物語の定番なのだろうけれど、残念ながら、そんな時間は無さそうだ)

    剣を構えた青柳くんが、こちらに向かって地面を強く蹴った。どうやら、こちらの話を聞いてはいないようだ。元がぬいぐるみなら、仕方ないのかな。ぐっ、と剣を振り上げる青柳くんに、にこ、と笑って見せる。そのまま、避ける事も受け止めることもせず、強く握った左手を横に振りきった。

    「………すまないね…、これでも、両利きなんだ…」

    彼の胸元を横一直線に刀が通る。噴き出すはずの鮮血は無く、代わりにその体がきらきらとした粒子に変わっていった。不思議な事に、首からかけられていた笛だけが綺麗に残り、地面にころん、と落ちる。
    それを刀で真っ二つに割れば、ドラゴンも光の粒子に変わっていく。

    「およ……?」
    「えむくん、お疲れ様」
    「えへへ〜、とーっても楽しかったねぇ!」

    くるんっ、と一回転してから、えむくんが地面に着地する。そんな彼女がこちらへ駆け寄ってきてくれると、僕の肩を見てその顔をギョッとさせた。

    「る、るるるるいくんんんっー?!」
    「あぁ、ちょっと、避けきれなくてね」
    「痛いよね?! 大丈夫?! い、痛いの痛いの飛んでけ〜っ!!」
    「…ぁ、はは……」

    さすがに、頭がぐらぐらと揺れる。どさ、とその場に座り込めば、陰で隠れていた寧々が駆け寄ってきた。顔面蒼白で僕の肩を見る寧々に、へらりと笑う。女子二人にこういうものを見せるのは、気が引ける。
    けれど、これではまともに進めないなぁ、とぼんやり考えていれば、寧々がポケットから飴玉を取りだした。
    「はい」と手渡されたそれに目を瞬き、受け取る。その飴玉を口に放り込めば、甘い味が口いっぱいに拡がった。じわぁっと肩が熱を持ち、ゆっくりと痛みが引いていく。
    数秒もすれば、すっかり肩の傷は塞がってしまう。痛みは全くなく、不足した血液も補われたのか思考もスッキリしていた。そんな不思議な体験に、思わず苦笑する。

    「便利なセカイだねぇ」

    なんて呑気に呟けば、心配してくれた寧々に背中をバシンっ、と叩かれた。

    ―――

    「…司くん、残念だったね」
    「……ん…」

    えむに手を引かれて、お城まで戻ってきた。手元にあるのは、咲希だけだ。冬弥は、消えてしまった。

    (…それでもいい。オレには、皆がいてくれる…)

    ここにいれば、一人にならないから。
    ずっとみんなと一緒にいればいい。そうすれば、寂しくない。

    「…………ここでいい…」

    小さくそう呟いて、“咲希”を強く抱き締めた。

    ―――
    (類side)

    「それじゃぁ、お城に向かってしゅっぱーつっ!」
    「元気だねぇ」
    「えむ、気を付けないと怪我するからね!」

    前をずんずんと歩くえむくんに、寧々がほんの少し顔をしかめる。
    あれだけ飛び回っていたのに、かすり傷一つ付けなかった えむくんはすごいね。それに、あのハンマーを振り回した後でここまで元気なのも恐れ入るよ。
    にこにこと笑顔のえむくんは、どんどん先に進んでいく。

    「それにしても…、なんか、進んでも進んでも振り出しに戻されてる気分なんだけど…」
    「そうだね。このセカイに来てからかなり経つのに、近付いた感じがしないからね」
    「一気にワープとか出来ないわけ? これじゃぁ、司を助け出すのに何年もかかるんじゃ…」

    はぁ、と溜息を吐く寧々に苦笑する。
    確かに、アイテム集めでこの辺をぐるぐると回って、えむくんのそっくりさんが出したライオンや青柳くんとの戦いで振り出しに戻ってと繰り返していれば、いつまでたっても進めないだろうね。
    けれど、そう簡単に近道が見つかるとも思えない。それに、この先にまたアイテムが落ちている可能性も残っている。先程の様に戦うことになるのなら、一つでも多く集める必要もあるだろう。まだまだ目的地からは距離が離れているようだけど。

    「…およ……?」

    ふいに、先の方を歩いていた えむくんが立ち止まった。何やら足元を見ているようだけど、どうしたのだろう。
    寧々と顔を見合せて えむくんの方へ近寄れば、彼女の足元に丸い円の様なものが描かれている。それをまじまじと見ていたえむくんが勢いよく振り返り、僕らの手を引いた。

    「見てみて! なにか書いてあるよ!」
    「ちょ、ちょっと えむ…! いきなり引っ張ったら……!」
    「ほぇ…?」

    寧々が自分の足にもつれて前に倒れ込む。それを咄嗟に支えようとして腕を伸ばした僕の足に、寧々の足が当たった。あ、と声を出す前に体が大きく傾いて、バランスが崩れる。僕らの手を掴むえむくんも、驚いて数歩後退った。
    パァアッ、と足元が光だし、体が突然浮遊感に襲われる。目の前がぐにゃりと歪み、強い光に目を強く瞑った。数秒程でその光が弱まり、浮遊感から突然解放される。ドサッと地面に落ちた背中がジンジンと痛むのを感じながら、ゆっくりと目を開けた。
    視界が徐々にハッキリしてくると、そこは先程見ていた遊園地とは少し違った。

    「……………嘘…」
    「おおぉおおおお! すっごくカッコイイところだね〜!」
    「……このセカイは、本当になんでも有りだなぁ…」

    物語に出てくるお城のような、そんな部屋。明かりが灯って無いので薄暗いけれど、赤い絨毯に大きな扉と、白い壁も見事だ。目の前にある大きな階段も、どこかで見たことありそうな装飾がされている。
    外観しか見ていなかったけれど、確かにここはあのお城の中なのだろう。この場所はエントランスホールといったところかな。

    「えむくんは本当に運がいいねぇ」
    「……いや、豪運過ぎるでしょ…」
    「司くん、ここに居るのかな?」

    きょろきょろと周りを見る えむくんに、寧々が肩を落とす。何はともあれ、目的地には意外な形で着いてしまったようだ。この城の中に司くんが居てくれればいいのだけど…。
    軽く周りを見てみるも、薄暗くて見えづらい。近付けば見えなくは無いけれど、明かりになるものが欲しいところだね。

    「ひとまず、このエントランスから調べてみようか。なにか落ちているかもしれないからね」
    「さんせー! あたし、あっちの方見てくるね!」
    「あ、…あまり離れないでよ!」
    「はーい!」

    スキップしそうな軽い足取りで駆けていく えむくんの背を見送り、僕も立ち上がった。
    「なら、僕は向こうを見てくるね」と寧々に伝えれば、彼女は頷いて別のようへ向かっていく。その姿を目で追って、僕も指さした方へ足を向けた。
    大きなお城のようだけれど、人のいる気配がしない。それに、なんだか雰囲気が少し変な気がする。そこまで荒れている様子もなければ、ホコリやゴミもほとんどない。けれど、人が暮らしているような生活感がない気がする。

    (……もしかして、遊園地の建造物みたいなものなのかな…)

    人が住むためのお城では無いのかもしれないね。
    なんとなく壁にそって調べていれば、パッと周りが明るくなった。振り返れば、壁についていた照明のスイッチを、寧々が見つけてくれたようだ。辺りが明るくなって、とても見やすくなった。
    一度エントランスホールの中心に三人で集まり、周りをよく見てみる。遊園地を歩いていた時のよう落し物や宝箱は見当たらない。けれど、階段とお城の左右に行くための道はある。

    「どうしよう…、広そうだし、片っ端から、なんてしてたら見つけらんないと思う」
    「……可能性が高いのは上だと思うんだ。この城、外から見た感じだと、かなり高さもあったからね」
    「それなら、階段をどんどん上がっていけば、最上階につくよね!」

    ぴっ、と正面の階段を指さす えむくんに、僕と寧々も頷く。そうと決まれば、早速進むしかない。
    えむくんを先頭に、三人で階段を上る。横幅のある階段は、三人で横一列に並んでも余裕のある大きさだ。ここでショーをしたら、きっと色々なことが出来て楽しいだろうね。
    そんな風に考えていれば、どこかから音が聞こえてくる。ぽーん、ぽーん、という高い音に、足が止まった。ピアノの音なのだろう。なにかの曲というより、音を確認しているかのようだ。

    「ピアノ…?」
    「もしかして、司くんかな?!」
    「…上の方から聴こえるね。行ってみようか」
    「うん!」

    えむくんが、ぴょんっ、とジャンプをしながら手を上げる。確かに司くんはピアノが弾ける。以前したショーでも見事に弾いてくれた。たまに弾きたくなるとも言っていたし、もしかしたら、司くんがどこかの部屋で弾いているのかも。
    上がり途中の階段をのぼり切り、二回のフロアを見渡す。音はもっと上から聞こえているようで、この階では無さそうだ。けれど、三階へ続く階段は、この辺りにない。それなら、右側か左側の端に行けば階段があるのだろう。

    (……けど、この音は、部屋の中から聞こえていると言う感じではない気がするのだけど…)

    やけにハッキリと聞こえてくる音に首を傾げる。上の方から聞こえてくるのは分かる。けれど、室内から盛れた音にしては、音が綺麗に聴こえてくる。それに、なんだか、音が重たい様な…。
    そこでピタリとピアノの音が止まった。弾くのをやめてしまったのだろうか。三人で顔を見合せ、とりあえず上に続く階段を探すために左側の廊下に足を向ける。
    瞬間、とても大きな音が、頭上からのしかかってきた。

    「ゔッ……」

    本当に、文字通り“のしかかるような音”だった。体が急に重く感じて、気を抜けば立てなくなりそうだ。急いで刀を杖のようにして体を支え、顔を上へ向ける。けれど、そこにあるのは綺麗な天井のみだ。
    もう一度、ピアノの音が聴こえてくる。壁や天井に反響するその音は、どこから聞こえてくるのか分からない。ズンッ、と更に重みの増した体に奥歯を強く噛み何とか耐える。僕の近くで、寧々が床に膝をついた。えむくんも、ハンマーの柄を強く握って耐えているけれど、時間の問題かもしれない。
    早く音の発生源を見つけなければ。

    「……っ、…」

    顔を動かすのもキツい。それでも、この音を止めなければ動くことも出来ない。反響して分かりづらいけれど、なんとなく音が下から聞こえて来る気がした。階段の下へ目を向ければ、エントランスホールに、大きな黒いピアノが置かれているのが見えた。先程までは無かったそのピアノの鍵盤に体を向ける少女の姿を見て、思わず息を飲む。
    病院の入院着を着て、ふわふわの髪をツインテールに結わえた少女が、鍵盤から一度手を離す。音が止まると、体にかかっていた重圧が急に消えて楽になった。その音の発信源であるピアノの側で、こほ、こほ、と咳をする彼女は、小さな手で口を覆って、背を丸くさせた。

    「…咲希、ちゃん……?」

    えむくんの声に、少女が気付いてこちらを振り返る。
    ふわふわのツインテールの少女の瞳は淡いルビーの様な色をしていて、その瞳に涙を溜めていた。シンプルな入院着だけを纏ったその子は、僕らの顔をゆっくりと見たあとに、その顔をくしゃりと歪める。
    くるりとピアノに向き直ると、その小さな手でまた鍵盤に触れた。

    「きゃっ……、っ、…」
    「ッ、……く、……」

    低い音がエントランスホールに響き渡り、また体が上から押し付けられるような重圧を感じて重くなっていく。何かのメロディとかではなく、本当にただ音を出しているだけのようだ。ドレミと順番に押しているわけでもなく、急に高い音が鳴り出したり、低くなったりとしている。音で重圧が変わると言うわけでもないようで、音が重なる度にのしかかる重圧がどんどん増していく。

    「……ぅ、ごけ、なぃょ〜…」
    「…っ、……おとが、…ぉもいっ……」

    音が止まらなければ、動くことさえできない。けれど、ただピアノに触れて遊んでいるだけの咲希くんは、青柳くんの時と違い、こちらと戦う意思が無さそうだ。多分、彼女はピアノの音を鳴らせば僕らにこの重圧がかかるということも認識していないのかもしれない。幼い頃の彼女の様だし、きっと僕らの事も分からないのだろうね。このセカイで会った司くんも、あの咲希くんと同じくらいに見えた。
    つまり、このセカイは二人が幼かった頃の想いに強く繋がっているのかもしれない。

    「…音が、…止まった……?」

    不意に体が軽くなって顔を上げれば、ピアノの前で咲希くんが背を丸くさせている。小さな両手を口元に当てて、辛そうに咳をする咲希くんは、一時的にピアノが弾けない様だ。
    彼女を狙うなら、このタイミングなのだろう。またピアノを弾かれる前に、どうにかしなければ。ちら、とえむくんを見れば、こくん、と彼女が頷く。僕の意図を察してくれたようで、もう見慣れてきた大きなハンマーを片手に二人で階段を駆け下りた。

    「類くん! 咲希ちゃんをよろしくね!」
    「任されたよ」

    足音を聞いてハッ、と顔を上げた咲希くんが、慌ててピアノの鍵盤に触れようとする。そんな彼女のお腹辺りに腕を回し、小さな体を抱え上げた。走って来た道を逆走してピアノからきょりをとると、えむくんが高くジャンプする。強く柄を握り締めたハンマーを振り上げ、それを一気に振り下ろした。

    「スペシャルわんだほいアターック!」

    彼女らしい必殺技名と共に振り下ろされたハンマーによって、ピアノが大きな音を立てて壊れる。中心が割れて音の出なくなったそれは、床の上に木の破片や金属部品を散らす。
    こほ、こほ、と咳をする咲希くんにも怪我は無さそうだ。

    (さすがに、司くんが大切にしている妹さんとは戦いたくないからね…)

    咲希くんが子どもの姿だからというだけではない。きっと、この咲希くんもあの司くんの人形だったのだろう。あの咲希くんによく似た人形。あの人形も、病院の入院着を着ていたからね。
    青柳くんを倒した時、人形の姿には戻らなかった。この咲希くんも、多分倒すと人形の姿には戻らないのだろう。あの時彼が大切そうに抱き締めていたから、出来ればもう一度司くんの元に返してあげたい。

    「さて、人形に戻すには、どうしたらいいのかな…」
    「――――――」
    「わわっ、咲希ちゃん、逃げようとしてるよ…!」
    「うーん、小さい子を虐めているようで少し心苦しいね」

    僕の腕の中でジタバタと手足を動かして抜け出そうとする咲希くんに、苦笑する。人形に戻されるのが嫌なのかな。それとも、僕らが怖いのか…。まぁ、このセカイからしたら、僕らは部外者だろうけど。
    でも、ここで手を離して彼女が見つからなくなってしまったら、それこそ司くんが悲しむのではないかな。僕としては、あの司くんに泣かれる方が心が痛いかもしれないね。
    そんな風にぼんやりと考えていれば、腕の中にいた咲希くんがぼろぼろと涙を流し始めた。大粒の涙が丸い頬を伝い落ちていくのが見えて、思わず手を離す。顔を覗き込もうとした僕を振り払った彼女は、急いで僕らから離れると、壊れたピアノの陰に隠れてしまった。
    「なにやってんのよ、類」と呆れた様な声で寧々に言われ、苦笑してしまう。

    「とりあえず、連れて行こうか。上に行く途中で、司くんも見つかるかもしれないし」
    「さんせー! 咲希ちゃん、あたし達と一緒にいこー?」
    「えむ、いきなり近付くと、また怖がられるじゃん」

    楽しそうなえむくんと、どこかそわそわとした様子の寧々が、ピアノの陰に隠れる咲希くんの方へ向かう。二人も子どもが好きだから、仲良くなりたいのだろうね。
    そんな二人を見ていれば、ピアノの陰から人影が現れる。見覚えのあるシルエットを見て、咄嗟に刀の柄に手をかけた。

    「二人とも離れ……」

    忠告しようとした言葉が、そこで遮られる。大きなキーボードの音がエントランスホールに反響し、反射的に手で耳を塞いだ。鼓膜が痛い程大きな音に、寧々とえむくんも耳を塞いでその場にしゃがみ込む。
    どこから音がするのかとピアノの方を注視すれば、ピアノの後ろに立つ人影の手元にキーボードがある。ふんわりとしたツインテールを揺らす少女は、先程の入院着ではなく、黒を基調とした服を着ていた。司くんによく似たその顔が、ちら、と僕らへ向けられ、直ぐにキーボードに向き直る。
    音が止まったことに安堵すれば、寧々とえむくんが僕の方へ急いで戻ってくる。ぐわんぐわんと、頭が揺れるようだ。あまりの大きな音に、吐き気すら覚える。

    「……お耳がキーンッ、てするよ〜…」
    「…わたしも……、気持ち悪い…」

    二人の背を軽く撫でながら、僕も痛む頭に顔を顰めた。先程のような重さは感じなかったけれど、音の大きさで鼓膜がやられそうだ。何とか刀で倒れないよう体を支え、額を手で押さえる。

    (………結局、戦うしかないのか)

    ピアノを壊してもキーボードが出てきたという事は、青柳くんの時のように本人を倒さなければアイテム自体は復活するのかもしれない。それなら、咲希くんを倒さなければ僕らも先に進めないという事だろう。
    青柳くんの時は分かりやすくドラゴンが出てきてくれたけれど、咲希くんはピアノとキーボードだ。殺傷能力はなさそうだけど、先程のように大きな音を出されたり、重圧で動けなくされれば時間だけがどんどん過ぎてしまう。早々に終わらせなければ、こちらが体力を消耗するだけだ。

    「…司くん、ごめんよ……」

    この場に司くんが居たら、きっと怒るのだろうね。彼はとても妹さんを大切にしているから。
    まだ少し痛む頭を軽く左右へ振り、刀を右手で構える。光の灯らない瞳が僕へ向けられ、咲希くんの白い手がキーボードに向かう。地面を強く蹴って前に出て、刀を振り上げた。真っ直ぐ咲希くんの中心へ振り下ろすつもりで振り上げた刀に、彼女が顔を上げる。光の灯らないその瞳が一瞬で涙で滲んでいき、司くんによく似たその顔が泣きそうなものへ変わっていく。それを見た瞬間、心臓に刃物を突き立てられた様な痛みを覚えて、思わず振り下ろす手が躊躇ってしまった。
    まるで『嫌だ』と叫ぶように、咲希くんがキーボードの鍵盤を押す。それは、先程とは全く違い、ただの音ではなくなにかのメロディのようだった。

    「っ……」

    刀を握る手に力を入れるも、司くんの顔がチラついて振りおろせない。奥歯を強く噛んで、更に握る手に力を入れる。けれど、その手から力が抜け、刀が床に落ちた。

    「…っ、…ごほっ、……こほ、…」
    「っ、いき、が……くるしっ……」

    ドサッと後ろで倒れる音がして、寧々が喉を手で押えて蹲る。その隣では、えむくんが激しく咳をし始めた。普段病気にかからない元気なえむくんが、涙目で苦しそうにしている。慌てて二人の側へ駆け寄ろうとした瞬間、ぞわりと背が粟立った。鳥肌が立ち、急激に体の体温が低下していくのがわかる。気温が急に下がったかのように寒く感じ、足が震える。その場に膝をつくと、突然強い吐き気に襲われた。手で口を覆って、込み上げてくるものを飲み込む。そんな僕らを見下ろす咲希くんは、キーボードを弾く指を止めず、小さく口を開いた。
    音を発さないその口は、唇の形だけで僕らに一言そう告げていた。

    『死んじゃうね』
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