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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    🎈×⭐️♀
    女体化注意。
    言葉遣いとかルールとかよく知らずに書いてるので、雰囲気で読み流してください。
    ※続きません※

    未定※注意※

    類×司♀
    貴族とか王族の話し方とか、ルールとか作法とか、よく分からず書いてるので、色々間違えててもスルーしてください。

    ※特に続かない。
    急に始まり、急に終わります。
    続かない、というのを前提に進んでください。
    中途半端が嫌な方は読むのをオススメしません。
    かなり変な所で終わります。

    なんでも大丈夫という方のみ、どうぞ(*' ')*, ,)

    ーーー
    (類side)

    僕が彼女を見たのは、王宮で開かれたお茶会に母さんと参加した時だった。
    沢山集められた同い歳くらいの子息子女が楽しく話す中、僕だけが上手く馴染めなかった。お茶会での僕の目的は、顔を繋げること。この国の宰相である父さんの跡を継ぐために、一人でも多くの貴族と交流を持たなければならない。それは分かっていたのだけど、その時の僕は引っ込み思案で人に話しかける事が出来なかった。

    『………』

    綺麗にお辞儀をする女の子や、友人と楽しそうに笑う男の子達を見て、そっと会場を抜け出した。
    広い庭園でのお茶会。お庭の奥は、王妃様のお気に入りの薔薇園がある。そこに入って、奥を目指した。この薔薇園の奥にはベンチがあるって、前に母さんが教えてくれた事がある。王妃様に一度案内してもらったって。そこを目指した。
    色とりどりの薔薇に囲まれた道を歩きながら、道なりに進んでいく。そうして奥に近付くにつれて、人の声が聞こえてきた。

    『ありがとう』

    優しい声は少し高くて、僕と同じ子どもの声だとすぐに分かった。人がいるとは思わなくて、僕の足がそこで止まる。お茶会を抜け出してここまで来てしまったのがバレたら、怒られてしまう。そんな考えが一瞬頭を過ぎって、元来た道を戻ろうと方向を転換した。けれど、笑う声音が楽しそうで、何故か気になってしまったんだ。

    『………』

    そっと、足音をたてないようにもう少しだけ近付いて、薔薇の陰からそっと顔を覗かせた。

    『…っ……』

    その瞬間、僕は息を飲んだ。
    薔薇に囲まれた中央の白いベンチに、女の子が座っていた。薄い空色のふわふわなドレスを着ていて、長い金色の髪は太陽の光を反射させて輝いていた。毛先が薄い桃色にグラデーションがかっているのが不思議で、そんな綺麗な髪に散らされた白い花も愛らしくて、まるで天使かなにかに見えた。侍女から受け取ったティーカップに口を付けてふわりと笑う様も、読みかけの本へ向ける真剣な瞳も、コロコロと変わる表情も、全部綺麗だった。

    『………』

    視線がその子から逸らせなくなって、ドキドキと煩い心臓を手で押えて見つめ続けた。時間がどれくらい経ったかなんて、分からない。長い時間その子を見ていた気もするし、短かったとも思う。時折聞こえる侍女へ話しかける声が鈴の音の様だった。地面につかない足を、時折ぷらぷらと揺らすところも可愛らしくて、宝石のような瞳がキラキラして見えた。
    話しかけたい、と、そう思った。けれど、なんて話しかければいいか分からなくて、あと一歩が踏み出せなかった。名前はなんというのか。どこの貴族様なのか。お友達になってはくれないだろうか。彼女の、声を聞かせてもらえないか。頭の中にくるくると言葉が浮かんでは消えていく。はく、はく、と音の出なくなった口を開閉させて、何度も唾を飲み込んだ。

    『お嬢様、お時間です』
    『そう…』

    侍女の言葉で、彼女の手の中の本がぱたん、と閉じられる。紅茶のティーカップを片付ける侍女の様子を見て、僕は慌ててその場に背を向けた。ここで鉢合わせたら、変な子だと思われてしまう。ずっと見ていたなんて知られる訳にもいかず、急いで来た道を走って戻った。
    庭園のお茶会は、丁度終わるところだった。姿が見えなくて心配したと、母さんには怒られてしまった。けれど、どこにいたかは話さなかった。道に迷ったのだと誤魔化して、あの子のことは話さなかった。

    いつかもう一度会えたら、あの時に何の本を読んでいたのか、聞いてみたいと思った。

    ―――

    「……ん…」

    ぼんやりとした意識でじっと目の前を見つめると、青空が広がっていた。雲ひとつない、綺麗な空だった。そんな空をバックに、見慣れた顔が映る。

    「やっと起きたか、この馬鹿者」

    僕と同じ制服を着て、太陽のような金色の髪のその人は、どこか不機嫌そうに顔を顰めている。起き抜けに彼を見るとは、なんともついていないな。はぁ、と隠しもせずに溜息を吐くと、彼が余計に眉を顰めて僕を睨む。

    「毎度毎度お前を探さねばならんオレの身にもなれっ!こんな所で昼寝をされたせいでかなり探し回らねばならなくなったではないかっ!!」
    「そんなもの、断ればいいじゃないか」
    「少しは真面目に授業に出んか、馬鹿者っ!」

    がーっ、と大声で怒鳴る彼に「はいはい」と適当に返して起き上がる。
    目の前にいるのが、同じクラスの天馬司くん。この国の皇太子だ。ここ王立学園は皇族も通う貴族学園で、僕らはここの二年生だ。父さんがこの国の宰相ということもあり、僕も一応貴族籍になる。そんな縁で僕は彼と知り合ったわけだけれど、仲が良いわけではない。というのも、僕はどうやら彼に嫌われているようだからだ。
    父さんと現国王は仲が良く、幼い頃から彼と会う機会はあった。当初は彼の側近候補として名前が出ていたとも聞いている。けれど、ある時から彼と上手く合わなくなってしまって、それ以来会うのも必要最低限に抑えている。会食やお茶会は欠席させてもらったり、彼の方から来訪するという手紙が来れば仮病を使ったりして顔を合わせないようにした。
    別に彼が嫌いというわけではない。というよりも、彼が僕を嫌いなのだ。会う時は顰め面をされ、不機嫌な様子で黙ってしまうし、口を開けば文句を言われる。そんな事をされ続ければ、嫌でも僕が嫌いなのだと察してしまう。無理に顔を合わせる必要なんかないのだから、会いたくなければ会いに来なくていいのに。そうして、僕はずっと彼に接触しないよう避けてきた。
    それでは何故今こうなっているのかというと、クラス委員の彼が僕のお目付け役になってしまったからだ。僕の素行が悪いのを直すよう先生方から言い付けられているとか。

    (なんとも傍迷惑な)

    はぁ、ともう一度溜息を吐いて、傍にある木へ背を預けた。彼は教室にもどるでもなく、目の前で仁王立ちしている。不機嫌な表情のまま、だ。そんなに嫌なら、探しに来なければいいのに。先生達も、一国の皇太子になんと面倒な役回りをさせているのか。もっと下級貴族にさせれば良いものを。いや、それだと僕が来ないと思われているのかもしれない。それなりに家格が上の僕を連れ戻せるのなんて、僕より家格が上の天馬くんくらいか。

    「聞いているのか?神代」
    「聞いてますよ。それより、早く授業にもどったらどうですか?皇太子様がサボりなんて、他の生徒に示しがつかないでしょ」
    「お前を待っているんだが?!」
    「僕は体調が悪いので休んでます」
    「仮病をつかうんじゃないっ!!」

    声を荒らげて返してくる天馬くんに、小さく息を吐く。このままでは、授業が終わっても僕を待っていそうだな。彼は真面目な上に忍耐力がある。というより、執念深いというのだろうか、一度決めたら曲げないのだ。きっと、僕を教室に連れ戻すまで続けるのだろう。
    それはそれで面倒くさい。
    はぁ、と何度目かの溜息を吐いてから、僕は仕方なく立ち上がった。軽く背中を叩くと、視界の隅で金色が揺れる。

    「相変わらずお前はだらしがないな。制服はきちんと着ろ」
    「………余計なお世話だよ」
    「ほら、これでいいだろう。早く教室にもどるぞ」
    「…承知いたしました」

    三つほど開けていたシャツのボタンを留めて、更にネクタイも直されてしまった。首元が少し苦しい気がして、顔をしかめる。母さんみたいな事を言っているけれど、彼は本当に皇太子だろうか。文句を言えばもっと面倒くさいので、仕方なく彼の後ろをついていく。僕より頭二つ分小さい彼の後ろ姿をちらりと見て、視線を逸らした。

    (…せっかく、懐かしい夢を見ていたのに)

    むぅ、と口がへの字に曲がる。
    十年程前の夢だった。僕が初めて彼女を見た日の記憶。僕の初恋の女の子の記憶。あれから何度も王宮へ行ったけれど、彼女を見たのはあれが最初で最後だ。宝石のような瞳と、王族特有の桃色が混じった綺麗な金色の髪。鈴の音のような声。華のような笑顔が、何年経っても鮮明に思い出せてしまう。
    僕はあの日からずっと、あの子を探し続けている。こうやって、夢に見てしまうほどに。

    「…ところで、神代は今度の夜会に出席するのか?」
    「あぁ、王宮で開かれるやつだね。安心しておくれ、今回は不参加の予定だよ」
    「今回“も”、だろう。…って、招待状を送ったのだからちゃんと参加せんか!当たり前のように不参加を宣言するんじゃない!」

    睨むように僕を見る天馬くんから顔を逸らす。
    今度、王宮で夜会が開かれる。主催は王家で、家格がそれなりに高い貴族の子息子女が集められた盛大なものだ。名目自体は交流会ではあるが、噂では『皇太子様のお妃選び』が行われるのだと言われている。つまり、今僕の隣にいる天馬くんの婚約者を決める為の夜会だ。
    彼はもうすぐ成人を迎え、正式に王位を継承する立場になる。だというのに、彼には未だに婚約者がいない。王国の誰もが、彼の御相手がいつ決まるのかと待ち望んでいるにも関わらず、だ。王家はそれ程真剣に彼の御相手を選んでいるのだろう。
    それか、彼が縁談を断り続けているのか。

    (まぁ、僕には関係ないことだけれどね)

    僕は彼の側近になるつもりもなければ、卒業後は父さんの跡を継いで彼とは関わらずに生きていくつもりだ。多少顔を合わせなければならない事もあるだろうけれど、今まで通り必要最低限におさえて、彼と距離を置いて過ごしていく。それがお互いの為になるからね。
    顔を逸らしたまま黙った僕の手を、彼が強く掴んだ。振り返ると、機嫌が悪そうに僕を睨む天馬くんがそこにいる。

    「言っておくが、出席は貴族の義務だ。お前だって貴族なのだから逃げるな」
    「…………僕が行かない方が、君は楽しめるじゃないか」
    「む、今何か言ったか?」
    「何も言ってないさ」

    ボソッと呟いた声は、天馬くんには聞こえなかったようだ。首を傾げる彼に首を振って、掴まれた手を振り解いた。一瞬、彼が泣きそうな顔をしたように見えたのは気の所為だろう。いつもの不機嫌そうな顔で睨まれて、すぐに背を向けた。
    彼は僕が嫌いだ。こうやって、会う度に突っかかってきては不機嫌になる。そんなに僕が気に入らないなら、顔を合わせなければいいのに。僕が気を遣って欠席すると言ったのに、何故出席しろなんて言うのかな。本当に、彼は真面目過ぎて面倒だ。

    「早くしないと、授業が終わってしまいますよ」
    「あ、待て、神代っ…!」

    歩くスピードを早めれば、彼は慌てて追いかけてくる。それを横目に、僕は小さく息を吐いた。窓の外へ目を向けると、綺麗な青空が広がっている。

    (……僕は別に、嫌いではないのだけどね…)

    ―――

    「お願い、わたしの婚約者のフリをして」
    「…いや、それは……」
    「婚約はしなくていいから。ただ、夜会が終わるまで隣にいてくれればいいの」
    「………」

    そう頼み込む幼馴染の真剣な表情に、そっと息を吐いた。
    目の前で頭を下げているのは、幼馴染の寧々だ。彼女もそれなりに家格の高い貴族の一人娘で、今度の王宮での夜会に招待されている。つまり、天馬くんの婚約者候補の一人と言うことになる。寧々は人見知りで、人付き合いが苦手な所があり、この歳まで婚約者がいない。というより、今代の貴族の女性達は。皇太子に婚約者がいないので婚約者のいない人が多い。彼の婚約者になりたい女性は多いからね。必然的に、男性達も婚約者が居ない人が多いわけだけど。
    そんな寧々から持ちかけられたのが、『夜会でのエスコート』だ。僕にも婚約者がいないので、一緒に参加して欲しい、というものである。彼女は一度決めたら、そう簡単には折れないだろう。それは幼い頃から彼女を見ているからよく知っている。
    確かに宰相の息子である僕にも招待状は届いている。だからといって僕は誰かをエスコートするつもりはなかったのだけれど。

    「類、お願い。会場でエスコートしてくれるだけでもいいから、ついてきて」
    「………はぁ、…わかったよ」

    もう一度息を吐いて頷けば、彼女はパッとその表情を和らげた。そんな幼馴染から視線を逸らして、僕は机上にある招待状を見つめる。

    (…夜会、ね……)

    天馬くんの婚約者を決めるための夜会。
    僕らと歳の近い貴族の女性が集められていることだろう。それこそ、国中から。普段はあまり王都に来ない離れた領地の人達ですら。

    (………もしかしたら、…彼女も参加しているだろうか…)

    ちらりと過ぎった期待に、小さく息を吐く。参加するつもりはなかった。彼と顔を合わせないためにも、家でゆっくり過ごすつもりで…。けれど、幼馴染の切実なお願いを無碍にできるわけもない。
    そう理由をつけて、僕は寧々と当日の話を少ししてから、話を終えた。

    ―――

    この国には一人の王子と一人のお姫様がいる。
    兄である天馬司と、妹の天馬咲希という、王族特有の綺麗な金色の髪の二人だ。そんな王族の第一王位継承者である彼、天馬司くんは、真面目で誰にでも優しく、女性にとてもモテる。友人との交流も大切にしている非のない皇太子だ。
    そんな彼は次の生誕祭で17歳になる。だというのに、まだ彼には婚約者がいない。本来皇族は幼い時から婚約者が決まっているものなのだけれど、どうも彼はまだ結論が出せずにいるらしい。まぁ、生真面目な彼のことだから仕方ないのだろうね。
    彼の妹さんには、もう婚約者がいるというのに。

    「…ほんと、お堅いなぁ」
    「類、何か言った…?」
    「なんでもないよ」

    寧々らしい少し大人しめのドレスを身にまとった彼女が、僕の腕に手を置く。目立たないように、という思惑がよく分かる。そんな彼女と並んで、会場の扉を潜った。真っ直ぐ真ん中に絨毯が敷かれた大広間、料理が並ぶテーブルと煌びやかな装飾。壇上にある皇族用の椅子はまだ空席だ。それを目で確認してから、僕はテーブルの方へ足を向けた。
    今回の夜会は、彼の婚約者を選ぶものだ。父さんがそう話していたから間違いないだろう。まだ婚約者のいない彼と年齢の近い貴族ばかりが集められている。寧々も僕らと一つしか歳が変わらないからね、呼ばれないはずがない。なら何故彼女が婚約者のフリを持ちかけてきたのかと言えば、天馬くんの婚約者にはなりたくないからだ。

    『皇族と婚約とか絶対無理。王妃様になんかなりたくないし、もっと気楽な身分がいい』

    ってことらしい。
    寧々の気持ちもよく分かる。皇族と婚約なんてしたら妃教育だとか催し物だとか政治とか面倒だろうしね。僕も父さんの跡を継ぐつもりではあるけれど、出来れば彼とは関わりたくない。適当に端の方へ行って、ウエイターからグラスを二つ受け取る。一つを寧々に手渡して、壁に寄りかかった。

    「彼のお妃様選びにしては、参加する子息も多いようだね」
    「どうせ側近候補でしょ。類もその一人なんじゃないの?」
    「ふふ、まさか。僕は彼とは合わないようだからね」

    くすくすと笑って否定すれば、寧々は溜息を吐いた。
    幼い頃から、僕を嫌う彼と距離をおいてきた。顔を合わせる機会は出来る限り避け、必要最低限にしか関わらないようにした。父さんたちだけでなく現国王夫妻も呆れて諦める程、僕は彼を避け続けた。僕らの不仲説まで出るほどに、僕と彼は極力関わらないようにした。

    (だというのに、まさか学園で再会するとは思わなかったよ)

    王立学園なのだから彼がいても不思議では無いのだけれど、同じクラスになってしまって、毎日顔を合わせる羽目になった。当たり前になったお小言を思い出して、小さく息を吐く。本当に、面倒くさい。
    くいっ、とグラスを傾けて飲み物を喉へ流し込む。隣国との協定で得た葡萄ジュースの様だ。冷たい液体が喉を通っていくのが心地よい。
    半分ほど飲んで口を離すと、会場がワッと盛り上がった。

    「…おや。どうやら本日の主役がお見えのようだ」
    「……わたしには関係ないし」
    「寧々もアピールしたらどうだい?」
    「絶対嫌」

    ぐっ、とグラスの飲み物を一気に飲み干して、寧々が顰め面を向ける。ぱちぱちと盛大な拍手を受けながら、金色の髪を揺らす二人が絨毯の上を真っ直ぐ歩いていく。壇上に妹さんをエスコートしながら彼が上がる。ふわふわのドレスを身にまとって、ふわふわの長い髪を緩く結った姿のお姫様が椅子に座った。そんな彼女にふわりと優しい兄の表情を見せて、天馬くんも隣に座る。
    凛とした彼によく似合う衣装をちらりと見てから、目を逸らした。

    「挨拶はどうするんだい?」
    「……………面倒だし、行きたくない…」
    「ふふ、なら、順番を待つ間に具合が悪くなったことにして、途中で帰ってしまおうじゃないか」
    「ん、そうする」

    空になったグラスをウエイターに片付けさせて、寧々はテーブルの方へ向かっていった。たくさん並ぶデザートを、目をきらきらさせて選ぶ彼女に小さく笑みがこぼれる。婚活よりも食というのが彼女らしい。隣に近寄って、僕もお皿を持つ。ひょいっと可愛らしいマカロンやケーキをお皿へ乗せていく。

    「他に欲しいものはあるかい?」
    「…………“それ”、わたしの前でやらなくてもいいんだけど」
    「癖になってしまっているようでね。お気に召さなかったかい?」
    「……まぁ、それは貰う」

    寧々の好みのデザートが乗ったお皿を、照れたように彼女が受け取った。もう十分大人の女性ではあるけれど、僕には大切な妹の様な存在だ。にこにこと、どこか幼さの残る幼馴染を見つめていれば、周りがざわざわと
    騒がしくなったように感じた。僕が顔を上げるより早く、「オレに挨拶もせず女性を口説いているとは、いいご身分だな」と聞き慣れた声が聞こえてくる。
    思わず眉間にシワが寄った僕に構わず、寧々が頭を下げた。トン、と肘で軽く僕の腕を突いて、早く返せと言外に言われてしまう。仕方なく、ゆっくり息を吸い込んでから、僕はにこりと態とらしい笑みを貼り付けた。

    「これはこれは天馬殿下、御機嫌よう。挨拶はもう宜しいのですか?」
    「どこぞの誰かさんがこのオレに挨拶もなく綺麗な女性を口説いているのが見えたものだからな、紳士として女性を守らねばと思い抜けてきた所だ」
    「それはそれは、天馬殿下は周りを良く見ていらっしゃるようで、感服致します」

    笑顔を崩さずそう返せば、じとりとした目で睨まれてしまった。まぁ、彼は普段からこうなので、今更気にもならない。隣にいる寧々は、困った様な顔で僕の後ろに隠れた。そんな彼女を安心させるかのように、彼がふわりと笑ってみせる。けれど、天馬くんが苦手な寧々は更に体を小さくして隠れてしまう。それがおかしくて、つい、ふふ、と笑ってしまった。
    むす、とした顔で僕を睨む天馬くんに小さな声で謝罪して、そっと頭を下げる。

    「僕のパートナーはこの通り人見知りなのです。無礼は承知しておりますが、見逃しては頂けないでしょうか?」
    「………それでは仕方あるまい。こちらも、驚かせてしまったからな」
    「体調も優れないようですので、本日はこれで失礼致します」

    滅多な事では怒らないとは聞いていたけれど、皇族に挨拶が出来ない寧々の態度ですら許してくれるなんて、彼は相当なお人好しの様だ。いつか悪人に騙されてしまうのではないかな。
    そんな事を考えつつも表情は崩さず、ゆっくりと頭を下げた。こう言えば、僕と寧々が帰っても問題はないだろう。これ以上は面倒だし、さっさと帰ってしまおう。

    「は…?もう帰ってしまうのか?」

    僕の言葉に驚いた天馬くんの声が、その場に落とされる。ぱちぱちと僕が目を瞬くと、彼は自分の発言に気付いたのか慌てて腕を組んで顔を逸らした。

    「まだ始まったばかりだというのに、早々に帰るとは無礼ではないのか。疲れたのなら奥の休憩室で休めばいいだろう。せっかく来たのだから、最後まで楽しまなくてどうするんだ」
    「…それでは、少し休んでから退室させて頂きます。彼女も久しぶりの夜会で緊張している様なので、落ち着いてから退室させて頂くことにします。この度の殿下のお心遣い痛み入ります」
    「む…、まぁ、体調が悪いなら仕方あるまいな。それでは、後で挨拶だけしに行くとしよう」

    にこりと笑みを貼り付けて、『もう少ししたら帰ります』と遠回しに押し通した。彼は少し困った様な顔をしていたけれど、僕の後ろで寧々が小さくなっているのを見て諦めた様だ。簡単な挨拶をした後、すぐに自席の方へもどって行った。
    はぁ、と安堵の溜息を吐く音が聞こえて、僕は振り返る。

    「お言葉に甘えて、向こうで休ませてもらおうか」
    「…うん。そうする」
    「彼も僕に早く帰ってほしそうだったし、丁度良かったかな」
    「…………そう、だった…?」

    彼女の方へ腕を差し出すと、首を傾げて不思議そうにしながら寧々が僕の腕を取った。そんな彼女をエスコートして、会場を出る。
    長い廊下の先にある休憩室に、使用人に案内されて向かう。そこはそれなりに広い一室で、ソファーに座った寧々は体の力を抜いてソファーに項垂れた。

    「無理、もう無理。人多すぎ、帰りたい…」
    「寧々、僕がいるのに令嬢らしくない格好をしてしまっているよ?」
    「類は家族みたいなものだからいい」
    「光栄だね」

    用意されたティーカップに口を付ければ、ふわりと紅茶の良い香りが口内に広がる。流石、王宮の紅茶は香りがいいね。夜会も始まったばかりで誰もいない休憩室は、とても静かだ。もう少ししたら、お暇させてもらおう。机上のクッキーを一つ摘んで口に入れる。サクサクと良い音をさせて、クッキーが口内で砕けた。甘い味が紅茶によく合う。

    「…ねぇ、なんで類は皇太子殿下と仲が悪いの?」
    「彼が僕を嫌っているからね」
    「………どちらかというと、類が嫌ってるんじゃなくて…?」
    「僕はどちらでもないよ。彼は真面目過ぎて時折面倒だとは思うけれど、優しく正義感があるからいずれ彼が王位を継ぐことを望んでいるしね」
    「……それなら、もっと話し合えばいいのに」

    ソファーへ座り直した寧々はティーカップを手に取った。それに口を付けて一口飲むと、小さな声でそう呟かれる。
    彼と話し合え、なんて、寧々は面白いことを言うね。あんなにも話したくなさそうにする彼と、何を話せと言うのか。僕だって、彼と特別話す事はないからね。お互い今の距離感が大切だろう。
    ティーカップの紅茶を飲み切って、ソファーを立ち上がる。不思議そうにする寧々に「少し退室するよ」と声をかけた。ひらひらと手を振る寧々に背を向けて、休憩室を出る。使用人に手洗い場を聞けば、廊下の奥へ案内された。
    さっさと用を済ませて、誰もいない廊下へ戻る。来た道を一人でのんびり歩いていれば、廊下の先から足音が近付いてきた。少しスピードの早い足音はどんどんこちらへ近付いてくる。顔を上げると、綺麗な金色の髪が視界に映った。目元を擦る手がキラキラして見えて、思わず足が止まる。すると、向こうも僕に気付いたのかその宝石の様な瞳を僕へ向けた。

    「…か、みしろ……」
    「どうかしたのかい…?」
    「………っ、…な、んでもない…」

    驚いたように僕の名前を呟いた彼は、慌てて袖で乱暴に目元を擦った。透明な液体が滲む瞳が、白い衣装で隠された瞬間、思わず体が一歩前へ出てしまう。ぱしっ、と腕を掴んで引くと、彼は一瞬目を丸くしてから、僕をキッ、と睨んだ。「はなせっ…」とどこか震えた声で言われ、つい僕も顔を顰めてしまう。

    「そんな乱暴に拭ったら傷になるだろう。この後だって君は会場に戻らなければならないのにっ…」
    「うるさいっ!お前には関係ないことだっ!オレに構わず、先程の令嬢の元へ戻れば良いだろう!」
    「こんな顔した君を放って戻れるわけないじゃないかっ!意地を張らずに使用人を呼びなよ」
    「一人でどうにかするっ!これくらい、顔を洗えばっ…」
    「……っ、本当に君は人の話を聞かないね…」

    怒鳴るように返してくる天馬くんの腕を強く掴んで、すぐ近くの部屋の扉を開いた。灯りのついていない部屋の電気をつければ、そこは客室のようだ。カーテンの閉め切られた大きな窓と、その側にベットが置かれている。ソファーやテーブルがあるのを見て、彼の腕を引いたままそちらへ向かう。投げるように彼の体をソファーの方へ押しやれば、ガタンッ、と大きな音がした。眉を顰める彼の顎を掴んで、ポケットからハンカチを出す。

    「じっとしていておくれ。乱暴に擦るから赤くなってしまっているじゃないか」
    「………そんな事せずとも、洗って化粧で隠せば良い」
    「せっかく綺麗な顔をしているのに、勿体ないよ」
    「きっ、…?!」

    彼にしては裏返った声が返ってくる。心なしか顔が赤くなったように見えるけれど、僕に泣き顔を見られたのが恥ずかしいのかだろうね。そっと彼の目元を押さえるようにして涙をハンカチで拭っていく。前髪を指先で払うと、彼の瞳がよく見えた。宝石の様な綺麗な瞳に、僕が映り込む。

    「それに、今夜の夜会は君のために開かれているんだから、適当に済ませようとしないこと」
    「……お前はすぐに帰ろうとしたじゃないか」
    「僕は関係がないからね。君が落ち着いたら、今夜は帰らせてもらうよ」
    「…………関係ない、か…」

    じわり、とハンカチに涙が滲む。中々涙の止まらない天馬くんの隣に腰掛けて、体を僕の方へ向けさせた。次から次に滲む涙を拭いながら、時計へ目を向ける。夜会が始まってから結構な時間が経っていたらしい。寧々を休憩室に待たせているし、あまり時間をかけてはいられなさそうだ。かと言って、天馬くんを一人にするのも気が引ける。ぼんやりとしたまま動かない彼の顎から手を離し、そっと綺麗な髪を撫でた。少し硬い気がするのは、彼の髪質のせいだろうか。

    「何があったか分からないけれど、落ち着けそうかい?」
    「………」
    「使用人を呼ぶかい?冷やすものも必要だからね」
    「…いや、いい。こんな顔を見せるわけにはいかないからな」
    「……そう」

    少し落ち着いてきたらしい天馬くんが、僕の手を掴む。ハンカチは随分濡れてしまっていた。それを見た彼が、濡れたハンカチを奪うように僕から取る。「借りるぞ」と小さく言われ、僕はそっと肩を竦めた。ふい、と顔を背ける彼から体を少し離して、立ち上がる。
    ここに居ても仕方がないし、寧々の所にでももどろうか。

    「それなら、僕は先に戻っているよ」
    「ぇ、…」
    「安心しておくれ。この事は誰にも言うつもりはないからね」
    「そ、そうではなくっ…、…」

    はし、と服の裾を掴まれ振り返ると、どこか困ったような顔をする天馬くんと目が合った。すぐに視線が逸らされ、彼がもごもごと口篭り始める。けれど、しっかりと裾を掴まれたままでは、その場を立ち去る訳にもいかなくなってしまった。どうしたものか、と思案していれば、廊下の方がバタバタと騒がしくなってきた事に気付いた。

    「殿下、どこにいらっしゃるんですか?!」

    どうやら、彼が中々戻らないから使用人が探しに来たようだ。きゅ、と裾を掴む彼の手に力が入るのが分かって、僕は小さく息を吐いた。彼は使用人にこの状態を知られたくない様だけれど、このままでは見つかってしまうかもしれない。それに、僕に何か言いたい事もあるみたいだから、ここで彼を置いていくわけにもいかないらしい。
    はぁ、と一つ溜息を吐くと、彼が肩をビクッ、と跳ねさせた。

    「とりあえず、こっち」
    「…ぇ、……」

    服を掴む手を取って、部屋の奥の方へ引く。そのまま窓際まで行って、締め切られたカーテンを掴んだ。天馬くんの体をカーテンの方へ押しやって、僕も滑り込むように入る。彼と肩が触れる程体を寄せて隠れると、慌てたように天馬くんが僕から離れようとした。その手を掴んで、窓の方へ彼の体を引っ張り、僕の体と挟むようにして抑え込む。
    シー、と指先を口元に当てて『黙っていて』と示すと、彼は居心地悪そうに視線を逸らした。

    「殿下、いらっしゃいますか?!」

    ガチャ、と部屋の扉が開く音が響く。
    誰かが室内に入ってくる足音がして、すぐさま止まる。「いない、か」という小さな声が聞こえてきた。目の前で固まる彼は、小刻みに震えているようだ。そんな彼の髪をぽんぽん、と安心させるように撫でてあげると、一瞬びくりと肩を跳ねさせた。けれど、気持ちが多少なりとも落ち着いたのか、彼がゆっくりと肩から力を抜いて小さく息を吐いたのが分かる。

    「何故誰もいないのに灯りがついているんだ?」

    ぱちん、と部屋の電気が消され、扉が閉まる音が響いた。足音が通さがっていくのを聞きながら、僕も肩の力を抜く。咄嗟の思いつきではあったけれど、案外簡単に隠れることが出来てしまったようだ。ふぅ、と一つ息を吐いて、一歩後ろへ退く。
    と、目の前にいた天馬くんが慌てて僕の胸元を押した。

    「す、すまん、るっ…ぉわっ…?!」
    「わっ…?!」
    「んぶ…」

    慌てて離れようとした彼が、カーテンの裾に足を取られて倒れ込んだ。幸い倒れた先にベットがあった為、ばふっ、と音を立ててそこへ落ちた。けれど、倒れる拍子に僕の上着も掴まれてしまったことで、バランスを崩して僕もそちらへ倒れ込んだ。彼の上に覆い被さる様に落ちて、慌てて上体を起こす。真っ白なシーツに、王族特有の金糸が散らばっていた。あっちへ、こっちへ、ふわふわの長い髪が散る様は、室内が暗いことも相まって、夜空に輝く星のようで…。

    「…………………ぇ…」

    ぴしり、と、音がした気がした。
    まるで体が石になったかのように動かなくなり、眼下の光景から目が逸らせない。普段の彼と同じ髪型のウィッグが側に転がっていて、目の前には長い髪を散らした天馬くんがそこにいる。少し隙間の開いたカーテンから差し込む月明かりをきらきらと反射させる金糸は、紛うことなき王族特有のものだ。毛先にかけて桃色にグラデーションがかったその髪色を、僕は幼い頃からずっと見てきたのだから。

    「……る、類、…退いてくれんか…?」
    「…ぇ、あ、…すまないね…」
    「いや、オレの方こそ、すまない…」

    僕を見上げるように見るその人は、彼と全く同じ声をしている。懐かしい呼び方にドキッとして、慌てて彼から離れた。ゆっくりと起き上がる彼は、胸元を抑えて顔を俯かせてしまう。長い髪が、彼の体を覆うように垂れて、どこか神秘的なものを見ている気分にさせられた。

    「…………天馬くん、その髪…」
    「……む………?」

    僕がそう声をかけると、天馬くんはパッと顔を上げて目を瞬かせた。そうして、自分の髪に触れて、その顔をサッと青ざめさせる。

    「こ、これはっ、…そのっ……」
    「…君、……女性だったのかい…?」
    「…ぁ、………ちが、…くはないが、…そうではなくっ…」

    わたわたとベットの掛布団を掴んで頭から被り、天馬くんが慌てたように言葉を募る。自分の見ている光景が、夢なのではないかと思えてしまう。ふわふわの髪も、綺麗な宝石の様な瞳も、いつか見た少女と酷似していて…。

    (……まさか、ずっと探していたのが、天馬くんだったなんて…)

    必死に言い訳を考えているだろう天馬くんを見つめ、緩みそうになる口元に手を当てた。

    僕の初恋の人は、僕を嫌いな皇太子様だったようだ。


    ーーー
    (司side)

    初めて会ったのは、大広間で父さんに紹介された時だ。
    藤色の髪に空色の髪が混じった、珍しい髪色をしていた。瞳の色も、お月様のようで綺麗だと思った。父さんの友人の子で、オレと同い歳の男の子。父親の足元で恥ずかしそうに隠れてオレの様子を伺う姿は可愛らしくて、咲希の姉であるオレは目の前のそいつを守ってやらなければとその時強く思った。
    こいつの隣にずっといたい、と。そう思ったんだ。
    これがオレの初恋で、一目惚れと言うやつなのだろう。それが、神代類との出会いだった。

    ―――

    この国の王族には古い慣わしがある。
    現国王夫妻の第一子が女児であった場合、第二子以降に男児が産まれるまで、もしくは第一子が成人するまで、その子どもを『男児』として育てる。というものだ。つまり、弟が産まれるまで、もしくは成人を迎えるまで、第一子が女児の場合は男児として育てられると言うことだ。オレは第一子として産まれ、性別は女だった。よって、この慣わしに沿って産まれてから男児として育てられてきた。その後母さんが第二子を身篭ったが、結果は女児で、この慣わしは継続。妹の咲希は第一子では無いため女性として育てられている。
    ふわふわの髪も、綺麗なドレスも、女性らしい言葉遣いも、オレは成人になるその日まで隠さねばならん。男として教育され、男として振る舞い、男の様に喋る。それは産まれてからずっと、“オレにとっての当たり前”だった。
    ただ、何ヶ月かに一度、王妃になる為の勉強の日がある。成人を迎えた時に女性としてのマナーや知識が無ければ、王妃になどなれないからな。その日だけは、咲希の様に長い髪をおろすことも、ふわふわのドレスを着ることも、女性らしい言葉遣いをすることも許される。ただし、王宮内でオレ専属の使用人と淑女教育の講師にしか知らせず、だ。この国でオレが女だと知るのは、両親と咲希、父さんが信頼する家臣数名と講師、オレ付きの使用人くらいだろう。
    それ以外の人達には隠さねばならない極秘事項だ。

    (…この慣わしさえなければ、堂々とアプローチ出来たのだろうな……)

    ぼんやりと窓の外を眺めて、小さく息を吐いた。
    一昨日は久しぶりの淑女教育の日だった。ふわふわのドレスを着てダンスレッスンにマナー講習もした。淑女の嗜みだと言われて庭園の奥で読書だってした。
    あの日は母さんが咲希の婚約者を決めるのだと、張り切って王宮の庭でお茶会を開いていたはずだ。無事に縁談がまとまりそうだと言っていたので、お茶会は問題なく終わったのだろう。咲希の相手が誰かは知らない。
    知らないが、あいつでないことだけは分かる。何故なら、父さん達は“オレの相手に”と考えているからだ。

    「……はぁ、…父さん達は勝手に盛り上がっているが、本当に大丈夫なのだろうか…」

    嬉しそうに話を進める大人達の姿を思い返して、溜息を吐く。嫌なわけでは決してない。そもそもの発端はオレの発言だ。オレにとっては願ってもない申し出で、話が進んでいく度に浮かれてしまいそうになる。お陰で、オレの脳裏に浮かぶのは、最近仲良くなった類の事ばかりだ。
    オレの父さんと類の父さんは、仕事を通してお互いに信頼し合う程仲が良い。父さんが頼りにしている臣下の一人で、オレが女だということも知っている数少ない人間の一人である。だからこそ、類の父さんはオレと類を引き合わせた。婚約者候補として、頼れる未来の臣下として。
    結果はオレの一目惚れで、あっさり親同士の話し合いが決まった。男児として育てられている為、公の場で婚約の発表は出来ないが、オレが成人を迎える日に婚姻を結ぶ事は決まった。王家からの命だからと、類にこの事は知らされていない。あの日オレが、『もっと類のそばに居たい』と、そう言っただけで、両家はこの婚約をこっそり締結したのだ。なんともぶっ飛んだ話である。
    類は今後他の誰かとの婚約の許可はおりず、オレが成人するまで一人なのだ。オレも、成人の日まで類に女として見てもらうことは叶わない。男として、友人として類の隣にいることになる。立派な王妃になる勉強をしながら、いつか類に嫁ぐための準備をして。

    「………ぅ…、そう思うと、なんだか恥ずかしいな…」

    かぁあ、と熱くなる頬に、手でパタパタと仰いで風を送る。完全に周りからのお膳立てを受けた婚姻ではあれど、両家の両親が喜んでくれていて、オレにとっても嬉しいもので…。女の子らしさなんて普段は不要なものだ。咲希の様な愛らしさは、オレには無い。求められるのは皇太子としての意志の強さと知識、度胸、それに、純粋な力の強さだ。女であることを悟らせてはならないし、男らしくあれど女性としてのマナーや振る舞いも求められるとても難しい立場だろう。それでも頑張って乗り切ろうと思えるのは、いつか隣に類が立ってくれるからだ。

    「オレと同じように、類にも、オレを好きになってもらいたいな…」

    つい、へにゃりと頬が緩んでしまう。出会ってからそんなに経ってはいないが、オレと類はそれなりに仲も良くなってきた。最近では、オレの前でなら隠れることも無く普通に話してくれている。笑う顔も増えてきていて、一緒の時間がとても楽しいんだ。このまま類ともっと仲良くなれば、オレが成人の日を迎えて女性であると明かした時に、喜んでくれるのではないだろうか。
    オレを、好きになってくれるのではないか。
    そう期待ばかりが膨らんでいく。父さん達に負けないくらい、オレは多分浮かれていた。

    「司様、お客様がお見えです」
    「類か! すぐ行く!」

    部屋に入ってきた使用人の言葉に、パッと顔を上げる。今日は類が遊びに来る日だ。待ち望んでいた来客に急いで部屋を飛び出して、王宮の中を駆け出した。こんな所を見られたら、『王宮内を走ってはなりません!』と怒られてしまうのだろうな。それでも、早く会いたくて仕方がないんだ。
    応接室の前まで一気に走って向かい、扉の前で大きく深呼吸を二回した。ゆっくりと息を吐いて、緩んだ表情を引き締める。胸がドキドキするのは、きっと走ったからだ。ノックしようとした手が、一瞬躊躇って止まる。昨日、一昨日と会っていなかったとはいえ、何度も一緒に話した相手だ。友人とも呼べる相手で、未来の旦那様になる人で…。

    「……あぁああ…、今更照れてどうするんだ、オレっ…」

    ぺちぺちと頬を両手で挟むように叩いてその場にしゃがみ込む。ドキドキと鳴る胸の音が煩い。なのに体はそわそわとしてしまうし、口が勝手に緩む。へらへらしていたら、類に変な奴だと思われてしまうではないか。それだけはダメだ。出来ることなら類には“かっこいい”と思ってほしい。“綺麗”だとか、“可愛らしい”とかは思ってもらえないと分かっているから、せめて、男としてかっこいいと思われたい。
    むにーっと頬を指で摘んで引っ張る。痛みで緩んだ顔を引き締めて、オレはバッ、と立ち上がった。もう一度大きく深呼吸をしてから、躊躇う前にノックをする。
    中から返事が返ってきたのを聞いてから、応接室に入った。

    「すまんな、類、待たせてしまったか?」
    「ふふ、大丈夫だよ、司くん」
    「来てくれてありがとな、類」

    紅茶の入ったティーカップを持った類が、オレの方へ笑みを向けてくれる。たったそれだけで、胸がきゅぅ、と音を鳴らした。類が笑ってくれるのが嬉しい。名前を呼んでくれるのも、会いに来てくれるのも全部嬉しい。
    そわそわとソファーの方まで近寄っていき、そこで足を止めた。類が座っているのは、大人が三人並んで座れるくらい大きなソファーだ。いつもなら隣に座るが、友人としては向かい側に座った方が良いのだろうか?隣に座ったら、はしたないと思われるのだろうか。いや、非公開とはいえ婚約者なのだから隣にくらい座っても…。だが、類はその事を知らないし…。むぅ、と顔を顰めて悩み始めたオレを見て、類は不思議そうに首を傾げた。
    そうして、類は子どもらしい小さな手でぽんぽんと自分の隣を叩く。

    「司くん、座らないのかい?」
    「……す、座るっ…!」
    「ふふ、今日も君は元気だね」

    類に誘われてしまえば、隣に座らないなんて出来るわけがなく。誘われるままに隣に座って、背筋を伸ばした。ドキドキがもっと煩くなり、つい視線が泳いでしまう。前までは普通に出来ていたはずなのだが、何故こんなにも緊張しているのだろうか。一昨日の淑女教育の日に読んだ小説のせいか。恋人とのお話だったから、類の事を意識してしまっているのだろうか。いやいや、まだオレたちは恋人ではないではないか。だが、婚約するというのはそういう事でもあるのだし、大人になったらそういう事もするわけで…。
    じわぁ、と頬が熱くなっていくのが分かって、慌ててティーカップを手に取った。口を付けて、飲まずに赤い顔をカップで隠して時間を稼ぐ。駄目だ、類が隣にいるから余計に意識してしまう。なにか他に話題になりそうなものはっ…!?

    「そういえば、司くん」
    「へぁ…?! な、なんだ?!」
    「実は、君に聞いてほしいことがあるんだ」
    「そ、そうか!いいぞ!いくらでも聞いてやろう!」

    不意に呼ばれた名前にビクッ、と体が過剰に反応してしまう。そんな不自然なオレの態度を、類は特に気にした様子はなかった。そわそわしながら視線をあっちへこっちへと逸らし、もごもごと口ごもっている。そんな類を不思議に思いつつも、オレは類の方から話題を提供してくれた事に安堵した。緊張した気持ちを落ち着かせるために、ごくんと紅茶を一口飲む。カチャ、と硝子のぶつかる音がやけに大きく響いた気がした。
    ぐ、と拳を握った類が、恥ずかしそうにオレの方へ嬉しそうな顔を向ける。

    「…僕、好きな子が出来たんだ」

    静かな室内に落とされた、嬉しそうな声。

    「………ぇ……?」

    まるで、真っ白な空間に落とされたかのようだった。周りの音が一瞬にして消えて、思考が停止した。呆然と類を見つめるオレの目の前で、恥ずかしそうに頬を染めた類がへにゃりと笑う。

    「とっても可愛い子でね、ふわふわのドレスを着ていて、天使みたいな子だったんだ」
    「………すき、な、…こ……?」

    嬉しそうに話してくれる類の月の様な瞳は、いつもより輝いていた。オレに話しかけてくれているはずなのに、オレのことなんか見えてないのだろう。赤く染った頬も、キラキラの瞳も、そわそわと落ち着かない様子も、全部嬉しそうで、目が逸らせなくなる。膝に揃えられた両手を握り締めて、どこか緊張した様子の類はいつもより沢山表情を変えていた。見たことのない類の様子に、胸がちくちくと痛む気がして、手で胸を押える。

    「話しかけられなくて、名前は聞けなかったのだけど、きっと高位の御令嬢だと思うんだ」
    「………そぅ、…か……」

    しゅん、と肩を落とす類を見て、体をほんの少しだけ離す。引っ込み思案の類が、初めて会った人に話しかけられるはずがないじゃないか。オレだって、類と仲良くなるために何度も会って、沢山話をしたのだから。類とこんなに沢山お話が出来るのは、オレだけなんだ。なぜなら、オレと類は…。

    「だからね、僕、彼女の事を探してみようと思うんだ」
    「……っ…」
    「それで、もし彼女が良ければ、婚約の申込みもしようと思っていてね」
    「…………そ、…れは…」

    ちくちくとした痛みが、ズキズキとしたものに変わっていく。いつもより楽しそうに話す声が、頭の中で反響しているかのようだった。
    引っ込み思案の類が、どうやって名前も分からない令嬢を探すのだろうか。それに婚約なんて出来るはずがない。だって、類の両親はオレを相手にって言ってくれていて…。
    そこで、オレはふと思ってしまった。

    (もし、ここで、類のこの願いが叶わなかったら、どうなるのだろうか…)

    と。
    好きな人が出来て、その人を見つける事が出来たとして、もしその人と婚約しようとした時、類の両親に断られたら、どうなるのだろうか。好きな人と婚約する事を断られても、お互いに想い合い続けたら? いつかオレが成人した時、オレと結婚するなんて話が出たら、類はどう思うのだろうか。オレのせいで、想い人と添い遂げられなかったと、オレを恨むのだろうか。性別を偽っているのにも関わらず傍に居続けたオレを、軽蔑するだろうか。ずっと、邪魔していたと思われたら、どうすればいいのだろうか。
    そんな考えが頭を過って、ぞわりと背が粟立った。

    (……類に、嫌われるのは、嫌だ…)

    楽しそうに話をする類の声が、だんだんと聞こえなくなってくる。頭の中で、オレと一緒に遊んだ時の類の楽しそうな顔を思い出そうとするのに、どうしても先程見たキラキラと輝く顔ばかりが浮かぶ。オレと居る時よりも、ずっとずっと楽しそうな、類の顔。オレと居る時には見ることの出来ない、類の表情。
    それがなんだか悔しくて、乱暴にティーカップをソーサーへ置いた。

    「類が、婚約なんぞ出来るわけが無いだろう」
    「……ぇ…」
    「類は人と話すのが下手だからな。お茶会に参加しても黙ってどこかへ行ってしまうし、オレ以外と遊ぶこともないじゃないか」

    自分のものとは思えないほど低い声が出た。オレは、こんな声も出せたのだな。口をついて出てしまった言葉を誤魔化すように、次から次に言葉が出てきてしまう。お腹の奥がもやもやして、気持ち悪い。
    類の婚約者はオレで、大人になったらオレと結婚するのが決まっているのに、他の人となんて許されるはずがないだろう。いや、類はそれを知らないんだ。だからそんなことが言えるんだ。将来王様になるんだって、知らないだろう? 王様は沢山の人に挨拶出来なければいけないんだぞ。頭だって良くなければいけないし、いつもにこにこしていて、時にはとても怖い顔をしないといけないんだ。優しい類には少し難しいだろうな。沢山勉強しなければいけないし、沢山努力しないとダメなんだ。誰かを好きになる暇なんて、ないのだぞ。

    「…ぼ、僕にだって君以外にも友だちはいるよ」
    「その割にはいつもここへ来ているじゃないか。お前の言う“友だち”とはぬいぐるみ達の事か?」
    「っ、……司くんだっていつも僕と遊んでるじゃないか!君だって僕以外に友だちがいないんじゃないのかい?」
    「オレは友人なんかいらないっ!」

    ガチャンッ、と大きな音が響いて、ティーカップが床に落ちた。カップの割れた音に、使用人達が慌てて近寄ってきたが、構う余裕がオレにはない。驚いたように目を見開く類から視線を逸らして、拳を握り込んだ。足元で硝子の欠片を拾う使用人の背中を見て、顔を顰める。女性らしいお仕着せを着ているのが、羨ましかった。
    “国の慣わし”で男と偽って生活しなければならない。人を騙しながら接しなければならないのに、友人なぞできるわけがない。
    本当なら、咲希や母さん以外にも、女性と沢山話しがしたい。同い歳の女の子と、小説の話やそれこそ、類のことを話したい。オレにそんな事が許されるとは思っていないが、そう願わない訳でもないんだ。

    「……僕と君は、友だちじゃなかったのかい…?」

    カチャ、カチャ、とガラスを片付ける音に混じって、類の静かな声が落ちた。
    ぐ、と唇を噛んで、顔をうつ向けた。類とは“友だち”だ。けれど、“友だち”ではなかった。類はオレが女だと知らんから、“友人”で片付けられるんだ。オレにとって類は、“初恋の相手”で、“婚約者候補”で、“未来の旦那様”で、“友だち”なんかじゃないのに。もっと、ずっと大きな存在で、大切な人で。
    男の子らしい自分の格好を見て、顔をくしゃりと歪めた。オレだって、一昨日の様にこのウイッグを外して髪を下ろせば、咲希には負けるが令嬢らしくなれるのに。ふわふわのドレスだって着て、ほんの少し化粧だってすれば、そこらの女性にも負けないって胸を張れるのに。それで類がオレを選んでくれるなら、いくらでも頑張るのに。オレの方が綺麗だって、言わせてみせるのに。

    (……なんて、到底無理な話だな…)

    恋は特別なものだ。他にどれだけ綺麗な人がいようと、恋をしたらその人が特別になるのだと本で読んだ。オレが、誰よりも類だけが“特別”な様に。きっと、オレが何をしようと類の“特別”はその人なんだ。それが悔しくて、腹立たしくて、一層強く唇を噛む。じわりと視界が滲んで、慌てて袖で目を擦った。

    「………そっか…」

    類の、小さな声に、ビクッ、と肩が跳ねる。
    使用人の静止も聞かず、類がソファーを降りた。

    「……僕と君は、友だちではなかったんだね」
    「…ぁ、……」
    「………今日はもう帰るよ、さよなら、“天馬くん”」

    ぴしゃん、と冷水をかけられたかのようにサッと血の気が引いていく。『さよなら』も、いつもと違う『天馬くん』という呼び方も、胸にグサッと深く刺さった。引き留めるための言葉は音にならなくて、伸ばした手は届かなかった。このままじゃダメだと分かっていても、どうしていいのか分からない。類の使用人が慌てて類を追いかけるのを、オレは呆然と見ていることしか出来なかった。

    「………………おこ、らせた…」

    片付けが終わった使用人が、困ったような顔で部屋を出ていく。呆然と、一人その場に取り残されて、やっと口から音が出た。『ごめんなさい』も、『違う』も、言えなかった。それが出ていたら、何か変わっただろうか。本当は、大好きなんだって、言いたいのに、言えない。
    手の甲に、ぽた、ぽた、と雫が落ちていく。視界がぐにゃぐにゃに滲んで、胸がズキズキと痛む。
    ぐす、と鼻を鳴らすと、その音がやけに大きく部屋に響いた気がした。

    「………っ、…」

    その後、硝子を片付けて戻ってきた使用人に声をかけられるまで、オレはソファーの上で一人泣き続けた。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    9361

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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