<確かに理想を押し付けた自覚はあったが、あなただって満更でもなかっただろう。><確かに理想を押し付けた自覚はあったが、あなただって満更でもなかっただろう。>
振りかぶった手のひらが熱を持った。
言うことを聞かないこの子のことが嫌いだった。私が笑って欲しい時に笑って、泣いて欲しい時に泣いて、惨めに私の顔色を窺ってへりくだるこの子が好きだった。その時だけはこの子じゃない気がして、愛せる気がしていた。
この子は私に笑っていて欲しいから、いつも私の機嫌をとることに必死だった。その理想の押しつけが気持ち悪くて仕方なかった。浴びせられる信仰めいた感情は今年で三年目になる。隣の席になって顔を見るなり「好きだ」と言ってきたこの子の好意を、なんだか満更でもなくて、はっきり拒否できなかった私にも非があるのだろう。やたらと近い距離感とか変な独占欲とか、そういったものがちらつき出した時にはもう手遅れだった。
頬をさすった彼女の頭を思い切り筆箱で殴りつける。ペンやら消しゴムが開いた蓋から飛び出して地面にばらばらと散らばった。それでも気がすまなくて、飲みかけの水筒の中に入った水を頭の上からぶちまけると、ようやく彼女は顔を上げた。ぼさぼさの前髪から水滴がぽたりと制服に落ちて、薄く肌を透かしている。
もっともっと泣いて欲しいのに、もっと惨めでいて欲しいのに、彼女はびしょぬれのまま笑っていた。私が愛せるあの子になって欲しいのに、今日は機嫌が悪いのか、彼女は嫌いな彼女のままだった。
早くあの子に戻ってほしい。可哀想で情けなくて惨めで愚かでどうしようもなく可愛いあの子に、早く、早く、早く、早く、早く。
「いい加減にして、もっと嫌がってよ。どうして笑ってるの、気持ち悪い」
手の甲を爪先で蹴ると、また彼女が目を細めてこちらを見る。満更でもない、みたいな顔にまた腹が立って、思い切り拳を振り下ろした。