見ているモノその日、映画館で意外な人の姿を見かけた武道は思わず声をかけた。
「あれ、マイキーくん? 奇遇ですね、こんなところで!」
呼ばれた声にくるりと振り返った万次郎はこんな寂れた映画館で知人に声をかけられるとは思っていなかったのだろう。おや、と目を丸くして周囲をぐるりと見渡したが、駆け寄ってくる武道の姿を認めればすぐ、にぱっと笑った。
「あ、タケミっちじゃん。さっき同じの見てたかんじ? 暗かったから気付かなかったわ」
「オレも今、後ろ姿で気付きましたから。それより、マイキーくんもこの映画に興味あったんですね! あんま話題にはなってないんすけど……」
「ん~まぁ、そんなかんじ。ねぇタケミっち、この後ヒマだろ? 飯でもいかね?」
万次郎の返答は曖昧で、どちらかと言えば後半の言葉に力が入っていたのだが、興奮していた武道はそんなことには気がつかずに目を輝かせた。
「わ、ほんとっすか! マイキーくんも映画好きなの、初めて知りました! オレ、この監督の撮る作品、すっげぇ好きで……! けど、みんなはパッとしなくてつまんねぇ、とか言うし。あの、よかったらこのあと、オレん家でもっと映画見ませんか? てきとーにテイクアウトとか買って!」
「へぇ……。ウン、いーよ。タケミっちん家、行こうぜ。バブの後ろ、乗せてやるよ」
それ以来、武道と万次郎は頻繁に二人で映画館に出掛けたり、武道の部屋で鑑賞会を開くようになった。
正直なところ最初の頃は、
――とは言ってもマイキーくん、好みの映画じゃなかったらすぐ寝ちゃいそうだよなぁ
なんて失礼な感想を抱いていたものだが、基本的に興味があるものと無いものの差が激しい彼は意外にも映画の守備範囲はかなり広いようで、武道がどんな映画に誘っても頷いてくれ、居眠りをする様子もなかった。
その上、映画を見終わった後で武道が感想や世間での批評、自分の考えなどを語ればウン、ウンと頷きながらいつまでも話を聞いていてくれる。彼から感想を語られることはそう多くはなかったが、特に気にしていなかった。きっと、マイキーくんは感想は自分の胸にとどめておきたいタイプなのだろう。
武道は嬉しくてしょうがなかったのだ。大好きな映画をこんなに語り合える日がくるなんて! しかもその相手は尊敬する先輩で、大切な友人である万次郎ときた。
◇ ◇ ◇
武道がその会話を聞いたのは偶然だった。
集会の日、いつもより少し早く到着した武道は、奥の方で万次郎が三ツ谷たちと話している姿を見つけた。
――あれ、マイキーくんも早いなんて珍しいな。挨拶しにいかなきゃ!
そう思い、近づいた。万次郎たちはまだ、武道の存在に気が付いていないようだ。
お疲れ様です、総長!
そう声を掛けようとした瞬間、聞こえてきた会話に思わず足を止める。
「マイキー、最近映画めっちゃ見てるらしいじゃん。開始5分で寝そうなのにな。なんかオススメのやつある? いいのあったら教えてくれよ」
「は? 内容なんて覚えてるわけねーじゃん」
そう答えた万次郎の声に、だよなぁ、マイキーらしいや、なんて笑い声があがる。反対に、武道は顔からすぅっと血の気が引いていくのを感じた。
――オレ、マイキーくんのこと無理に付き合わせてたんだ……!
きっと彼は面倒に思いながらも嫌と言えなかったのだろう、なんだかんだ言って仲間思いの優しい人だから。
じり、と後退れば木の枝でも踏んだのかパキリ、と小さな音がした。一斉に振り返った彼らはみんな、やっちまった、とでも言いたげな顔をしている。
「っ、タケミっち、これは、違くて……」
「あ……スミマセン、盗み聞きする気は無かったんすけど。あの、マイキーくん、今まで無理に付き合わせてスミマセンでした……大丈夫です、これからはもう、しないんで……」
慌てた様子でなにかを言いかけた万次郎を遮るようにそれだけ言って、武道はくるりと背を向け全力で走り出した。好きなことを共有できる相手ができて浮かれていた自分も、万次郎に無理をさせていたことに気が付かなかった自分も、情けなくて恥ずかしくて堪らなかった。
しかし、身体能力の差というのは非情なもので、武道は後を追ってきた万次郎にあっさりと捕まった。なんとか彼を振り払おうともがく武道を押さえつけながら、万次郎はやけになったように叫ぶ。
「違うんだって! ごめんタケミっち、好きだ!!」
いまさらそんな分かりやすい慰めをさせてしまうほどに、気を遣われていたのか。武道はよりいっそう悲しくなった。
「マイキーくん、もう無理しないでくださいよぉ……」
身体の力を抜いて、ずるりと崩れ落ちるようになりながら言うが、続いて聞こえた思わぬ言葉に耳を疑う。
「オマエのことが!!」
――え?
「ごめん、オレ、タケミっちのことが好き。あの日、映画館にいたのはほんとにたまたまだったんだ。けど、タケミっちから誘ってくれて、嬉しくって……オレずっと、映画じゃなくてタケミっちの顔みてた。真剣な顔も、怯えてる顔も、べしょべしょに泣いてる顔も、全部かわいいなぁって。で、それ見てたらいつも映画はあっという間に終わっちゃって。映画の話してるタケミっち、すげぇ嬉しそうで、そんなオマエのこと見てんのがオレも嬉しくて。騙しててごめん、けどオレ、これからもタケミっちと映画見たい! タケミっちのことも、タケミっちが好きなモンも独り占めさせてほしい。……いや?」
頬を赤らめ、真剣な表情で告白された彼の嘘と想いを受けて、混乱する武道の思考回路はぐるぐると回り始める。
――いや? いやなのだろうか。正直、彼が映画を好きじゃなかったことはショックに変わりない。だけど、マイキーくんがオレのこと。スキ。すき? 好きだって。でも、そんな急に言われたってーー
「……わかんないっすよぉ~~」
弱々しい声でそんな答えを絞り出した武道に、されど万次郎は表情を明るくして言いつのった。
「わかんねぇの? わかんねぇなら、少なくとも嫌じゃないってことだよな。……明日、また映画見る約束してただろ、タケミっちの部屋で。オレ、行くから。んで、ちゃんと映画も見るようにする。タケミっちが好きなモンのこと、今度こそちゃんと分かりたいって思う。だから待ってろよ、行くからな!」
流石に恥ずかしくなってきたのか、それだけ言うと万次郎はパッと姿を消してしまった。
一人残された武道はうずくまる。夏はまだ遠いというのに、あつくてあつくて堪らなかった。
――どうしよう。どうしようどうしようどうしよう! 明日、どんな気持ちでマイキーくんのこと待ってればいいんだろう。このままじゃ、オレまで映画の内容どころじゃないっ!!
こうして、映画を見ながらも内心それどころではない武道と、やはり武道の顔に気を取られがちな万次郎の二人によって、内容を覚えて貰えない哀れなパッケージの山が積み上がったのである。