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    miyomimin

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    願いを叶える祠のお狐魏無羨と人に関わらずに生きている龍の藍忘機の話。龍狐AU。

    続き物の1話目。全6話の予定。全年齢(予定)イベント用に書いてたものなんですけど、ちょっとモチベ下がってしまったので取りあえず書いた部分だけ……続き頑張って書き……たい……

    龍狐AU夷陵の山にどんな願いも叶えてくれる祠があると言う噂を耳にしたのは、まだ少し肌寒い春の始まりの頃だった。

     桜の蕾は少しの蕾から僅かに淡い花弁を覗かせる。木々の間を抜ける風はどこか少しだけ甘い匂いを纏っていると言うのに、肌に触れるそれは僅かな冷たさを孕んでいた。

    東の地を守る龍の一族に連なる藍忘機は、桜の木に腰を下ろしそんな噂に耳を傾けていた。膝の上には彼の愛用の琴が一つ。清い空気を作り出す霊力を込めた曲を、春風の中に紛れ込ませるように優しく琴をつま弾いていた。

    「夷陵の噂。聞いたかい?」
    「ああ!聞いた聞いた!何でも願いが叶う祠の話だろ?」
    「そんな所が夷陵にはあるなら一度は行ってみたいよな!」
    「ああ、そうだな。そしたら大金持ちにしてくださいって願いたいものだよ!」
    「ははっ!そんなのお前みたいな男じゃ絶対叶いっこないよ!」
    「それを叶えてくれるのが祠なんだろ?」


    紡がれる声色はどこか楽しそうだ。それもそうだろう。日々の生活の中で夢のある話をするのは彼にとって娯楽の一つであるのだから。
    藍忘機は空を見上げていた視線を、少しだけそちらへと向けた。普段の彼であればこんな噂話など気にも止めない。人の世界の話など神獣である藍忘機のは関係のないものであるからだ。だが、その話だけは少しだけ興味が惹かれた。

    曰く、その祠では願えばどんな万病も治すことが出来ると――。

    余命幾ばくかと言われていたじい様がその祠で願ってから元気を取り戻し畑仕事しているだとか、子宝に恵まれない夫婦か三日三晩願い続けたら双子を身篭っただとか。顔の悪い不細工な男が村一番の美女と結婚出来たのも件の祠で願ったからだと、市井の人々は声を弾ませながら話をしていた。どれもこれも眉唾物の話だ。年老いた老人の体の調子が良くなったのもたまたまであろうし、夫婦が子供に恵まれたのもたまたまその次期にそうなっただけの事。顔の不細工な男が美女と結婚出来たのも、その美女が顔以外のものに惹かれただけの話だろう。

    事の真意を考えれば簡単に推測出来てしまう程に単純な話だ。だが、市井の人々にとってはそうではないのだろう。人が人である以上、願いと言うものは尽きない。その願いを誰しもが叶えたいと思うのも必然であろう。普段であれば藍忘機はそう思ったであろう。だが、この話だけはそう思えなかった。

    古今東西、こう言った話には必ず裏がある。

    奇跡のような現象。人知を超えた力。心霊の類い。
    そう言った話の裏には必ずと言っていいほど、天に属する獣、神獣の影がチラついていた 。神獣と言うものは本来、人と関わらずに生きる。人の世界を川の流れと例えるのなら、神獣の存在は大きな岩のような存在に近い。川の流れを邪魔する事なく存在し、時に水の氾濫を防ぐ。それが神獣として生まれたものの役目だ。だが、時折その人の世界で人知を超えた事が起きる事がある。神の力を持って生まれたものが厄災を収めただとか、どんな願いも叶えるなにがしかがあるだとか。そう言った類いの話は不思議な事に尽きる事なく存在し続けている。そう言った話の裏側には必ず、神に連なる獣、神獣の姿が見え隠れするのだ。

    神通力を持つと噂される人間の傍に獣の耳を持った神獣が付き従っていただとか、霊が出ると噂される地に尾が長い神獣が住み着いていた、なんて話は悲しい事に真の話なのだ。

    だから藍忘機は眉をひそめた。

    神獣と呼ばれる獣が人の世界に干渉すると言う事は、穏やかな流れの川の中に大きな岩を投げ込み行為に等しい。緩やかな流れの川に大岩を投げ込めば、それは大きな波紋を生み出し、いずれは災いとして人の世に大きな波をなって襲いかかる。あるいは投げ込まれた岩の下にした生きものが押しつぶされてしまうかもしれない。そして、川底に沈んだ岩は二度と浮かび上がる事もない。人の世に関わると言う事は、人の世に災いを引き起こすのと同時に神獣自身にも破滅の運命をもたらしてしまうものなのだ。

    だから神に連なる獣は人の世界に干渉をしない。

    見守る立場であることを覆さず、傍観者の立場として人々の生の営みを見守り続ける。それが神獣として生まれた者の役目なのだ。

    藍忘機は小さく溜め息を吐き出した。

    こういった話はほとんどの場合、ただの噂でしかない場合が多い。だが今回の場合は藍忘機にはどうにもただの噂のようには思えなかったのだ。

    夷陵と姑蘇は山一つを超えなければいけない程に距離がある。そのような距離の中でこのような話が姑蘇にいる藍忘機の元へと届くと言う事は、この話がそれなりに人々の間でかなりの噂になっていると言う事だ。火の無い所に煙は立たないと言う。ならこの噂もまた火元となる話があるのではないだろうか。

    例え、この件に神獣が関わっていなかったとしても、こういった噂があると言う事自体が問題だ。人の心と言うものはとても脆い。善行を行おうと努力をしても、必ずしも全員がそういう存在になり得る事がないように、こういった話を悪用しないものがいないとも言い切きれない。最悪の場合、酷い災厄を生み出すかもしれない。藍忘機はそれを危惧している。

    「そりゃいい話だ!私も夷陵に行ってみようかしら!」
    「そいつはいい!きっと夷陵の祠ならどんな願いだって叶えてくれるさ」

    弾むような声色に鮮やかな笑い声が混じる。噂話は秋の空のように移り変わり、今はもう今日の夕飯の話をしているようであった。

    所詮、噂話。だが、されど噂話。

    腰を下ろしていた枝からすくりと立ち上がる。
    春風のように僅かに靡く風が花の蕾を揺らすのを気に停めず、奏でていた琴をその背に背負うと藍忘機は空高く舞い上がった。



    *



    夷陵の地は穏やかな村だった。
    商業を生業とする者が多く住まう彩衣鎮とは違い、耕作を生業とする者の多い夷陵はどこか暖かな雰囲気のある村であった。

    その村の東側に山が一つある。

    標高はそれほど高くはないが左右に大きく広がっており、その山に沿うように川が一つ流れていた。山脈の間を流れる透き通った水は、真っすぐに夷陵の町の近くまで流れ、その水が人々の生活を支えているのだろうと言う事が藍忘機にはすぐに分かった。
    噂の祠と言うのはどうやらその山の中にあるらしい。夷陵に住まう村人たちは信仰深いのか、夷陵についてすぐに藍忘はその話を耳にした。

    入口は非常に分かりにくくなっていた。獣道をうねうねと東の方角へ進み、途中にある沢を超えると少しだけ開けた場所に辿り着く。そこから少し視線を動かして辺りを見渡せば、青々とした木々が生い茂る森の中に木蓮の木が並ぶ石段が姿を現した。その石段をおよそ五十程。傾斜は緩やかで、広く作られた階段は段差もそこまで高くなく足腰の弱いものでも登れるように整備されてあった。

    ゆっくり登れば一線香位には辿り着けるだろうという場所に、その祠は存在していた。
    祠の大きさは藍忘機の腰に届く程の大きさだった。さほど大きな物でもないが、表現は悪いが錆びれた村で祀られている祠と言う意味では十分すぎる程のものであるように思えた。表面は古びており所々緑色の苔がこびり付いている。木目は日に焼け色あせてもいたが、決して手入れを全くしていないと言う風には見えない程には手入れもされているようだった。現に、祠の前にある少し棚になっている部分には真新しい酒瓶が供えてある。数にして五つほど。普通の祠であればそれほど酒が供えてある事もないだろうに、その祠には異様に多く酒瓶が供えられているように見えた。その横に並べられている果物も瑞々しい皮を纏っている。内側の水分を逃さぬように張りのある果物の皮は、少なくとも今日置かれたものである事が分かった。

    祠の前に下り立ち、藍忘機は辺りを見渡した。

    空気が非常に澄んでいる。
    本来、このような場所はどうしても『淀み』が出来てしまう事が多い。願いを叶える場所と言うものは、どうしたとしても人間の強い願い、つまい『気』が集まってしまうものなのだ。その意志の良し悪しは関係ない。その気が『強い』ものである事が重要なのだ。人はどうしても強いものに目を奪われてしまう。それは気になったとしても同じ事。強い気がそこにあれば自然とたくさんの人々の気を寄せ付けてしまう。例えそれが良くないものであったとしても、だ。そういったものが淀みを作る。穢れと言ったものはそういう存在である事が多いのだ。だからそう言った場所には必ずその場所を守る神獣が住まう。淀みを浄化し、清い気の流れを生み出す。人の世に関わらずに人の世を守る。それがまさに神獣の役目であるのだ。

    おそらく、この場所に住まう神獣も最初はそのような役目を担っていたのだろう。そこまで考えて藍忘機は小さく溜め息を吐き出した。なんとも嘆かわしい事だ。本来であれば神獣の中でも場の浄化に優れている能力を持っているはずの神獣が、このような不祥事を犯しているのだから弁明の余地もない。神社や社と言った場所を守る神獣はどの神獣よりも人との境界を厳粛に守るものだと言うのに。

    二つ目の溜め息を吐き出して、今度は小さく首を横に振る。いくら藍忘機が嘆いた所で現状が変わる訳ではない。伏せていた瞳を僅かに開き、ゆっくりと深呼吸をした。
    ここの空気は非常に心地が良い。澄んだ空気と清らかな気がこの場所の淀みを浄化しているだけでなく、癒しの効果を生み出しているようだった。それを実現しているのは四方を取り囲むように設置された結界のお陰だろうか。

    祠を中心として正方形を描くように小さな狐の石像が設置されている。その狐の石像は外側を向いているのではなく、内側、つまり祠の方を向いていた。神社や社に建てられた石像は本来外側を向いている。外から悪いものが入り込む事のないようにと門番の役目を担っているからだ。だがここの石像は全て内側に向けられている。これは本来有り得ない事だ。外からの邪気に結界が負けてしまうような事があれば、それは本末転倒であるからだ。だが、ここの結界はそんな不安定な状態でありながらより強力な結界を生み出している。いや、むしろこれは内側で生まれた穢れを外に出す事のないようにしている、と言った方が正しいのかもしれない。先ほど感じたようにこの場所は内面すら浄化されるような感覚を生み出している。つまりそれほこの地の浄化の作用が他の地よりも強く作用していると言う事なのだろう。信じがたい事だが、それが現実としてこの場に存在している。だがそれも行き過ぎてしまえば毒となる。人間の願いを叶えるなぞ、神獣が犯していい領域ではないのだから。

    さて、一体厄介な神獣はどこにいるのか。

    あたりを探そうとした時、一人の少女が石段を登ってくるのが見えた。

    麓の村に住む少女だろうか。歳の頃は十に達したばかりかそれよりも一つ二つ程上ぐらいの齢に見える。身なりはそれなりに小奇麗に整えられているが、お転婆が過ぎるのか裾のあたりが少しほつれていた。だが少女はそれを気にした様子もなかった。それどころかたらりと垂れさがった糸をうっとおしそうに時折足を払うように動かしてきた。額には玉のような汗が少し滲んでいる。なでらかな山道ではあるが子供の足ではここまで辿りつくのもそれなりに重労働なのだろう。背には小さいが籠が背負われており、中には山菜のようなものが入っているようだった。

    石段を登り切り少し乱れた息を大きく呼吸を吸い込む事で落ち着かせると、少女ゆっくりとした足取りで祠に近づく。そうして小さな手のひらに握り締めていた花を祠の前に備えると、二つの小さな手のひらを合わせて目を閉じた。

    「お狐様、お狐様。どうかお願いです。母さんのお腹の中にいる赤ちゃんが元気に生まれてきますように。その赤ちゃんは私の弟か妹になるんです。元気に生まれたらたくさん遊んであげるって母さんと約束したんです。川で魚釣りを教えてあげたいし、美味しい木のみが取れる木の事も教えてあげたいです。だからどうかお願いです」

    懸命に祈りを捧げているのか、少女の目は硬く閉じた一向に開く様子もない。そんな少女の事を見つめながら藍忘機は一瞬、少女が操られているのかと疑った。

    神獣が人の世を守っていたとしても、それに成り代わろうとする輩は存在する。何の力もない石に願いを捧げたが故に人の魂を食らうバケモノになった事もあるし、人の魂を喰い過ぎて神獣と同等の力を持つようになった獣も存在する。この祠に住まう神獣もそれと同類のものなのではないだろうか。だとすればこの少女は操られている可能性があるのではないだろうか。澄んだ空気に騙されていたが、先ほど見た通りこの場所は内側の浄化には優れているが外側からの邪は入り込みやすくなっている。仮に少女が邪の類いで藍忘機を油断させる為にいるとしたのなら、それはつまり藍忘機は罠に嵌められたと言う事になる。

    背中に緊張が走る。物音を立てないようにゆっくりと剣の額に手を延ばした。

    「あの子、将来美人になる逸材だな。なぁ、お前もそう思うだろ?」

    思考の海に意識を沈ませていた時、突然耳元で話しかけられた事に藍忘機は急いでその場から飛びのいた。

    ほとんど真後ろと言っていい場所に、その男はへらりとした笑みを浮かべて立っていた。頭の上には赤茶色の大きな獣の耳があった。あれは狐の耳だろうか。大きな耳は藍忘機が発する心臓の音に反応しているかのようにぴくぴくと小刻みに動いていた。
    失念していた。こんな至近距離になるほど相手の存在に気が付かなかったなどと、みっともない失態でしかない。いくら藍忘機が力のある神獣であろうと、ここは藍忘機が守護する地ではない。この地の主がいる以上、どうしたって主の方が有利に動く事が出来るのは周知の事実であると言うのに。例えば、そう。気配を消して近寄る事だって難しい事ではない。

    「君……!」

    慌てて剣の額に手を添え、警戒するように男を睨み付ければ男はへらりとした笑みを崩さないまま言葉を続けた。

    「お前、藍家の龍だろ? 確か、藍家の龍は東の地を守るのが役目だったよな? 何故ここに?」

    男の瞳が一瞬だけ赤く染まる。へらりとした表情は崩さずに明らかに警戒の色を宿した視線に、藍忘機は思わず唾を飲み込んだ。
    まずい。これは非常にまずい。油断もあって相手の力量を見余っていた事は認める。だが、想像以上にこの目の前にいる神獣は『強い』。おそらく、それなりに力のある神獣なのだろう。だからこんな寂れた祠がここまで清いままで存在しているのだ。それが分かっていたはずなのに。自分の失態を忌々しく想い乍ら藍忘機は最悪の事態を考えた。この場所ではどうやったって分が悪い。それならば。そこまで考えて、藍忘機は剣に触れさせていた手を降ろした。

    「抜かないのか?」
    「…………」
    「まぁ、分が悪いもんな。懸命な判断だな」

    狐はにやりと笑うと手にしていた酒瓶に口を付けた。甘く鼻をつくような匂いが風に漂い思わず咎めるような視線を向けてしまう。その様子を見ていたのか、狐は少しだけ面白そうに笑った。

    「おっと、そういやお前の所は酒もダメなんだってな。でもここは夷陵だ。俺の地で俺がどうしようともお前には関係ないだろ?」

    そう言った狐は再び酒瓶に口を付けた
    その様子を見つめながら藍忘機は静かに口を開いた。

    「……君が、夷陵の狐か?」

    そう問いかけた言葉に狐は三日月のようににやりと笑う。その笑みは肯定を意味するのだろう。ならばと、話を続けようとすると少女が帰り支度を始めたのかごそごそと片付けを初めていた。

    「おっと、ちょっとだけ静かにしていてくれよな。お前の話は後でちゃんと聞くからさ……」

    そう口にすると男は懐から一枚の札を取り出した。そうしてそれに軽く息を吹きかけると札はたちまち小さな動物の姿に変わった。その小動物に男は一つ小さな果物を持たせる。そうして術の力で小動物を動かすと、その小動物を少女の足元まで動かした。

    「さて、早く帰らなくちゃ。そうだ、帰りに何か食べ物でも取って……」

    立ち上がった所で少女の視線が足元へと向かう。その足元には小動物が果物をもって立っていた。
    本来、野生の動物と言うものは人に懐く事はない。懐くように世話をしていればその限りではないだろうが、それも滅多な事ではないだろう。だから、それが分かっている少女は突然近寄ってきた動物に怪訝そうな表情は浮かべていた。

    少女の目にはさぞその動物が不思議に見えただろう。なにせ足元によってきた動物は人を恐れる事もなければ、その手にはまるまるとした果物を手にしているのだから。少女は怪訝そうに、だが少しだけ不思議そうに足元にいる獣に視線を向けると、その獣は何も気にしていないとばかりに堂々と足元まで近寄り、そっと足元に手に持っていた果物を置いた。

    「え?」

    少女の口からこぼれた驚きの声に、藍忘機は一瞬自分がその声を発したのかと思った。それほどまで動物の動きは不可解で、今置かれている状況を理解するのに思考がなかなか追いついてくれなかったからだ。途端に症状は顔をパァと明るくさせた。

    「ああ! お狐様だわ! きっとお狐様が母さんの為に果物をくれたんだ!」

    足元に置かれたくだものを手に、嬉しそうな声を上げる少女を目にし、藍忘機はやっと目の前にいる男の意図がわかった。

    「あの子の母親、もうすぐ子供が生まれるんだ。妊婦は栄養のあるものを食べなくちゃいけないからな」

    そう言葉を続けて、男は可笑しそうに笑う。果物を手にした少女は何度も祠に頭を下げ、自分の荷物をまとめると来た時と同じように慎重に山道を降りて行った。その少女の姿が見えなくなったのと同時に、藍忘機は手にしていた剣を鞘から引き抜いた。

    「おいおい、物騒じゃないか。藍家の龍は丸腰のやつに突然剣を向けるのか?」
    「君は規則に反している」

    はっきりとそう告げて、手にしていた剣の切っ先を魏無羨へと向ける。藍忘機の視線はどこまでも冷たく男の事を睨み付けた。並のものであればこの視線だけで恐れ戦いてしまうだろう。だが、眼の前にいる男は違う。ひょうひょうとした態度を崩さずに切っ先を向けられているにも関わらずへらへらとした笑みを浮かべていた。

    「規則って、おかしな事を言うなぁ。それはお前の家の話だろ? こんな山奥に住む俺には関係ない」
    「神獣は人の生活に干渉してはいけない」

    へらへらとする男を罰するかのように凛とした態度を崩すことなく言葉を続ける。神に連なる獣であれば知らないはずはない理だ。例えそれがどこかに明記されていなかったとしても、そうやって均等を保ってきたのだ。誰が定めたなど関係ない。そうする事が神獣の役目であり、それこそが人と神獣たちの間に引かれた明確な規則なのだ。だと言うのにこの目の前の男ときたら。

    「君は人間に入れ込み過ぎている」
    「別に彼女に何かしたわけじゃないだろ? 彼女の足を早くしてやったわけじゃないし、彼女の胸をでかくしてやったわけでもない」
    「君っ!」

    品のない言葉に思わず声を張り上げると、その様子を待っていましたとばかりに男はにやにやと楽しそうに笑った。なんて男だ。こんな場面だと言うのに、この男の頭の中にはまだからかって遊んでやろうなどと言う思考が見て取れる。

    藍忘機は礼節を重んじる龍に連なる一族の生まれだ。いつだって清く正しく己の役目を全うする為に生きて来た。なのに、この目の前にいる男は藍忘機と真逆であるかのようなふるまいをしていた。藍忘機にはそれが受け入れられなかった。

    「おっと女の子とまともに話をした事もない藍の二の若様には刺激の強い話だったかな?」

    男はへらへらと笑いながら祠に供えられた小さな花を手に取る。薄紅色に染まった木蓮の花を手の中で遊ぶように眺めると、ほんの少しだけ表情を和らげて笑った。

    「可愛い花だな。彼女が持って来てくれたんだ」
    「君は」
    「あ! 龍の若様! 上を見て見ろよ!」

     大きな声を上げたのと同時に魏無羨の指先が空を指さした。その指の動きにつられるように空を見上げた瞬間、右のこめかみに何かが触れる感触がした。慌てて体を退かせて、こめかみの部分に触れるとかさりと何か柔らかいものに指先が触れた。それを手に取ってみると、先ほどまであの男の手の中にあった薄紅色の木蓮が藍忘機の手のひらの中で揺らめいていた。

    「やっぱり美人ちゃんには花だよな。お前もそう思うだろ?」

    カッと頭に血が上ったような感覚がして、声を上げようとした瞬間、男は軽い足取りで地面を蹴り、そのまま近くの木の上の登ってしまった。

    「もう少しお前と遊んでやりたいけど生憎俺も暇じゃないんでね。じゃあな!」
     
    そう言ってひょいひょいと軽快に木の間を飛んで逃げる男に、土地勘のない藍忘機ではどうする事も出来ない。

    狐に化かされた。まさにそんな気分だった。まるで嵐のように藍忘機の前に表れた男は、同じく嵐のように颯爽と去って行ってしまった。身勝手な狐の行いに苛立ちを覚えて藍忘機は思わず手にしていた花を握り潰そうとし、やめた。
    傲慢な男だ。自分の行いが間違っていると分かっていながら、それを貫きとうそうとしている。だが、彼の瞳はどこまでも真っすぐであった。藍忘機に問い詰められている時も、決して視線を逸らす事なく藍忘機会の事を見ていた。あの瞳がどうしても忘れられない。
    そこまで考えて、藍忘機はそっと目を閉じた。

    青々とした葉が擦れる心地の良い音が流れる奥で、あの男の朗らかな声が頭の中で貼り響いていた。

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