ある日の遅滞戦術「私はお前を傷つけたくないんだ」
執務室の椅子に腰掛け、頬杖をついた麗しい横顔はそう言った。
「ほう」
聞いている、という以外に、特に意味を持たない相槌を打ちながら、月島は鯉登の爪先――長い脚を組んでいるために宙でゆらゆらしている――を眺めやった。
「傷つけたくないなら、傷つけなければよいだけでは」
「しかし時々そうでもなくなる時があるから困る」
「ほう」
一度目よりは、些かなりとも感情の籠もったものを返し、机を挟んで立っていた月島は問い返した。
「どんな時に傷つけたくなります」
そこでずっと横顔を見せていた鯉登が、ゆらりと月島のほうに顔を向けた。左頬に走る刀傷が、途端に顔の印象を精悍なものに変える。
「今みたいな時だ。そうやってお前がけしかけようとする時だ」
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