アフタートーク「ここのバスタブに湯なんか溜めたことがない」
と、彼に言われたときは一瞬言葉に迷ったのを覚えてる。そりゃ湯を張ったまま寝落ちしたら下手すると死んでしまうし、彼なら面倒だからとシャワーだけで済ませそうだ。それに、そもそもこの自宅に帰ること自体が月に一回程度だと云うから、仕方ないのかもなぁと、それはそれで納得したんだけれど。
「君が入れたいなら入れてもかまわんぞ」
お湯を、と。
俺の方を伺う無言の気配と、何やら含みが無さそうで有りそうな彼の口元に突き動かされて、上気した顔のまま振り絞った言葉は、
「一緒にお風呂に入ってください」
だった。
偶然引き当てた最適解。ナイス俺。
現に今、俺は彼と明け方の風呂を満喫している。ちょっと横に窮屈なのは俺のせいだ。ちゃんと大きくて深めの湯船は身長の高さをカバーしてくれるし、お湯のかさが増すから彼の肩が冷えることもないと思う。
それに、湯船の中でも案外出来ることは多かったりするのだ。
「……サテツ君?」
「あ、はいっ」
預けられた背中の向こう側から声がして、慌てて返事をした。ああ、やってしまった。黙りこくらないよう意識してたのに。
「すいません、なんか……初めて二人でお風呂に入ったときのことを思い出してました」
「は? 思い出さんでいい。碌なもんじゃない」
彼がフン、と鼻を鳴らす。
「そんなことないですよ」
本当に、そんなことないです。ヨモツザカさん。
離れようとする背中をもう一度抱き寄せて、血色の良くなった耳元に彼の名前を囁く。
「ヨモツザカさん」
「……なんだ」
「お風呂から上がったら、ゆっくり寝ましょう」
首筋に張り付いた髪の一束の奥に赤い痕を見つけて、俺はそこにもう一度口付けた。