通り雨『今どこに居る』
唐突なメッセージはいつものことだったけれど、どうにも気になって数分遅れの返信を打った。
『ギルドに居ます』
数分後、またメッセージが来る。
『来い』
何となく違和感がある。根拠は無いけど、俺の勘はこういう時何故かよく当たるんだ。
「おや、雨が降ってきたねぇ」
「マジかよ。傘持ってきてねぇぞ」
時間的にも、今夜はこの辺りで撤収になりそうだ。
『仕事終わりそうなんで、今から行きます』
そう返信してから、ロナルドに傘を貸してギルドを出た。だってドラさんがスナッて雨に流れたら大変だし。
通話を押したけど出てもらえない。自然と早歩きになって、気がつけば歩道を走っていた。雨が強くなってきたけどそんなのどうでもいい。早く行かないと。
「遅くにすみません! 所長さんに用が合って」
「ずぶ濡れじゃないですか! とりあえずこれ使って」
夜間の守衛さんにタオルを貰った。後日洗って返すと伝えてVRCの中に入る。頭と体を適当に拭きながらラボを目指した。
ラボの扉は生体認証で開く。中からロックはされてないようでホッとした矢先、開いた扉の真前に、ヨモツザカさんが立っていた。
「えっ、あ」
狼狽えているうちに腕を引かれて、あっという間に抱きつかれた。
「よ、ヨモツザカさん?」
俺、雨でびっしょりなのに……この人まで濡れてしまう。
「あの……」
「……」
今、どんな顔をしてるんだろう?
でも、やっぱり来てよかった。理由は後で話したい時に話してもらうとして、まずは着替えだ。
「すいません。検査着借りていいですか? ほら、俺、びしょ濡れで……」
「……」
検査着は仮眠室にある。結局、ヨモツザカさんを体の前に担いで移動した。でも、よく考えたらこんな状態で着替えるのは無理じゃないか?
「えっと、ちょっと待っててください」
仮眠ベットに転がして(後ろ髪を引かれたけど腕は強引に外した)、さっさと検査着に着替える。ああ、ヨモツザカさんがそっぽを向いてしまった。これは拗ねてるかも。
「……すいません」
「……」
検査着に着替えて、ようやく好きに抱きしめることができる。拗ねたヨモツザカさんの背後から腕を回して、懐に引き寄せた。
「……話したいことがあったらいつでも聞きます」
彼の薄青色の髪に顔を埋める。俺のせいで少し湿ってる。
「他にしたいことがあれば、できる限りします」
付き合ってるならセックスだって尚更だ。でも、それでこの人の心が癒せればの話であって、俺の欲求は正直二の次でいい。今日がダメならその次がある。
「今日は、一緒に寝てください」
仮眠ベッドの掛布を足で引っ掛けて手繰り寄せる。やっぱり、今日は寝てしまうのが正解だ。抵抗もないし、こうして抱き寄せていれば多分落ち着いてくれる。ただでさえ徹夜がデフォルトの職場だし、この状況に託けて睡眠をとってもらうのも手だ。悪い夢を見ようものなら、俺が追い払ってやる。
……そう意気込んでいた割に、長距離を走った疲れだったのか、いつのまにか俺はストンと眠りに落ちてしまった。
目が覚めると、ベッドの上からヨモツザカさんの姿は消えていた。シーツが冷たいから、離れて大分経ってるかもしれない。
乾いていた服に着替えて、無人のラボを出る。すると、ちょうどタイミングよくカズラさんに出会した。
「あ! お、おはようございます……」
「あら、おはようございます」
カズラさんは一瞬何か言いかけたあと、やんわりと口を閉ざした。
「あの、何かありました?」
「…………朝から出動要請があって、所長は一時間ほど前にここを出たの。服が乾いたら勝手に帰れって、伝言を伝えにきたのだけど」
「あはは! わかりました。了解です」
そこまで言えるなら、昨日よりかは随分マシだ。
カズラさんに別れを告げて、雨上がりのVRCを後にする。徐にRINEを開けば、ヨモツザカさんからメッセージが届いていた。
『今夜車で迎えに来い』
「……ははっ」
『わかりました』
反射的に、定型文みたいな返信を打った。
理由が気にならないなんて嘘になるけど、俺は『待て』ができる従順な犬だから気長に待つことにする。もしかしたら今夜、何か聞かせてくれるかもしれない。
……なんて、どこが気長なんだか。思わず自嘲してしまって、守衛さんに変な目で見られてしまった。