いい夫婦の日十一月二十二日。語呂合わせで「いい夫婦の日」だ。テレビ番組やネットのニュース記事のどこを見ても「いい夫婦といえば?」「世間が選ぶいい夫婦ベストスリー!」などという特集がしきりに流れてくる。
「いい夫婦の日かぁ……」
はぁ、と深くため息をつくむじなの姿を見て帝統が首を傾げる。
「それがどうかしたのか?」
「なんていうか、そのー……」
心配して声をかけてくれた帝統に、いざ理由を聞かれると少し言いにくそうにむじながもじもじしている。
「帝統くんと一緒になって、プロポーズもして頂いて、ありがたいことにもう4年も一緒にいるわけなのですが……」
「おう」
「街や賭場で帝統くんの隣を歩いていても、いい夫婦と思われるどころか、恋人ですかって聞き返されることもスキャンダルになることもないので、世間から見て僕って帝統くんのおよめさんとしてまだまだ釣り合ってないのかなぁ……って、ちょっと思うことがありまして……」
「あー……なるほどなぁ」
むじなの言葉を聞いて思い返してみれば、身ぐるみを剥がされた自分を賭場まで迎えに来てくれたむじなと並んで歩いている姿を見た賭場のおじさんたちが「よう! だいちゃん、今日はお守りか?」「そんなちっちゃい女の子こんなとこ連れてきちゃあダメだぞ」と笑われてはお守りでも子供でもなく自分の恋人であると訂正をした記憶が帝統にはいくつもあった。むじなの言う通り、賭場でも街を一緒に歩いてる姿を誰か他の人に見つかろうがスキャンダルとしてテレビや雑誌で取り上げられたことだって特にない。
そもそも帝統自身、別にむじなが恋人であるということを誰かに隠しているわけではないのだが、アンダーグラウンド寄りの治安の場所や、そういった界隈の人物との接触も珍しくはないギャンブラーという職業柄、自分の恋人であるという事実を餌にしてむじなが危ない目に遭うことも考えられなくはないと思い、そういう意味で知人以外におおっぴらに話すことは控えている部分は確かにあった。結果それが大事なむじなを守ることになるのならばと。ただ、それを抜きにしても一緒に歩いているところを目撃した者や、恋人だと訂正した事実を知っている者が少なからず居るにも関わらず「有栖川帝統熱愛発覚!」のような見出しのニュースが出たりはしないのは、やはりそういうことなのだろうかと思うところも一理あった。
「帝統くんが僕を選んでくれた。その事実だけで僕は本当にとてもうれしくて、しあわせで……スキャンダルになったりしないことは、帝統くんに迷惑をかけないという点でもとてもありがたいことなのかもしれないです。だけど……その、ちょっとだけ、他の人から見て僕と帝統くんがそういう風には見えないんだなぁっていうの、少しだけさみしいって感じることもなくはないかなー……なんて」
帝統に迷惑をかけなくて済んでいる事実が安心で、だけど誰かから見て恋人には見えない、恋人としてお似合いには見えないと感じられていることが少し寂しいという気持ちもある。そんなむじなの本音を聞いて、帝統は一度きょとんとむじなを見つめ返した後、黙り込んでしまった。
「ふ、……ふふ、あははっ!!」
「だ、帝統くん……?」
むじなの悩みを気の毒に思って黙り込んでいるのかと思えば突然背中を震わせて笑いを堪え切れないように吹き出した帝統に今度はむじなの方が首を傾げる。
「お前もそんなこと言うようになったんだな」
「へ……?」
「俺もお前も、人からどう見られてるかなんてあんま気にしねぇ性質で、なんならお前って甘えんのもわがまま言うのもすげー下手くそでさ」
「う……そ、それは……」
「そんなお前が『世間から見ても俺の嫁さんに見えるようになりてぇ』って思ってくれてるってことは『俺の隣を誰かに譲りたくねぇ』って思ってくれてるみてぇで、なんか俺、嬉しくて」
「えっ……!? ぼ、僕そんなこと言って……」
「言ってねぇけど、そういうことじゃねぇの?」
「…………そういう、こと、なんですかね」
帝統に言われて自分の気持ちを自覚した途端、むじなの顔がみるみるうちに赤くなっていく。まるで瞬間湯沸かし器のようだ。
「すみません……なんかほんと、しょーもないことでこんなみっともないとこ見せてしもて……」
「落ち着けって。話はまだ終わってねぇぞ」
動揺してぽつぽつと方言が漏れ出して目をぐるぐると回しながら話しているむじなに帝統が続ける。
「賭場のおっちゃんとか知らねぇ奴らはまぁ、お前が思ってる感じだけどよ、乱数と幻太郎は俺の前でお前のこと話す時に『帝統のお嫁さん』とか『帝統の奥さん』とか言ってくれてるんだぜ」
「ほあ…………」
帝統の言葉でトドメを刺されたむじなはぷしゅーー……という音を立ててついにオーバーヒートしたようだった。ぽかんと口を開けたまま動かない。
「ま、そんなわけだから、俺がいちいち報告したりしねぇだけでわかってくれてる奴にはちゃんとお前が俺の嫁さんだって認知されてるっつーことだ。安心しろよ」
「はい…………」
むじなの髪が乱れる程わしわしと豪快にその頭を撫でる帝統に、むじなは相変わらず顔を真っ赤にしてこくこくと首を縦に振っているばかりだった。
「話がふりだしに戻っちまうけど、まぁ、なんだ……世間の目がどうこうとか関係なく、俺とお前が好き合って一緒に居んのはこれからも変わらねぇんだから、これからも俺の嫁さんよろしくな」
「それはこちらのセリフです……僕を選んでくれてありがとうございます……!」
有名なMCでもあり、ギャンブラーでもあり、今や第二回ディビジョン・ラップバトルを制したチーム「Fling Posse」のメンバーである帝統のパートナーであることを誰かに見せびらかしたいわけでも、自慢したいわけでもない。一人の人間として彼のことが大好きで、だから傍にいられたら嬉しい。ただ、帝統がどのような人間であれ、他の人から自分たちの関係性を見た時に、こんなにも愛し合っているのに夫婦としては見られないんだという寂しさから生まれた杞憂もいつも通り見事に吹き飛ばしてくれる帝統の底抜けの明るさと真っ直ぐなところを改めて見せつけられて、やっぱりこの人を好きになってよかったなぁと強く心に思うむじなだった。