その少年が彼女の手を引き抜け出したのは、決して彼自身のためではなかった。太陽が沈んでしまってから、もう随分と時間が経っている。言いつけを破ってまで飛び出したその空は、深い紺色をしていた。
はじめに口を開いたのは、少女の方だった。
「ねえお兄ちゃん、いったいどこまで行くの?」
繋いだ手をきゅっと握り込んで、その少女は声をひそめてそう呟く。ここには二人の言葉を聞いている者など、お互い以外にいないのに。その仕草があんまり可愛らしくて、少年──サンデーはつい足を止め笑いかける。
「大丈夫だよ、ロビン。ほら、もうすぐだから」
もちろん、彼女のように、囁くような声音で。
◇
「着いた、ここだよ」
当主の屋敷から、子ども二人の足で三十分歩いてようやくの場所。そしてサンデーの、とっておきの場所。
「どうしても、キミを連れてきたくて」
そう言って、少年は年相応に笑う。こっそりと時計を確認して、小さく息をつく。よかった、なんとか間に合った。数日前に用意していた椅子を二つと、大きな毛布を一枚。あとは待つだけだった。
「星……きれい……」
これが見せたかったのね、と嬉しそうに空を見上げるその横顔は、どこまでも優しい。喧騒と街の明かりを遠ざけて、澄んだ静寂の中に群星は輝く。
「ねえ、ロビン。明日が何の日か、わかる?」
その手を離すのが惜しくて、もう一度握り直す。サンデーが言葉を発するのと同時に、夜空に一閃、また一閃。
「……誕生日、おめでとう。この流星群を、キミにあげるよ」
もう今日になっちゃったね、と少年は無邪気に笑う。ロビンの瞳が流れ星を反射してきらきらと光っている。それが夜空の一等星みたいに眩しくて、けれど星なんかよりもいっとう大事なものに思えた。
「あ! でも私、お兄ちゃんに何もあげられてないのに……」
「そんなの、キミの笑顔を見られただけで十分なのに」
心からの言葉だったのに、可愛い妹は満足してくれないようだった。
「だって今日は、お兄ちゃんと私の誕生日だよ。私だけもらってばっかりはよくないわ」
そう言って、ロビンは考え込むように流星の軌跡を見つめている。
──ああ、ずっとこの夜が続けばいいのに。
世界で一番美しい宝物を握りしめたままで、少年は心の中でそう呟いた。
「決めた! 私が将来歌手になったらね、きっとお兄ちゃんに特等席を用意するの。だからお兄ちゃんも、一番近くで私の歌を聴いていて」
絶対だから、と天真爛漫な笑顔を浮かべるその子に、一瞬見惚れてしまう。はっとして、そうして少年はそっと微笑む。
「……うん、絶対だよ」
だからどうか、そのときまでずっと、一緒にいられますように。
この手を、離さないままでいられますように。