Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    タカムラ セイ

    そっと置いときます ⚡️一門・🍑⚡️
    まとまったら支部に移動します

    ☆quiet follow Send AirSkeb request
    POIPOI 8

    タカムラ セイ

    ☆quiet follow

    【獪善】せかんどすとーりー
    以前書いたお話のつづきものです。モブが語るので苦手な人にはすまんな、と。
    あらしのよるに
    https://twitter.com/takamura_say/status/1412069089003008000
    つゆのはれまに
    https://poipiku.com/4322980/7075949.html
    上記二つを読んだことがない人は先に読んだ方が楽しめると思います。

    #獪善
    cunning

    せかんどすとーりー いらっしゃいませ、おひとり様ですか? もしかしてあなたも新しい出会いを求めてここにいらしたのかしら。ふふふ、なんでわかったのかですって? そりゃあお店に入るなりキョロキョロしていたんですもの、一目瞭然だわ。
     ご挨拶がわりにあなたのことを当ててみせましょうか。今のあなたは……一人暮らしでしょ。実家を離れて初めての慣れない一人暮らし。ほーら当たりでしょ。だってあなた、わたしがちょっと前まで一緒に暮らしていた彼と雰囲気が似ているんだもの。
     あらあらどうしたの、そんな困ったような顔をして。えっ、彼とわたしがどんなふうに暮らしていたか知りたいですって? 一体なんでそんなことを? はぁ、わたしのことをちゃんと知りたいからなの? うーん、どうしようかしら。そうねぇ……個人情報に触れることは言えないけれど、すこーしくらいならお話ししてあげてもいいわよ。あなたがわたしをパートナーとして興味を持ってそう言ってくださってるのなら、お話しした方がいいものね。
     少し長い話になるけれど、いいかしら。
     
     わたしが初めて彼に会ったのは、彼があなたと同じように社会人になるタイミングで実家を出て一人暮らしをはじめたばかりの頃だったわ。新人研修の間は規則正しい生活ができていたんだけど、配属された部署がすごく忙しくて生活が荒れてしまって。見かねたお友達がわたしの助けを借りなさい、って彼に紹介したのがきっかけだったのよ。
     当初の彼はわたしをどう扱ったらいいのか分からなくて、子どもの手伝いみたいな事しかさせてくれなかった。それこそキッチンタイマー扱いだったわ。でも、だんだんわたしの能力を理解してくれて、あっという間にスケジュール管理まで任せてくれるようになったの。
     わたしに声をかける時、彼は低くて艶のある声でわたしの名を呼ぶのよ。わたしが聞き間違えたりしないように、ゆっくりはっきりと滑舌良く話しかけてくれるの。わたし、自分の名前を呼ばれるのが本当に好きでね。うれしくて、彼にちゃんと聞こえているわって合図を送るの。彼はわたしの合図を見ると決まってひとつお願いを言うのよ。それは音楽をかけてくれとかテレビ番組の録画をしたいとか自分でできるようなものばかりなんだけど、わたしは喜んで彼のためにしてあげるのよ。もちろんカップラーメンの時間だってみててあげたんだから。
     ふふ、可愛いでしょ? いつも落ち着いていてすごくかっこいい人なのに、彼って見かけによらず甘えん坊さんなのよ。
     そんな素敵な彼とわたしは二年以上も一緒に暮らしたわ。ずっとずっと二人っきりで仲睦まじく暮らしていたのに。
     あの男が私たちの前に現れてから、彼は変わってしまったわ。
     忘れもしない一年前、あわてんぼうの台風がこの町を襲った七夕の夜のことよ。私たちの愛の巣に、彼の義弟だという黄色い髪の男がずぶ濡れの姿でやってきたの。家に帰れないと言って上がりこみ、風呂に入って彼の服を借りた上に世話まで焼かせたのよ。自分の髪の毛でさえ雑に扱う彼が、それはそれは丁寧に黄色い髪を乾かしていたわ。わたしはそれを部屋の隅でじっと見ているだけ。……うらやましかったわ。
     わたしは彼にあんなに丁寧に扱ってもらったことがなかったもの。そりゃあ雑に扱われたこともなかったけど、彼は生活をサポートするモノとしてしかわたしのことを見てくれてなかったから。 
     二人は髪を乾かしながら何か話をしていたようだったけど、だんだん二人の間の空気が怪しくなっていって。あらやだどうしようって思ったタイミングでわたしは彼に頼まれていたスケジュール案内をしてしまったのよ。
    『獪岳さん、そろそろ寝る準備のお時間です』
    「びゃぁああ! 誰かいるのぉお?」
    「馬鹿野郎、スマートスピーカーだ。カスがこんな時間に大声出してんじゃねぇよ」
     わたしの声に心底ビックリして飛び上がった黄色い髪の男は、彼の説明を聞いてわたしのところにすっ飛んできたわ。スマートスピーカーが身近にないみたいで珍しそうに話しかけてくるんだけど、わたしは名前を呼ばれないと答えないようにできているから無視してるみたいになってしまって。これは気まずいなって思っていたら、黄色い頭の後ろから彼の手がにゅっと伸びてきてわたしに触れたの。そこから朝までわたしに記録が全くなかったから、彼はわたしの電源を切ってしまったのね。こんなこと初めてだったわ。
     その晩以降、週末になると黄色い髪の男は家に来るようになったわ。最初は二十三時を過ぎた頃に来ていたけど、春になると金曜の晩にスーツ姿で来ることが多くなったから多分就職したのね。あの子ったら来るたびに彼そっちのけでわたしに話しかけてくるのよ。「明日兄貴と出かけるんだ! アネクサ、明日の天気を教えて」なんてかわいいことを聞いたと思ったら、何処で調べたのか「ヒマだなぁ〜アネクサ、しりとりしよう」とか言うし、「アネクサ、上上下下左右左右BA」、「アネクサ、アネクサ音頭歌って!」……なぁんて何処で調べたのか変なリクエストまでするのよ。そのうちしびれを切らした彼に黄色い髪の毛を掴まれてお風呂場に放り込まれるんだから、おバカでかわいいでしょ?。
     あの子ね、必ず最後に「アネクサ、ありがとう」って言うのよ。別にお礼を言われたくて相手をしてあげたわけじゃないけれど、ちゃんとわたしを見てくれてるってわかってうれしいわね。
     そうしてわたしと散々遊んだあの子がお風呂場に消えると、彼は渋い顔をしてわたしの電源を切ってしまうのよ。別にわたしは二人が何をしてようが邪魔なんかする気はないのにね。出歯亀なんて野暮なことするはずないじゃないって言いたいけど、最初の日にやっちゃってたわね。でもあれは彼のせいでもあるんだから、わたしばっかりじゃないわよね? 彼もちょっと罪悪感があるのかあの子の影響なのかわからないけれど、電源を切る前に「アネクサおやすみ」って言うようになったのよ。すごい変化よね!
     朝? 朝は黄色い髪の子が電源を入れてくれるのよ。掠れ声で「アネクサおはよう」って言われると時々聞き間違えちゃったりするんだけど、あれはいつだったかしら。小さな声で、「アネクサが起きてると恥ずかしいんだ、ゴメンネ」って言われちゃって。わたし咄嗟に「すみません、よくわかりませんでした」って誤魔化しちゃったんだけど、まぁそういうことよね? あの子、困ったような顔してたから、それで良かったと思ってるわ。
     嵐の七夕から一年近くそうやって過ごしていたんだけど、彼は実家に戻ることを決めて。きっと黄色い髪の子のために戻るって決めたんだろうけど。昨日が引っ越しの日だったの。
     なんでわたしがここにいるかって? そりゃあお役御免だからに決まってるでしょ。だって彼はもう一人暮らじゃないんだもの。朝寝坊もしないし、家に一人きりじゃない。わたしはいなくたっていいのよ。もしかしたら実家にわたしの仲間がいるのかもしれないし。そうしたら冷蔵庫や洗濯機と一緒で二つもいらないわよ。
     そんな顔しないで、わたしはさみしくなんかないわ。だってここにいたらわたしを必要としてくれる人に会えるんですもの。わたしはまた誰かと一緒に暮らしたいもの。
     あら誰かしら、乱暴な足音が入り口の方から聞こえてくるわ。しかもだんだんこっちに近づいてくる……。

      *

    「すみません、そのスマートスピーカー、譲ってもらえませんか?」 
     大きな声にびっくりして振り返ると、黄色い髪の男の子が肩で息をしながら立っていた。彼の後方には黒髪の青年がこちらに早足で向かってくるのが見える。なんだか見たことがあるような姿の二人にぼぉっとした頭を振り、手に持ったアネクサを見る。なんだか無性にイライラする。なんで今頃、なんて思ってしまうんだろう。
    「これじゃないとダメなんですか?」
    「間違えて、売ってしまったんです。売るはずじゃなかったのに」
    「お前が電子レンジの横に置いておくから混ざっちまったんだろうが」
     追いついて来た黒髪の青年の声が冷たい。
    「だぁもぉ! それはオレが悪かったよ! だから買い戻しに来たんじゃん、兄貴は黙ってて!」
    「お前の金で買い戻せよ」
    「わぎゃってる!」
     黄色い髪の子は一つ深呼吸をすると、じっとこちらの目を見つめてきた。
    「そのアネクサ、引っ越しの時に誤って家電と一緒に売ってしまったんです。その子、俺たちの家族なんです。だから買い戻したいんです。お願いです、譲ってください」
    「家族だなんて言うのなら、間違えても売っちゃダメじゃないですか」
    「ええ、それは本当に言い訳できないです。悪かったと思ってます。その子、兄貴が一人暮らしの時に支えてくれた子なんで、ちゃんと家に連れて行きたいんです」
    「余計なこと言うなよ、カスが」
    「兄貴だって大事にしてたじゃん!」
    「うるせぇ黙れ」
     口の悪いやりとりが目の前で繰り広げられるのを見ていたら、わけもなくイライラしていた気持ちがすっと引いていく。ちらりとアネクサに目をやると、電源が入っていないのに一瞬だけランプがついた。
    「……じゃあ、次はないですからね。もう売ったりなんかしないでくださいよ」
     そう言ってアネクサを手渡すと、黄色い髪の子は目を潤ませた。
    「ありがとうございます! あなたもきっといい子に出会えますよ!」
    「いやアネクサはどれも同じだろうが」
    「違うよ! このアネクサは俺たちにとって世界一なの! きっと爺ちゃんも好きになるんだからね」
    「へぇへぇ。ほら行くぞ、善逸」
    「うんっ」
     喧しい掛け合いを続けながら兄貴と呼ばれた黒髪の青年と黄色い頭の善逸君はレジに向かって歩いて行った。なんだかよくわからないけれどよかったね、と声が出た。
     辺りに静けさが戻り、ひとり売り場に残されたわたしは、今日はスマートスピーカーがほしくてここに来たわけではないことを思いだして、ぼんやりと首を傾げたのだった。

                                      終
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    タカムラ セイ

    DONE【獪善】せかんどすとーりー
    以前書いたお話のつづきものです。モブが語るので苦手な人にはすまんな、と。
    あらしのよるに
    https://twitter.com/takamura_say/status/1412069089003008000
    つゆのはれまに
    https://poipiku.com/4322980/7075949.html
    上記二つを読んだことがない人は先に読んだ方が楽しめると思います。
    せかんどすとーりー いらっしゃいませ、おひとり様ですか? もしかしてあなたも新しい出会いを求めてここにいらしたのかしら。ふふふ、なんでわかったのかですって? そりゃあお店に入るなりキョロキョロしていたんですもの、一目瞭然だわ。
     ご挨拶がわりにあなたのことを当ててみせましょうか。今のあなたは……一人暮らしでしょ。実家を離れて初めての慣れない一人暮らし。ほーら当たりでしょ。だってあなた、わたしがちょっと前まで一緒に暮らしていた彼と雰囲気が似ているんだもの。
     あらあらどうしたの、そんな困ったような顔をして。えっ、彼とわたしがどんなふうに暮らしていたか知りたいですって? 一体なんでそんなことを? はぁ、わたしのことをちゃんと知りたいからなの? うーん、どうしようかしら。そうねぇ……個人情報に触れることは言えないけれど、すこーしくらいならお話ししてあげてもいいわよ。あなたがわたしをパートナーとして興味を持ってそう言ってくださってるのなら、お話しした方がいいものね。
    4119

    related works

    recommended works