渡しておけばリツカは腕を組んで首を傾げ、眉間にキュ、と皺を寄せてむむむ、と唸った。
百人おったら百人が「悩んでいるなあ」という感じだったし、実際悩んでいた。来週、宮本伊織がカルデアに来て一周年になるのでプレゼントを考えていたところ。
この慣習は、まァ、割と初期から始まった。
最初はマシュの誕生日を祝ったのだ。ケーキとささやかなプレゼント共におめでとうを伝えた。
そしたらそれを見ていた茨木童子が「ずるい!」と声を上げたのだ。彼女はケーキを見てそう言ったのだろう。甘味の好きな彼女のことだ、ホイップの乗ったケーキを密輸のようにコソコソ渡していたので、ずるいずるいと言った。
「マシュの誕生日なんだ。特別な日なんだよ」
「ただ生まれただけではないか」
「それがとっても特別なことなんだよ。茨木童子の時も祝ってあげるよ」
「…では我は、甘味を貰えぬではないか。母上はそんなものくだらぬと言っていた。故に、我は生まれた日など覚えておらぬ」
そうだよな。誕生日など誰も覚えていない。私だって生まれた時の記憶なんて一切合切無く、人はみんな親に言われて、母子手帳で、自分が一体何時何処で生まれたのかを知るのだ。
英霊には誕生日がわからない者が多かった。だからリツカはカルデアやってきた日をその英霊にとってトクベツな日にして何時もありがとうのお礼をした。前はそれこそ誕生日のようにみんなに毎年やっていたことだったが、サーヴァントが増えたこと、常に過酷で忙しくなってからカルデアにきて一年経った日に少しプレゼントと日頃のお礼を言って次の年からは何もないということになった。
さて。話は戻るが。伊織はヤマトタケルや由井正雪、丑御前と大体同じ頃に来た。実は他の三人には渡すものが決まっている。しかし伊織だけがわからん。
ヤマトタケルは明らかにご飯が好きだし、由井正雪は学者だ、多くのものに対して興味関心を抱くタイプである。丑御前は──むつかしく思えたのだが、ありがたいことに、リツカは彼女から気に入られていた。魂がドウコウ、死の気配がアレソレ、などと言っているがそれも含めリツカの童子のような素直さを好く思っている。何故か?結局は丑午前と源頼光は表裏一体であり、頼光がリツカを可愛がるその心は、丑御前とて同じであるのだ。リツカ(我が子)からの贈り物であればなにであれ嬉しいのが親心というものである。
では宮本伊織はどうか。
何ものも嫌いだと宣う丑御前よりも、好きも嫌いも特に思い当たることが無いという伊織の方が余程難解なのである。
嫌いを避ける事もできず、好きを渡す事も叶わない。何を渡しても別段変わらぬ顔で「有り難く、頂戴する」と受け取られるだろうことが想像に難くない。
「どうしたモンかしら」
その日、由井正雪は落ち着きなく顔を左右に振ったり、意味もなく立ち上がってウロウロ歩き回ってまた同じ位置に正座をしたりを繰り返していた。
誰の目に見ても不自然であったが、誰の目にも触れぬから何も言われていないだけだ。
「由井さーん。由井正雪さーん!」
まるで病院の待合室みたいな呼び出し方をされ、しかし由井正雪は何も気にせずに患者みたいに「はい!」と声を出して立ち上がった。
声の主はマスターことリツカであり、返事の後ややあって開いた扉からひょ、と顔を覗かせた。にこにこの笑顔と共に。それを見て自分の予想は間違ってないと確信して正雪も顔を赤くしながらリツカを部屋に招き入れる。少し、ぎこちない。
「一年間、お疲れ様でした。大変、お世話になりました」
「う、うん。いや、私はサーヴァントとして当たり前のことをしてきたまで。別段、誉高きことは成していないが、それでも一介の英霊としてマスターの役に立てたのなら重畳。こちらこそ、貴殿の計らいには感謝の意を──」
「なんだか堅苦しいな」
「そうだろうか」
「ふふ、うん。由井先生らしくて好きだけれど。はい、これ、つまらないものですが…」
「有り難く拝領する、、、」
正雪はドキドキしながらそれを受け取った。カルデアのサーヴァントの間では知れたことである。一年、このカルデアで過ごすとマスターから褒美を頂戴出来ると。
「エ?クソほど欲しいが?」
それが大体の英霊が思うことである。誰かの元に仕えていた英霊は主人からの褒美を何よりの宝としているものだし、王位に就いていた者とて、自分が認めた相手であるマスターから物が貰えるなら、それが駐車場の石ころだってもらっておきたい。神だって捧げ物を貰うのが当たり前のこと、自分のマスターからの捧げ物なら勿論ほしい。もっと詳しく言うと国一つ滅ぼしてくれたらあげる♡と言われても「やる」と言う。物が大事なのではなく、誰から貰うかがとても大事なのである。
そういうわけで皆一年間、出来うる限り頑張ってみるものだ。たまに問題児もいるものであるが、古参のサーヴァントの「マスターから褒美をもらえなくなっても知らんぞ」は魔法の言葉だ。まるでクリスマスプレゼントをもらえなくなるかもしれない子供みたいにウッ、となってしおしおして悪巧みをやめたりする。
何が悪質かといえば、古参はそのように「まぁ別に止めないけど、どうなっても知らんがな…」という態度をするだけであるが、中間組はこれ見よがしだ。自分がもらったプレゼントをわかりやすく見せつけてきたり、「あぁ、マスターからもらったやつでね」と会話でマウントを取ってくる。
ギルガメッシュなんか間違える訳もないのに宝物庫から出して「む。これは雑種からの貢物であったか」チラ見せしてまた宝物庫に仕舞うのだ。コイツはそれを飽きずに長年やっている。悪質すぎる。
新参たちは皆それを「いいなあ」と思って見てきた。
そして今日、由井正雪は"勝った"のである。
リツカがいなくなった部屋ではやる気持ちを抑えきれず、プレゼントを震える手で慎重に広げ、そこに硯と筆、墨が入っているのをしあわせそうに眺めていた。
・
三人は全員子供の笑顔をしていた。
ヤマトタケルも、丑御前も、由井正雪も。
その光景だけで経済が動くような美しさがあるが、薔薇色の頬がなんとも子供っぽい。
「何時もに増して嬉しそうだな?」
「フフ、ふふふ。うん。うれしい」
ヤマトタケルはペカペカの笑顔でご飯粒を口の横につけたまま答えた。
「?そんなにはんばぁぐが好きか」
「確かに好きだが、それよりもだ。それよりも好きだ!」
「何が?」
「……エ?」
横で静かに、しかしどこか頬に笑みを浮かべながら食事をしていた由井正雪の箸も止まる。
二人は0.1秒、視線だけで会話をした。
「……き、今日はほら。我々がこのカルデアに与して一年ではないか」
「……?あぁ。そうなのか?もうそんなにか」
「エ?」
は?と思った。皆この日を指折り数えて待つものだろ。私は一ヶ月前から暦にバツを付けて待っていたぞ。
まさか。と思った。
伊織は多分、何も気にしていない。例え他の者に「これマスターからもろたヤツ!」と自慢されても「そうか」と思うだけで「なんでもろたの?」とか聞かんし、自分も欲しい〜とかもないだろう。問題児でもないので、古参から咎められる事もなく、、、知らぬままであのだ。
そして、この感じだと、多分、まだ、貰ってない。
ヤマトタケルは一番乗りであった「一年いい子にしていたぞ!マスター!」と部屋に飛び込んだ。正雪も静かに部屋で待っていた。何処にも行かなかった。すれ違うのが嫌だったからだ。丑御前は頼光四天王に睨め付けられようが、リツカの視界に入りそうなところでウロウロしていた。
「ご、午後は良い事があると良いな」
「……?そうだな」
またしても何も知らない
宮本 伊織さん(セイバー)
が出来上がってしまったが、もうここまできたらとことんそのままでいてくれと思った。
そしてもう二度と私のこと何も知らぬ常識がない人間の様には云わせまい、とヤマトタケルは思うのである。
・
リツカは頭を抱えていた。レイシフト先である。自分があと三人は乗れそうなくらいデカい切り株の上にドッカリ座って、一週間前と同じ顔とポーズで困っていた。
一週間、経ってしまった。
何も用意できていない、事はないが、これじゃないなぁという感じがあるのだ。
リツカは何度も渡そうかと思ってやめたお守りをポケットから出した。
見るからに手作りのそれは、布ばかりはミス・クレーンによって織られた物であるから大層立派なのだが、縫った本人が自分であるばかりに急に手作り感が出てしまった。
思いついた時は「これだ!」と思ったのに、なんだか出来上がってから渡すまでの間に、「違うかもな…」と思ってしかし代替案も出ずに今日を迎えてしまった。
レイシフト先で何かないかしらと思ったけどそんな都合のいいものがあるわけもなく。
「謝ろ…それでもう、何が欲しいか聞くしかないか」
何も要らぬと言われそうだが、その時はなんでも良いから言わせればよろしい。おにぎりとか、いいじゃないか。タケルに「せっかくなら残るものが良い」と言われて除外していたが、伊織には寧ろ残らない食べ物の方が良いのでは。
「と。いうわけで」
「なるほど、セイバーたちの話はそれであったか」
「何が良い?」
「……確かに、これと言って思い浮かぶものがないな」
だよね。そう言うと思いました。のでリツカは考えていた通りに「何もなければ、おにぎり作ろか?」と言った。
「…しかし、それは食べたら無くなってしまう」
「あ、え、うん。それは当たり前だね」
意外だ。気にするのか。
ムムム。と悩む伊織を見ていると、刀に愛らしい水引根付が揺れていて、あまり装飾華美にこだわりのない伊織の格好にはそれが浮いて見えた。
「……それ、さ。その水引根付…それって誰かにもらったものなの?」
「あぁ。妹と揃いだ。それは覚えているな」
「かわいいね」
やっぱりそうなのだなと思った。
リツカは踵をクッと浮かせて地面に落とす、体が縦に揺れるその動作を何度かした。この動作をする時は何かある時だと大体のサーヴァント走っていて、観察眼の鋭い伊織もその癖にはとっくに気づいていた。
「どうした、マスター?」
「んん。なにもないよ」
聞けば大体、素直に答えてくれることの多いリツカであるが、たまにこうやって何でもないのだと言う。
「何か気になる事があるのだろうか」
「んん」
頑なだな、と思った。あまり追及しても可哀想なので、伊織は話を戻し、結局何も欲しいものが思い浮かばなかったので、リツカにおにぎりを作ってもらえる事になった。
・
リツカはぐにゃりとマーブル模様を描く視界でなんとか手を自分の腰にやって目的のものを探すが、もう、力も感覚もなく、自分で自分の体を触っていることすら分からぬ有様であった。
「あ、」
ゴチャ、と頭から地面に突っ込んで、何かが皮膚を抉っても、それすらようわからなくて。
「あ、アンプル」
とにかくアンプルが必要だ。アンプルが──……
目の前に落ちていた。転んだ衝撃なのか、それとも先ほど感覚もなく体をまさぐっていた時に本当は掴んでいたのかは定かでないが、アンプルが目の前で砕けて落ちていた。高いものならないのは目に見えて確かだ。
終わった。そう思った。最後のアンプルだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
脳の半分では終わったと思うのに、もう半分が「生きろ」とひたすらに命令を下す。どうにかしろ、どうにか生きろと。
アンプルは尽きた、令呪も全部切った、英霊を呼び出せる魔力もない、誰もいない、詰みではないか、こんなもの。
「ウ…、」
それでもリツカは生きる方法を探して、何かを掴み上げた。それを握りしめるリツカの右手の人差し指と小指が欠けている。しかし何の痛みも感じていない。
「これ、」
あの時に渡せなかったお守りだった。
彼にはもう、大切な妹御のお守りがあるのだから、これは不要だろうと思って、言い訳をして渡さなかったお守りだった。
叶わぬ、そう思った。英霊となって再び血肉を得ても共にある、殆ど聖遺物と同じものだ。
伊織だけでなく、他のサーヴァントだってそう、私は彼らに何も残すことが出来ない。
烏滸がましい事だ。それでも、伊織には何か──消耗品でなくて、退去したら持っていけないものでなくて……彼が粒子の煌めきとなって消えても次の現界で記憶が無くても……ずっと、ずっと残る何かをあげたかったと思うのだ。
「……ぅ、うぁぁん!」
リツカは赤ん坊みたいに声を出して泣いた。怪我が痛いのではない。死ぬのが怖いでもない。ただ、渡せばよかったと思ったのだ。たった一年という時の短さに己の感情を乗せることを躊躇うなんて。他の誰かと比べるなんて。そんな事、するべきじゃなかったのに。
私は私しかいなくて、私と伊織の一年は他の誰とも違っていて、私は確かに彼に恋をしていて、このお守りもちゃんと……ちゃんと。
・
聖杯戦争。セイバー陣営。
「そういうわけであるから、それは俺のだ」
「いや違いますけれど」
女は布がピ!と張って限界を訴えつつあるお守りを哀れに思ったが、それを手放す気は更々無かった。
「これは!ひいばあちゃんから!貰ったやつだもん!!」
「だからそのお前の曽祖母から俺が受け取るべきものだったのだ」
「もらってねーならお前のじゃねーだろ!」
叫び虚しく、男の怪力に敵うわけもなく、ペッ!とお守りが奪われてしまった。
「あ"〜〜!!」
このクソセイバーふざけんなよ!マスターの言う事は聞けよ!とのたうち回る。
「必要なものだ。聖杯を手に入れた暁には、俺は」
「ひいばあちゃんを呼び戻すの?」
「そうだ」
「別にいいけどさ、聖杯戦争に勝ってアタシの願いも叶えてくれるならさ。
でもそん時はチクらせていただきますからね。百年の恋も冷めさせてやるんだから」
「ではその時は何とかさせてもらう」
「コイツアタシのこと殺る気じゃん。やべーやつだよー。ひいばあちゃん、なんでこんなヤツのこと好きだったんだよ……」