キューピッドは可愛いあの子今朝見た天気予報通りに、冬空に広がった雲から雨が降り出した日曜の夕方。
好きな歴史小説家の本を手に入れて家へと帰っていたときに、見慣れた桃色が目に入った。
「猗窩座…?」
一つ下の後輩であり、自分と勝負したがる、前世からの縁がある猗窩座が公園の隅の方で紺色の傘を持ったまま一人で佇んでいた。
よく見ると俯いていると思った彼は下の方の何かを見ているようだった。
そう思ったそのとき、猗窩座は持っていた傘を置くと濡れるのも構わずにその場から立ち去ろうとした。
「何してるんだ、あいつは!」
冬の今日、雨が降り寒さが増してくるというのに風邪をひきたいのかと急いで彼の元へと走る。
そして見えたのは段ボール箱。
(ああ、全く。君ってやつは)
「猗窩座っ!」
「うわっ!……杏寿郎?」
急いで自分の傘の中に濡れた彼を招き入れて猗窩座の傘の下にあるダンボール箱を見ると予想通りの光景がそこにあった。
「………捨て猫か?」
「だろうな……」
茶トラの小さな子猫がそこにいた。
猫の下には見たことのあるタオル、間違いなく猗窩座のものだ。空手の試合の時にも、使っているお気に入りのもの。
見た目で不良扱いされることもある、空手の有段者でもある彼は本当はとても優しいことを杏寿郎は知っている。
その表し方は不器用な面があるのは否定しないが。
特に小さく、守ってやらなければと思うものに関しては顕著だ。
「自己満足なのはわかってるんだ。
このままだとこいつは死ぬ確率の方が高いってことも。
………でも放って置けなくて」
弱々しく、ミーと時々鳴きながら震えるようにしている子猫を見ながらそういう猗窩座の瞳はいつもの活発さはなくとても切なげだった。
「うちは動物が飼えないから連れて帰ることもできないし……中途半端だな、俺は」
猗窩座の家はマンションで、動物は飼えないルールとなっているという。
探してやりたいが、当てもなく、学生の身分ではなかなか難しいと…せめてこの雨だけでも凌げるように傘を置いて行こうとしたらしい。
杏寿郎は少し考えたあと、己の傘を猗窩座に持たせて
置かれていた彼のタオルごとその猫を抱き上げた。
「杏寿郎?」
「ほら、君が抱っこしてろ。傘は俺が持つから」
そう言って子猫を猗窩座に渡すと、
猫を守るように置かれていた彼の傘をたたみ自分の腕にかける。
預けていた己の傘を再び猗窩座と猫を雨から守るように差すと
「俺の家に行こう」
「え…、で、でも」
「ひとまずうちで預かるから、ゆっくり飼ってくれる人を探せばいい。昔千寿郎が捨て犬を拾ってきた時も道場に張り紙をして探したんだ。大丈夫、きっと見つかる」
このままだと君もこの子も風邪をひく。
早く帰るぞ!と杏寿郎はニコニコと猗窩座を促した。
「本当にいいのか?」
「勿論だ!」
杏寿郎の言葉に漸く嬉しそうに微笑んだ猗窩座は
腕の中の猫に
「良かったな、レン。杏寿郎と必ず探すからな、お前の飼い主」
と優しく子猫を抱きしめる。
その微笑みに心臓がドキッとした杏寿郎はそれを誤魔化すように
「な、名前つけてたのか。
よろしくな、レン」
と猫を見やると、隣にいた猗窩座が
「こいつ、茶トラなんだけど耳のところの毛先が赤っぽいんだ。
………お前と同じだなって思ったら絶対に守ってやりたくなって」
だから、煉獄の煉なんだ。
お前の炎がコイツを守ってくれたらって。
嬉しさのあまりか猗窩座は思っていたことをそのまま口にしてしまい、気がついた時に長いまつ毛を瞬かせて顔を赤く染め上げると口を閉じてしまった。
言われた杏寿郎も先程から心臓が変に動いているし、隣の彼同様に頰は熱くなるし、
ああもう、どうしてくれようか、と思った刹那に自分の右手は勝手に彼の肩を抱き寄せていた。
「きょ、杏寿郎!?」
「あ、雨に!
レンが雨に濡れたらいけないから、こうしていれば君もレンも濡れないから」
もっともらしいことを言いながら杏寿郎は自分よりも少し背の低い彼の体温すぐそばに感じながら二人で家路を急いだ。
触れ合う体温が、寒い日なのにお互いに熱さを感じて
胸が苦しいほどでありながら
何故か雨なのに家に着くのが惜しくなるほどで。
(ああ、そうか。
俺は猗窩座が好きなんだな)
そう思い知らされた杏寿郎なのだった。
「レンー!遊びにきたぞー!」
結局、煉獄家の飼い猫となったレンは
レンに会いに度々遊びに来る猗窩座と杏寿郎のキューピッドにゃんことなり晴れて二人は恋人同士となったのだが…
レンにばかり構う猗窩座に
それはそれでとても可愛いのだが、恋人との二人きりの時間も死守したいと飼い猫と張り合う兄の姿を
千寿郎が半分呆れ顔で見ているのが煉獄家の日常となったのだった。
end