未熟な独白 ある日、手慰みに髪をいじっていると、一本白が混じっていることに気がついた。
(嘘だろ)
私はまだピチピチの若人だ。お酒も煙草も買えない年齢である。髪が白くなる年齢ではない。ということは、この髪が白くなったのは、ストレスか何かだろうか。若い者でもストレスが原因で白髪になることがあると、何処かで聞いた覚えがある。
しかし、髪が白くなるほどのストレスだなんて、心当たりが——
(……あるな、バリバリに)
頭を抱えた。
食事も睡眠もろくに取らず、部屋の掃除もマトモにせず、どころか風呂に入ることも稀の乱れた生活を送っている。そりゃ、ストレスが溜まっていると言われても反論などできやしないのだ。
(でも、どうして今になって)
生活リズムが崩れ始めたのは随分と前で、もうずっとこんな日常を過ごしているのだ。これでもまだ改善した方で、ここ暫くは空腹に意識を失いかけることも無いし、ちょくちょく風呂にも入っているし、決まった時間に起きれるよう努力もしている。ので、生活のせいで白髪が、だなんてことは、なんだか納得がいかない。
(じゃあそれ以外に原因があるのかな)
しかし漠然とした希死念慮も繋がりの薄く少ない人間関係も何もかも、随分と前から漂っていて、それでも昔よりは良くなっているのだ。だから、どうして、と思う。
どうして、と思って、あ、と思い至った。
(大きくなってしまったからかしら)
手足も髪も伸びて、視線は高くなった。
近頃は、就職や進学のことを考えなくてはいけなくなっている。
タイムリミットが近いのだ。
(子供のままではいられない……)
そのことが、もしか思った以上にストレスとなっていたのかもしれない。
例えば夏休みの初日と最終日、同じ二十四時間でも全く心持ちは変わってくる。無限に思われるような楽園の日々が、いつしか終わりを怯えながら過ごすようになるのだ。
(こわい、のかな)
いつまでも、駄々をこねながら閉じこもってはいられない。いつか、巣の外に出ていかなくてはいけない日が来る。ずっと子供のままではいられないし、きっとあの人もずっとずっと親でいることはできないだろう。
(でもきっと、大丈夫だよね)
ご飯の用意だって一人で出来るようになってきているし、お風呂にも入れるようになってきたし、卓上の使えるスペースをある程度確保できているし、決まった時間に起きることも一応はできている。あの人に見捨てられた途端気が遠くなってしまった外にだって、一人で自分の意思で出られるようになってきた。だからきっと大丈夫なのだろう。私は一人で生きていけるようになるのだろう。
そう考えて、どうしようもなく怖くなった。
(なんでだろ、きっと良いことのはずなのに)
一人で生きていけるようになってしまう。
ここのままでは、私は、一人で立てるようになってしまう。
そのことが酷く怖い。
(ああ、私はきっと、大人になりたくないんだ。ずっと子供のままでいたいんだ)
それはなんと我儘なことだろうか。
未熟なままでなんて、いられるわけがないのに。
ずっと青いまま、許されるまま、なんて。滑稽な我儘だ。
(それでも、ならないと)
いつか、ひとりで生きられるようになって、身も心もきちんと大人になれましたと胸を張って言える時、その時の自分の髪色はどのようなものだろうか。
(きっと真っ黒で真っ直ぐの綺麗な髪)
そんな願いを込めて、たった一本の白を切り取った。