想楽より遠く、灯台から近い位置。
静かに佇む黒い影。その長髪が不動光に照らされ、きらきらと揺らいでいる。彼の持つ槍───rb:三叉槍 > トライデントも同じく、光を反射し金属の冷たさを放っていて、どこか不気味だ。
だがその武器に誂えられたアイオライトは違った。彼が歩を進めるたび、少し角度が変わるだけで、色合いや深みが変わる。青から帯紫青色に、そして帯灰褐青色に。そのどれもが寒色なのに、暖かみを感じるのはなぜだろうか。まるで、いつも話を聞かせてくれる時の、好奇心と親愛に満ちた眼のように。
「地図さえない未踏の未来、けれど心が見つけた未来。
恐れず共に進むのは、4人乗りの小さなボートで。
目指すはアイドル新大陸です! 」
くるくると槍を回して、彼は高らかに宣言する。
地からせり上がってきたライトが夏の海の水影めいて、あたり一面を照らした。
「Legenders、古論クリス。
───泳ぎましょう、ネッタイミノカサゴのように!」
堂々とした自己紹介に、緊張は欠片も感じられない。
突然の仲間の登場に想楽は脱力し、抜けた声で呼びかけた。
「……クリスさんー?」
「想楽!数日振りですね」
「まさかここで会うとは思ってなかったけどー」
想楽は彼のもとへ走りだそうとする。しかし、クリスの背後にはあの灯台があり、灯台に向けて走ることが叶わない現象も変わっていなかった。
早々に近づくのを諦めて、想楽は迎撃の構えをとる。クリスの槍は厄介だ。しかもこちらは杖である。武器のリーチも体躯も相手が上。やや不利な状況だが、想楽は口角を上げる。この程度のハンデで諦める程度の人間ではない。
「上掛けを落としたら勝ちなんでしょー?心してかかってきてねー」
「……」
「来ないのー?」
「……『ぎらつく剣を手に久しくも』」
不意に何かを呟いた彼に、想楽は警戒を強める。足をぐっと踏み込んで、来るのを備えた。
音響のない地平というステージに、足音が響く。クリスの歩みに迷いはなく、それでいて形容し難い自信に満ち溢れていると見えた。
想楽は思う。数日前レヴューを見ていた彼は、あれほど堂々としていただろうか。
「『訪ね求めし仇敵ぞこれ……』」
飛び込むと決めていたのは分かっていたが、それにしては場馴れしているような、場を掌握しにかかっているような感覚を憶える。
洗練された光輝に見えて、新たな魅力を讃えることも出来るようなキラめき。
想楽は少し前から引っかかっていた。
黒猫に導かれ鏡の向こうへ。目的地へうまく辿り着けない迷い子。突如現れるもう一人の存在。クリスの呟く詩。
読み覚えがある。
「クリスさん、何か───」
ピン、と軽い音がした。
その正体が即座にわかり、想楽の首筋にじわりと汗が浮かぶ。
いつの間にか近づいてきていたクリスのrb:三叉槍 > トライデント。それが、上掛けを留めるボタンに刃を絡めていた。
灯台の灯りは二人を照らして、光源に背を向けているクリスの表情は見えない。長髪の隙間から、爛々と光る眼だけが見える。
「『ジャヴァウォックのいのちとりしや?』」
金のボタンが千切られて、そして。
上掛けは落ちない。
クリスは器用にも、ボタンのみを奪い取り、槍の先端で想楽の衣装と上掛けの紐や繊維を絡ませ縫い合わせて、上掛けを落とさせなかったのだ。
「……っ、なん、で。慈悲でも与えているつもり」
想楽の恐怖は動揺から怒りへと変わる。
二、三歩後ろへ下がり杖を構え直す彼へ、クリスは一瞬だけ悲しそうな顔をして、それからまた冷徹な表情へと戻った。
「終わらせられた筈なのに」
「まだ終わってはならないのです」
クリスの手にあった想楽のボタンが、瞬きをする間に黄金の冠へと変化した。
先程から想楽はクリスに対して、掴みどころがない違和感と仄かな苛立ちを覚えている。分からないことばかり話していても、全身全霊でこちらへ伝えようとしてくるのがいつものクリスだ。それなのに湾曲的で撹乱するような、意図の読みづらい言葉回し。まるで何かを演じているかのように、ステージで奇跡を操っている。
「鏡の国のアリスなんだよねー?演目っていうより……テーマ?」
「その通りです!さすが想楽ですね」
「ありがとうー。rb:僕 > 白の歩がその王冠を奪ってrb:クリスさん > 赤の女王に勝てば、rb:レヴュー > チェスも終わり?」
「ストーリーラインをなぞっても、そうでなくとも構いません。思う流れに身を任せてください」
クリスはすっと、rb:三叉槍 > トライデントを地面に立てる。気がつけば、舞台には均等に線が引かれていた。幾つもの十字の交差は、チェス盤を模しているように見える。
想楽は引かれた線を踏みつけて、クリスを見据えた。
「さあ───期待していますよ、想楽」
彼の意図は未だ読めない。
この場で分かり合うためには、ペンより刀が相応しいようだ。
「その期待は『Showdown the best game』?」
「ええ。良いステージに」
波瀾のレヴュー
𝑹𝒆𝒗𝒖𝒆 𝒔𝒐𝒏𝒈/𝖡𝖾𝗍 𝗒𝗈𝗎𝗋 𝗂𝗇𝗍𝗎𝗂𝗍𝗂𝗈𝗇