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    こはく

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    こはく

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    大人で弱いふたりのPsyBorg。左右曖昧(リバ)。
    🐑に嫉妬してほしくて浮気する🔮くんのお話。
    ⚠モブとの浮気描写が少しあります

    #PsyBorg

    溢れる指先からその想いを紡いで衣擦れの音がする。
    雑に身体を這うその両手に思わず眉を顰めた。
    「ねぇ、もう早くしてくれる?」
    相手はその言葉をどう受け取ったのか、すぐに性急なキスが降ってくる。
    一瞬、気が付かないほど少しだけ身体が強張った。
    そんな純情は捨てた筈なのに。
    頭に浮かぶたったひとりが、こんなときにも忘れられない。
    ほとんどの絶望と、微かな安堵で塗られた心が、
    長い夜に小さな痛みを残した。





    「おかえり」
    夕闇に紛れて濃く影の落ちたその姿を視界に入れた瞬間、浮奇は小さな叫び声を上げた。慌てて口を手で抑える。
    立地からしてかなり安い家賃で住まわせてもらっているこのマンションは、壁が薄いのだ。
    「どこ行ってたんだ」
    部屋には一切の明かりが灯っておらず、逆光で相手の表情を窺い知ることはできない。
    「…友達と、お茶してたんだ」
    嘘をつくのは、昔から意外と得意だった。
    内容はともあれ、表情に出さないということに長けていたのだ。
    それでも、じりじりと背中が灼けるようなその視線には冷や汗をかいた。
    「そうか」
    抑揚のない、どんなふうにも捉えられる言い方でそう告げた彼は、何事もなかったかのように台所に戻って料理を始めた。
    そこで初めて僕は、彼がエプロンを身に着けていることに気が付いた。
    「ふーふーちゃん、それ、やっぱり凄く似合ってる」
    急いで駆け寄って、背中から優しく抱きしめた。
    シンプルなデザインで淡い桜色のそれは、僕が贈ったものだった。
    「そうか?…まあ浮奇の目にそう見えるならいい」
    いつもより幾分かつっけんどんに思える態度には、思わぬ甘さが滲んでいた。
    「ふーふーちゃん、今日どうかした?」
    「……………うるさい」
    その照れたような口調に驚いて、思わず彼の腰に回していた手を解いてしまう。
    僕が見ていた彼は、少なくとも全くこんなふうではなくて。
    とにかくいつも、"年上の大人"みたいに振る舞おうとする厄介な恋人だった筈なのに。
    「ふーふーちゃん、」
    「…なんだ」
    「僕のこと好き?」
    それはここぞとばかりに投げかけた質問だった。
    てっきり、調子に乗るな、と釘を差される予定で。
    「…あぁ、好きだ」
    見たことがないほどしおらしくて愛らしいその姿に、僕は優しくキスを落とした。





    「随分と上機嫌だな」
    事も済んでさっさと帰ろうと、脱ぎ散らかされた服を掻き集めて着替えている最中にそう言われた。
    「そう?」
    相手は返答に期待をしていないのか煙草を吸い始める。
    室内では本当にやめてほしいなと、ベッドに居座る彼を睨みつけながら、かけてあった鞄とコートをさっと取って挨拶もせずに部屋を出た。
    上機嫌、か。考えながら廊下を歩く。
    意識してみると何だか、階段を降りる足も軽快に感じられた。
    だが、自動ドアを通って外の空気に晒された瞬間、僕の跳ねるようなその気持ちはいとも簡単に粉々に砕かれた。
    「浮奇、」
    その姿を視認した瞬間、僕は走り出していた。
    体力が削られるのが億劫なだけであって、まともに走れば学生時代もスコアはかなり良かった。
    それでも、そんな僕よりよっぽどできることの多い彼はあっという間に追いついてくる。
    手首を掴まれた。観念して立ち止まる。
    互いに呼吸を落ち着かせている間に、今日初めて彼の姿をまともに見つめた。
    彼は普段よりも柔らかい雰囲気の服装に、頭にはベレー帽を被ってサングラスをかけていた。
    何だか変装のようなラインナップだが、その前に。
    「ふーふーちゃんなにそれ…めちゃくちゃかっこいいんだけど……」
    刺すように冷たい冬の空気の中走ったせいで、白い肌を赤く染めている彼は、信じられないほどに格好が良かった。
    少女漫画の王子様みたいだ、と惚けながら心のシャッターを切る。何枚も。
    深い赤色のベレー帽から零れる銀髪が、あまりにも美しくて。
    「浮奇、気に入って褒めてくれるのは嬉しいが、今はそこじゃない。この後話せるか」
    小さな口が動いて、真面目な顔でそう尋ねられた。
    どうやら怒ってはいないようで、少しだけ悲しくなった。
    「話すことなんてないよ」
    先程までの格好良い恋人への賛辞で心躍る気持ちはまたもその恋人自身によって簡単に砕かれ、引き戻された憂いの中で僕は拗ねたように言った。
    「あるだろ!じゃなきゃなんであんなホテルに男とふたりで入っていくんだよ!!!」
    その返答に目を丸くする。
    彼にここまで大きな声で怒鳴られたことなど、これまで一度も無かったからだ。
    少しだけ怒った顔をした彼の、それでもなお真剣な眼差しが僕を射抜くように光っている。
    「ごめんなさい、」
    そう一言吐き出した瞬間、ぽろ、と涙が零れた。
    違う。ちっとも泣きたかったわけじゃないのに。
    彼はそれを見てはっとした表情になり、慌てて強く握っていた手首を離した。
    「ごめん、悪かった。怒ってるわけじゃないんだよ」
    謝りながら優しく抱きしめられる。
    「どうして、」
    「ん?」
    「そんなに優しいの、」
    彼の穏やかな心音に身体を委ねながら、仕舞っていた感情が溢れ出すのを感じていた。
    「ふーふーちゃんは、本当に僕のことが好きなの?僕が他の男とあんなことしても、悔しくないの?嫌じゃないの?」
    泣きながら、力のない拳で彼の両肩を何度も叩いた。
    ずっと自分ばかり好きみたいで、苦しくてたまらなかった。
    こんな思いするなら、いっそ片想いのままがよかったな、なんて何度も考えてはひとりきりの寝室で泣いていた。
    「嫌だよ」
    きっぱりした声が、頭にはっきりと響いた。
    思わず、涙でぐちゃぐちゃなまま顔を上げると、彼は眉を少し吊り上げて、睨むような目をしていた。
    その瞳の奥には強い熱が光っている。
    「ごめん。俺が寂しい思いをさせてたんだな」
    顔を見られたくないのか、きゅっと抱きしめられた。
    初めて触れるような彼の本音を表情まで余すことなく見ていたかったが、それを強請れば話まで聴けなくなってしまいそうでおとなしくその腕に収まる。
    その心音は先程よりもずっと速くて、追い掛けるように僕の鼓動も高鳴った。
    「どんなふうにすればいいか、わからないんだ。浮奇には多分、俺がどれだけ君を愛してるかちっとも伝わってないと思うよ。好きで、好きで、怖いんだ。君は自由で美しい人なのに、俺がそれを縛ってしまうんじゃないかって」
    初めて聴く言葉の数々に、愛しさが決壊したみたいに溢れた。
    この不器用な人は、小さな頭の中でそんなことを考えていたのか。
    「ふーふーちゃん、顔を見せてほしいな」
    「…嫌だ」
    「どうして?」
    「情けない顔、してるから」
    弱々しい否定だったので、ゆっくりと肩に手を置いて身体を離した。彼はやっぱり抵抗しなかった。
    少し下から覗き込むとそこには、確かに情けなく下がった眉と、見たことのないくらい赤く染まった頬に、潤んだ瞳があった。
    「かわいい…」
    思わず口から零れたそれに、彼は力無く首を振った。
    「ふーふーちゃん、僕を縛ってよ。僕は君といるときの自分が、一番好きだから」
    すっかりおとなしくなってしまった愛しい人に、僕はにっこり笑って言い切った。
    彼は刹那に驚いた顔をして、すぐにそれを崩すと、笑った。
    彼のこの屈託のない笑顔と、周りをも笑顔にしてしまう愛らしい笑い声が大好きだった。
    「いいのか?自慢じゃないが愛は重いぞ」
    「僕もだよ。覚悟して」
    やっと互いの視線が合わさって、その間を流れる空気には、擽ったいような信頼が透けていた。
    「ところで、どうしてあんなことしたんだ」
    あんなこと、とは確実にさっきまでのことで。
    「ふーふーちゃんに、嫉妬してほしくて」
    後ろめたくなりながら小さな声で白状すると、彼は豪快に笑った。
    「成功だな」
    聞き逃さなかったその言葉に驚いて叫ぶ。
    「したの!?」
    「さあな」
    彼は人の気も知らずに機嫌良く笑っている。
    こんなことならさっき落ち込んでいるタイミングで聞けばよかった、と、後悔してぶつぶつ言っていると。
    「理由、それだけか?他にもあるなら改善するよう頑張るよ」
    明らかに僕に否があるそれに対してもそんなふうに言えてしまう彼の余裕に、愛を感じながらもやっぱり悔しくなる。
    「……………ふーふーちゃんが、夜、全然してくれないから、かな」
    口を尖らせて、自分の顔が赤いのをわかって言う。
    こういった話は寧ろ得意分野であるはずなのに、この人の前ではいつでも初恋の初々しさまで引き戻されてしまう。
    「…善処するよ」
    すっかり前を向いてしまって、大事なときに顔を見せてくれない彼の耳が真っ赤に染まっていた。
    暫しの心地良い沈黙。
    隣を並んで歩く幸せを、噛み締めていた。
    手の甲が触れ合って、
    優しく絡んだ右手からは全く同じ温度がして。
    綻ぶように浮かべた微笑みには、北風すら祝福を謳っていた。
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