照らした愛はいつも愛しい恋人は朝から仕事に出ている休日。
穏やかな昼下がりを割って響いたその軽やかな音に、小さな穴の空いた布団の修繕をする手を止めてインターフォンに駆け寄った。
何ら動揺することのない、宅配便の配達員の姿。
ただ、この時点で既に少し不安が頭を掠めていた。
何か段ボールデカくないか……?
取り敢えず立ち尽くしていたって何にもならないし、こんなことは受け取ってから考えれば良いのだと割り切って玄関のドアを開ける。
「宅急便で〜す」
若い男のさらっとした声。茶色寄りの金髪が揺れていて、その額には粒のような汗が浮かんでいる。
その逞しい腕が抱えているものを見て、俺の頭は疑念を確かなものに変えた。
「すみません、重かったでしょう?」
言いながら受け取ろうとすれば、彼は至極慎重に荷物の体重を明け渡した。
その行動のとおり、ゆっくり伸し掛かってきた重さは尋常ではなく、俺は即座にそれを玄関に置いた。
「いえ、仕事ですから」
お気になさらず、と笑った彼からはプロフェッショナルの香りがして少しだけ眩しく思った。
サインをして、今一度お礼を言ってからドアを閉める。
振り返って改めてその荷物が視界に入ると、そっとため息を吐いた。
この家の住人はふたりだ。俺と、かわいい恋人。
同棲して3年になるが飽きが来るだなんて頭の片隅を掠めることもなく、彼といる時間がこの世で一番好きだし、いつまでも格好良いと思ってほしいなんて大学生みたいなことを考えていたりする。
客観的に見たとて、彼はとてもかわいらしい人だ。
事実付き合う前は、彼の人から向けられる恋愛的な好意に鈍いところに頭を悩まされていた。
自分の想いが伝わらないことはもちろんだが、向けられているものに気付かない故に気安く触らせてしまったりすることも中々に大変だったのだ。
そんな愛らしい彼と隣で一緒にいられる、それだけでこの世界に文句などひとつもない。それはそうなのだが。
回想に耽っていた視界が、目の前の段ボールをフォーカスする。
覚悟を決めて見た中身の欄には残念ながら記入はなかった。
彼のことだから今日届くことはちゃんと把握していた筈だし、そもそもが隠し事をするようなタイプではないとわかってはいるのだが、不快な思いだけは絶対にさせたくないので勝手に荷物を開けることはしないと決めていた。
つまりはどちらにせよ、彼の帰りを待つしかないのだ。
そう考えた俺は潔く思考を切り変えて、先ほどの修繕作業の続きに取り掛かった。
*
洗い物をしていると、カチャという控えめな解錠音が聞こえた。
随分早いご帰宅だ。
「ただいま〜!」
その明るい音色が、一瞬で心に貼り付いた寂しさを透かして、動揺した。
それなりにちゃんと休日を謳歌していたつもりだったのに、自分はこうもこの人に惚れているのかと笑ってしまう。
「おかえり、シュウ」
玄関まで迎えに行くと、凭れ掛かるようにされた抱擁をしっかり受け止める。
「んへへ、寂しかった?」
自分も今しがた気が付いたようなことがどうしてわかるんだと目を丸くした。
その心の声すら聞こえたかのように、彼が言う。
「だって朝出るとき、行かないでって顔してたもん」
いい年して年下の恋人にそんな顔を見せた自分が恥ずかしかったが、蕩けるような顔で嬉しそうに微笑んでいる彼に免じて自分を許してやる。
「それは…すまない。行き辛かっただろう」
「ううん。朝からかわいいふーちゃんにお目にかかれてラッキーだった」
早く帰りたくてお仕事RTAしてきた、と笑う彼を今度はこちらからぎゅっと抱き締めた。
それなりに年相応にはどろどろした恋愛も経験してきたつもりだが、この美しくて純真な人の前ではいつだって初恋まで引き戻されてしまう。
温もりのある彼との触れ合いはいつも確かに心の哀を溶かしてくれる。
「早く帰ってきた理由はそれが一番だけど、元々ちょうど用事もあったから」
そういうと少しだけそわそわしだす彼。
「用事、って荷物のことか?」
「え!?」
なんで知ってるの?という顔できょとんと見つめられる。かわいい。
「今日昼過ぎくらいに届いたよ」
「うそ。夜来るように頼んでたのに」
少し焦った様子の彼は案外珍しくて、ひとしきり観察してから尋ねてみた。
「それで、何を頼んだんだ?」
「あ、え、っと…………テレビ……」
存外あっさり教えてくれたのち、その視線はゆっくりと横にずらされた。
「……今家にあるやつ結構古いし、Blu-rayレコーダーだってついてないでしょ?ふーちゃん映画もアニメも好きだし、綺麗な映像のほうが良いだろうなって前から思ってて、そしたら目星つけてた多機能なのがセール中で…………つい」
高い買い物故どうしても決まりが悪いのか、視線をそらしたまま告白を受ける。
まんまるな頬の高いところが、少しだけ赤く染まっていた。
「ありがとう、」
元より頭は抱えど怒ったりは少しもしていなかったので、幼気な理由に心臓が甘い音を立てていた。
「俺のために買ってくれたんだ?」
こくり、と頷いてやっとこちらを向いてくれた瞳は僅かに潤んでいて、今度は俺が目を逸らした。危ない。
「設置してみようか?」
説明さえあれば興味のほうが勝ってきてしまって、そう自分から提案した。機械いじりは昔から好きだ。
彼は途端に表情をぱぁっと輝かせる。
「うん!やろう」
他にもオプションがたくさんあって、それなのに30%も安かったんだよ!と、よっぽど欲しかったのだろうはしゃぎ方で入手した情報を細やかに教えてくれる声を聞きながら一緒に設置の作業をした。
正直なところ、彼と一緒に観られるなら映像の良さなんて関係なかったが、何よりもその気持ちが嬉しいのだ。
このテレビを見るたび、今日のことを思い出すのだろうと、堪らなく嬉しいそれにそっと微笑んだ。
思い出が積み重なっていくふたりの家は、もうきっとかけがえのない場所で。
これからもこんな日々が続きますようにと、そっと密かに祈りを捧げた。
橙色の光に照らされた彼の横顔は今日も眩しく、優しく穏やかに華やいでいた。