プールでラキスケ杏こは(🎧🐹+🥞☕️大前提) セカイでカイトさんと新しい曲を練習してたら、高級ホテルにありそうな屋外のプールができた。満足するまで歌いきったから、私と杏ちゃん、東雲くんと青柳くんの二手に分かれて、各々が晴天の中季節外れのプールを満喫してる。
持ってきた水着に着替えて、プールサイドで杏ちゃんとおしゃべり。座って足をつけてる状態だけど、冷たくて気持ちいい。雲ひとつない青空から差し込む日差しが水面を反射して、キラキラで眩しいな。
「ふぅ…歌った歌った~! やっぱり水着持って来てよかったね、こはね!」
「うん、そうだね。こんな素敵な場所で歌えるなんて…。杏ちゃん、その水着すっごく似合ってるね」
急に話題を逸らしちゃったけど、私は言い出すタイミングをずっと伺ってたそれを振った。私の台詞に、杏ちゃんはフルーツのオレンジみたいに艶々した綺麗な瞳を見開く。
杏ちゃんの水着はトップスが無地のカーキ色のオフショルダーで、首周りやお腹を出してるタイプのもの。杏ちゃんは私より背が高くて、程よく筋肉もついてるからスタイルがいい。私には着こなせない大人っぽい水着が似合っててかっこいいなぁ。
「あああ! 先越されたちゃった~…。私もいま、こはねの水着姿に感想言おうとしてたの!」
「え? そうなの? …ご、ごめんね…?」
「…っ! えへへ…、ウソウソ! かわいいからいいよ〜! こはねも花柄めちゃくちゃ似合うねっ。肩とか背中の大きいリボンも良いじゃん! かわいい感じがこはねらしいな」
「ふふ…ありがとう。お花柄のワンピースって子供っぽいかなって思ってたんだけど、杏ちゃんにそう言ってもらえたなら自信がつくよ」
「もう〜こはねってば。そんなに褒めても抱きしめることしかできないよ〜?」
(……あれ?)
両腕を広げて笑う杏ちゃんは、ポーズを取ったまま動かない。一瞬、私から抱きしめるんだっけ? って思い返しちゃったけど、たしかにさっき、杏ちゃんからするって言った。
(違和感、って言ったら大袈裟だけど、杏ちゃんに抱きつかれないって何だか不思議な感覚だな…)
「私肌を出すのってあんまり得意じゃないから、お腹を隠せる水着が多くて良かったよ」
「あ〜…日焼けとかも気になるよね。ここも焼けたりするのかな?」
「どうなんだろう? セカイはずっと晴れだし、暑くて汗はかくけど、日焼けは考えたことなかったな」
そうこう話しているうちに、目端の杏ちゃん側の方からカイトさんが歩いて来るのが見えた。
「……あっ。杏ちゃん、カイトさんがこっちに向かって来てるよ」
「あれっほんとだ、カイトさーん!」
私が教えると横を向いた杏ちゃんは腕を大きく振る。カイトさんも負けないくらい腕を高く伸ばして「こはねちゃん、杏ちゃん!」って返事をしてくれた。歌い終わった後メイコさんのカフェに行くって言ってたけど、その戻りかな。
「ふたりはここに居たんだね。彰人くん達とはいっしょじゃないの?」
「はい。あっちはあっちで彰人が冬弥に泳ぎを教えるって言ってたし、私たちが行ったら冬弥に気を遣わせちゃうかなと思って」
「そうなんだ……。ねぇ杏ちゃん、それってどこでやってるか分かる? 僕もその授業受けに行きたいな」
「カイトさんって泳ぐの苦手なんですか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけどね。なんだか楽しそうだからさ!」
「あはは…それ、彰人には言わない方がいいですよ〜。あれは冬弥限定ですから」
「付きっきりだったもんね。ストレッチを見ただけだけど、専属のコーチみたいでしたよ」
「あはは! それはますます楽しみ!」
「——おい、何をオレに言うなって?」
カイトさんを交えて話をしてたら、突然、私たちの後ろから東雲くんの声がした。
「…わぁっ」
「わっ」
杏ちゃんといっしょに振り返ると、少し離れたところに水着姿の東雲くんがいた。ムスッとした表情をしているのは、自分のいない所で名前を出されたせいかな。肌も髪も濡れていて、いまはどっちの耳もピアスは付けていない。
「うわあっ び、ビックリした……彰人くんか…」
「別に驚かすつもりで声掛けたんじゃねえんだけど…。お前ら、プールサイドでよくそんなにはしゃげるよな。入らねえのか?」
「入りたい気持ちは山々だけどさ、髪が濡れると乾かすの大変なんだもん」
「杏ちゃん髪長いもんね。ドライヤーは戻らないとなさそうだし、私も手や足を入れるくらいで十分だな」
「ね〜! 私はこはねと話してるだけでもすっごく楽しい! ってか、彰人はなんでこっちに来たわけ? 冬弥は?」
「一人で練習するから少しの間好きに過ごしていいって言われたんだよ。そんで、この辺りを適当に散歩してた」
「冬弥くん泳げるようになったの? すごいすごい!」
「仰向けで水面に浮かぶのと、クロールが出来るようになったぞ。…まぁ、息継ぎはもう少し掛かりそうだけどな」
「よっ、専属コーチ!」
「さすが彰人くん!」
「茶化すんじゃねえよ…。それにオレじゃなくて、頑張ってんのは冬弥だろ」
「あはは…」
「ねぇ彰人くん、僕もふたりの方に行ってもいい? こはねちゃん達はまったり過ごしたいみたいだからさ」
「別にいいですけど…、冬弥の邪魔はしないでやってくださいよ」
「大丈夫! いい子にしてるよ!」
「へーへー。こはね、杏。冬弥が帰るっつったらこっちは戻るぞ。じゃあな」
「ばいばい、ふたりとも」
「はい、今日はありがとうございました」
手を振って別れると、後ろに両手をつけた杏ちゃんが空を仰ぐ。水の中で足をバタバタさせてるから、水面にポコポコって泡が浮かんだ。
「ちぇ〜…冬弥の成長したところ見たかったなぁ。彰人がひとりじめってずるくない? カイトさんもいるけどさ」
「うん。私も見てみたかったけど…きっとまたの機会だね。歌った後だし、青柳くん疲れちゃってるかも」
「だよね〜」
私も杏ちゃんみたいに足をバタバタさせたいなと思って後ろに手をつける。だけど、水中で足を動かそうとした途端、水圧に押し負けて身体がふらついた。
「きゃっ…!」
「こ、こはね」
背中が倒れてプールの中に落ちる——そう想像したら怖くて目を瞑っちゃったけど、痛みや衝撃はなかなか来ない。おかしいなって目を開けたら、目の前にはぼやけた肌色が広がっていた。
(あれ? なんだろう、これ…?)
「こはね、大丈夫」
杏ちゃんの声がすごく近くからした。どういう状況なんだろう、って目線をきょろきょろさせてみたら、星型の髪飾りと黒髪が見えて、そこでようやく、目の前に広がっているものと触れているそれが杏ちゃん肌だってことに気がついた。
「ごめんね、強引に引っ張っちゃって。腕痛くなかった?」
「…っ!」
上を見上げると思っていた以上の至近距離で、杏ちゃんの顔に鼻先が当たった。
腕を掴まれてる感覚、膝に少し擦れたような痛み——やっと視界に映るもの以外のことも考えられるようになって、いま置かれてる状況を客観視できた。
私はプールサイドに膝をついて、正面から杏ちゃんにしがみつく体勢になってた。片腕を掴まれてるから、咄嗟に抱き寄せてくれたみたい。隣からそうしてくれたってことは、かなり力を込めてくれたんだろうな。
(で、でも……ど、どうしよう…この体勢…!)
杏ちゃんに触れられてる腕——それだけじゃない。脚やお腹や胸が当たってて、肌が直接触れ合っていることを意識し始めたら、心地いい温かさややわらかさにまで向いちゃった。普段、服の上から触れ合う感覚とは全然違う。時々香る杏ちゃんの髪の匂いまでしてきて、それだけ密着してるんだって思い知らされる。
「もう、せっかく我慢してたのになぁ…」
「——え? …が、我慢? 私、杏ちゃんに何か我慢させちゃった…?」
杏ちゃんが低く呟いた台詞に首を傾げる。いつもよりずっと近くからする声に、お腹の奥がきゅうって締めつけられるような感覚がした。不安定な姿勢のせいなのか、それとも、珍しい声色のせいか。
「ううん、なんでもないよ。…それよりさ——いつもは私からこはねに抱きつくけど、今日は逆だね」
少し低くて、でも優しくて甘い声。いつもと違うその声色にドキドキしてたのに、今度は耳元で囁かれた。びっくりして身動ぎそうになったけど、これ以上身体がくっついちゃったら、私の身がもたない。
「…っ~! あ、杏ちゃん…これは…!」
「分かってるよぉ。こはねはわざとやらないもんね」
上擦った声が恥ずかしかったけど、そんな私を宥めてくれるかのような話し方に、胸の辺りがぽかぽか温かくなる。
早く退いてあげないとって何回も考えるのに、それと同じくらいこのままでいたいって気持ちがたしかにある。もう少しだけ、杏ちゃんと触れ合っていたい。
「こはねの肌、白くてやわらかいなぁ。ずっと触ってたいよ」
私も同じことを思ってたよ、って言いたかったけど、杏ちゃんの腕が背中にまわって抱き返される。
(も、もうダメ…! これ以上くっついちゃったら…——)
「ねぇこはね、今すっごくドキドキしてるでしょ? 心臓の音、私にまで聴こえてくるよ」
「…っ!」
前髪越しのおでこにキスをされた。見上げた私の顔を見て嬉しそうに微笑む杏ちゃんに、身体中がぶわっと熱くなる。ほっぺたがヒリヒリ痛むから、きっと恥ずかしいくらいに赤面しちゃってるんだと思う。