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    ebizou_1127

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    ebizou_1127

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    西廠発足間もない頃のお話。
    鞍上

    #成化十四年
    14thYearOfChenghua
    #汪植
    wangShik
    #丁容
    dingRong

    鞍上「丁容。少しの時間でいいから、ひとりになりたい」

    と、督公が小さな声で仰った。

    つい先日、西廠の提督となった少年にとって、あまりにも膨大な業務。

    日々黙々とこなしておられ、その疲労は充分に推察出来るものだった。

    「承知しました。何かありましたらお声掛け下さい」

    その憔悴しきったお声に驚き、私は早々に席を外した。

    …そうは言ったものの、半刻程経った頃にはやはり心配になり、そっと執務室を覗いてみた。

    長椅子に、督公の装束が無造作に置かれ、葛籠が開いている。

    外套と衣装のいくつかが見当たらない。

    西廠の門衛にも確認をしたが、この一刻の間、人の出入りはないと言う。

    先日お教えした、裏の木戸か。

    裏は昨夜の雨でぬかるんでおり、木戸に向かって真新しい足跡があった。

    督公は、幼少の頃より宮中奥深くでお仕えしていらしたので、単独で外出されたことは殆どなく、都にはお訪ねになるような知己はいらっしゃらない、と聞いている。

    装束がここにあるという事は、外へ出られたのは確実だ。

    私は最悪の事態を想定し、血の気が引いた。

    お探ししなくては。

    私は急いで馬丁に馬を引いてくるように命令した。


    まずは見知った道をお通りになると仮定して、何度か所用でご同道した経路を辿ってみる。

    西廠から徒歩一刻で行ける範囲の大路はほぼ見て回ったが、見つからない。

    西廠投入しかない、と諦めかけたその時に、見慣れた色の外套が、視界の端に入った。

    慌てて後を追う。

    間違いない、督公だ。

    私は馬を下り、連れて来た馬丁に手綱を預けると、そっと近付き、

    「探しましたよ」

    と言いながら、お肩に手を置いた。

    「…遅い」

    明らかに不機嫌なご様子。

    「え、あの、申し訳ありません」

    「あんなに分かりやすい足跡と、机には桂順齋の包み紙まで置いてきたのに」

    ああ、そう言われればあったような。

    しかもここは桂順齋の近くだ。 

    「私か好きな点心を売っている店周辺にいそうな事くらい、察しがつかないか?」

    どういう意図で外に出られたのかと思っていたが、私の危機管理能力をお試しになったということか。

    「ひとりにしてくれと言われて、本当にひとりにするやつがあるか。しかも馬一頭では、二人乗りせねば刻限までに戻れないではないか」

    萩の下風のような低く冷たい風に、改めてこの季節の気温を感じる。

    少々不満げな督公のお顔を見ると、ほんのり赤みを帯び、目もいつもより潤んで気怠そうだ。

    私は思わず、督公の首筋と額に手を当てた。

    「督公、お熱がありますよ」

    「だ、大丈夫…」

    有無を言わさず督公を抱きあげると、鞍の後方にお乗せし、私はその前に乗った。

    「前を失礼します。しっかり掴まって」

    督公のお手を取り、私の腰に回していただく。やはり発熱でおつらいのか、観念して下さったのか、押し黙ったまま背中にもたれ掛かるお身体が、明らかに熱い。

    馬の常歩では時間が掛かり過ぎる。

    馬丁には、先に戻る、と告げた。

    「かなり揺れますが、ご辛抱ください」

    私は右手に手綱を握り、左手で督公の両手を固く握り締めた。

    馬の腹を踵で軽く蹴り、速歩の合図をした。

    空の色は、閉門の時刻がもう間もなくであることを示している。

    その前に戻らなければ、色々と厄介だ。

    しばらく走らせると、御門が見えてきた。閉門間近だったが、何とか間に合った。

    馬を常歩にする。

    「督公、ご気分はいかがですか。お寒くはありませんか」

    さすがに速歩での会話は、舌を噛んでしまうので黙っていたが、つい小さな子供を心配するような口調でお尋ねしてしまった。

    「寒くはないが、頭痛が酷くてふわふわする。馬に酔ったと思う…。刻限には間に合ったのだから、お前は下りて轡を取れ。ひとりで乗れる」

    確かにここまで戻れば大丈夫だ。

    子供扱いがお嫌なご様子は、何とも微笑ましく、私は下を向いて密かに笑った。

    馬を下り、馬の首を撫でてやりながら、鞍上の督公を見上げた。

    「あまり心配させないでください。私の大切な督公に何かあったら困ります」

    轡を取り、馬を促す。

    「…馬を撫でながらそう言われると、馬のついでの様に聞こえる」

    余光の中、少し拗ねたようなお顔が年相応で、可愛らしい。

    「本当は…ほんの少しでいいから自由な時間が欲しかっただけなのだ。手掛かりを残しておけば、お前が迎えにきてくれるだろうと思って」

    気のせいかもしれないが、督公がほんの少し申し訳なさそうな顔をしていらっしゃるような…。

    「そうでしたか。根を詰め過ぎたのかもしれません。これからはもう少し副官の私を頼っては頂けませんか」

    「うん…」

    「さあ、急いで戻りましょう。薬をお出しします。今夜はゆっくりお休みになって下さい」

    「梨汁粥か、百合粥が食べたい…」

    「承知しました」

    甘いお粥ばかりだが、食欲がおありなのならこの際何でも構わない。

    変に老成した所もおありになるのに、時々子供っぽい事を仰る私の上官が、とても、とても可愛らしく思えてしまう。

    いや、これもまた督公の策略なのだろうか。
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