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小さな鼻歌と共に、赤い尻尾が機嫌良く揺れていた。海都に近い冒険者宅の台所は、この時期決まって甘い匂いに満たされる。
ヴァレンティオン・デー。高潔で美しい逸話から、いつしか人の『愛』を尊ぶ季節の代名詞となったこの日に、大切な人へと渡す贈り物の定番。それがこの匂いの正体、チョコレートだ。
秘めた愛を伝える者、今ある愛を菓子の形にのせて確かめ合う者。あるいは昨今、恋人だけでなく大切な仲間へ日々の感謝を『友愛』として伝える為に。こうして人々はこぞってチョコレート菓子を用意する訳だが、当然それは贈り主本人手製の物に限らない。
贈る相手の事を心から想って、気に入りの店で特別な逸品を買い求めるのもまた『愛』であり、故にその愛を支えるべく菓子職人達が寝る間を惜しんで奮闘するのもまたひとつの『愛』である。
1898