冷房の効いた涼しい部屋に一人でいたって何も嬉しくない。ベッドの中で横になっているしかできない僕は拗ねた気持ちで横を向いた。
修学旅行の初日、夕方に体調を崩した僕はみんなが夕ご飯を食べた後のレクリエーションで肝試しをしている時、一人だけ部屋で安静にしているように言い付けられていた。確かに歩き回るような元気はないけれど、修学旅行中なのにこんな寂しい状況にすることないじゃん。無理をしてでも具合が悪いのを隠しておけば良かったな。きっと今頃はみんな楽しい時間を過ごしているんだろう。
はあっとため息を吐いて目を瞑る。こんな時間に眠れるはずなんてないけれど。パソコンもゲーム機も持ってきちゃいけない学校行事なんて大嫌いだ。友達がたくさんいればそんなもの必要ないんだろうけど、それは僕とは違う人種の話だ。
ぐるぐると考え事をし続けていれば、突然ガチャッと扉の開く音がした。先生が様子を見にきたのかな。話をするのが面倒で目を開けることなく寝たふりを続行することにした。僕のことなんて放っておけばいいんだ、なんて。
「シューウ、……わ、寝てた」
え。聞き慣れた僕を呼ぶ声、近づいてきて寝たふりをしている僕を本当に寝ていると思ったのだろう、彼はいつもよりうんと小さくひとりごとを溢した。
目を開けて返事をしようと思ったところで、クスッと優しい笑い声とともに温かい手が僕の頭を撫でてくれる。僕は思わず息を止めてしまった。
「一人で寂しくなかった? 俺は、シュウがいなくて寂しかったよ」
布団の中で拳を強く握りしめる。顔が見たい、けど、きっと本当に僕が寝ていると思ってるだろう。内緒話を盗み聞きしてしまったような罪悪感があって瞼が上げられそうにない。どうやってこの状況を打開すればいいんだ。
止めていた呼吸もままならなくなった時、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえ、僕の頭を撫でていた手がビクッと震えた。彼は入り口の様子を伺いつつベッドの反対側へ周りそこにしゃがみ込んだようだった。扉の開く音がして、「闇ノくん、調子はどう?」と先生の声が聞こえる。返事をしなければ様子を見にこちらへ来てしまうだろう。
「だ、大丈夫です! さっきより体調も良くなったので、明日には元気になります!」
「それは良かった。何かあったらすぐに声をかけてね。おやすみなさい」
「ありがとうございます、おやすみなさい」
先生が扉を閉めた後、部屋の中に訪れた静寂に僕の心臓の音だけが聞こえてしまっている気がした。何か言われる前に大きく息を吸う。
「寝たふりしてごめんルカ!」
「……ぷ、ふははっ! もー! びっくりした! 俺めちゃくちゃ心臓ドキドキしてたよ!」
「僕もだよ……」
「先生を誤魔化してくれてありがとう。体調は本当にいい感じ?」
「うん……。……ルカ、あのさ」
「うん?」
「……僕も、寂しかった」
「……シュウ〜!」
ベッドの横にしゃがんでいたルカは僕の言葉を聞くとピョンと跳ね上がるようにベッドに乗り上げ僕のことを抱きしめた。グリグリと頬を押しつけられて笑ってしまう。
「んはは、ルカ、くすぐったいよ。そうだ、肝試しは? もう終わったの?」
「まだやってるよ。怖いの嫌だからサボってきちゃった」
「ええ? 先生にバレたら怒られちゃうよ?」
「シュウの看病してたってことにしたらどうかな?」
「じゃあさっき隠れないほうが良かったかも?」
「たしかに! ま、たぶん大丈夫でしょ。肝試しなんかよりシュウといたかったんだもん。シュウがいたら俺だってちゃんと参加してたよ? だからシュウも連帯責任〜」
「え〜?」
ぎゅうぎゅうにハグをしながら、二人で笑って体を震わせるのが楽しくて大好きだ。ルカの笑い声を聞いていたら体調不良なんてどこかに飛んでいってくれそうな気がする。笑い声の合間にさりげなく忍び込まされる優しいリップ音の甘さにさっきまでの拗ねた心が溶かされていくようだった。
パソコンもゲーム機も、やっぱり今はいらないかも。たくさんの友達はいないけれど、僕にはルカがいてくれれば、それでいい。