足音が聞こえて彼がこちらへ向かってきていることが分かったのだけれど、ちょうどチョコレートを溶かしているところで手が離せなかった俺は顔だけ振り向き「ふーふーちゃん」と彼の名前を呼んで笑いかけた。
「お腹すいたの?」
「いいや、いい匂いにつられただけだ。お菓子作りか?」
「フォンダンショコラを作ってる。すっごく食べたい気分になっちゃって」
「ふぅん」
ふーふーちゃんは俺の隣に立ってボウルの中を覗き込み、それからチョコレートではなく俺の匂いを嗅ぐように髪に鼻先を触れさせた。
「ふ、ふーふーちゃん……?」
「なんでもない。出来上がるまでにはまだ時間がかかりそうか?」
「ええと、これに卵と粉を混ぜて、型に入れて十分ちょっと焼くから、三十もあればできると思うよ。ふーふーちゃんも食べる?」
「ああ、ひとつもらおうかな」
「……なにか、あった?」
「ふ。ただ甘えているだけだと言ったら?」
俺の腰を抱いてそんなことを耳元で囁く恋人を放って、お菓子を作り続けられる人がどこにいるの。俺はまだ溶け切っていないチョコレートをそのままに、ホイッパーから手を離して振り向いた。
「甘やかしてあげる」
「……先に作り上げたらどうだ?」
「こんな可愛いふーふーちゃんを放って?」
「俺は俺で勝手に浮奇に触れているよ」
「集中できるわけないでしょ」
「そうかもしれない」
くすくす笑うふーふーちゃんは意外と機嫌が良さそうだった。甘えたいなんて言うから落ち込むことでもあったのかと思ったけどそうじゃないのかな。なんにせよ俺は可愛い恋人が可愛く甘えてくれるのなんて、いつでも大歓迎だ。
俺はふーふーちゃんの首に腕を回し、跳ねるように背伸びをしてキスをした。さっき一欠片だけつまみ食いをしたチョコレートの甘さがまだ口の中に残っていて、ふーふーちゃんがそれを味わうように舌を擦り付けてくる。ちゅうっと舌を吸われて俺は気持ちよさに目を細めた。ねえふーふーちゃんあとでフォンダンショコラが完成したら、もっと甘いキスができるよ。