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    おもち

    気が向いた時に書いたり書かなかったり。更新少なめです。かぷごとにまとめてるだけのぷらいべったー→https://privatter.net/u/mckpog

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    おもち

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    PsyBorg。服屋🔮と小説家🐏。

    #PsyBorg

    『ずいぶん前に選考委員をやった文学賞があるだろう。あれの授賞式に参加してほしいんだ』
    担当編集からの電話を受けた俺はその言葉を聞いて返事もせずに電話を切った。すぐに再び着信を知らせる携帯をしばらく無視し、あまりのしつこさに仕方なく耳に当てる。
    「しつこい」
    『ああ、繋がった。電波が悪かったか? 話の途中で切れたから驚いたよ。それで、おまえは授賞式に着て行くような服なんて持っていないだろう。俺の知り合いの店に話を通しておくからちょっと行ってこい』
    「……締切があって忙しい」
    『先週書き上げたものの返しはまだ来ていないはずだが他にも何か?』
    「……次回作の案を練っている」
    『それなら外に出て刺激に触れたほうが良いな。散歩がてら行ってこい』
    「……腰痛で」
    『ファルガー』
    「……はぁ、わかった、わかったよ、行ってくる」
    『いい子だ。支払いは俺につけておいてくれ。金額は気にしないでいい』
    自分が着る服くらい自分で買うと言おうと思ったが、面倒な仕事をやらなくてはいけない腹いせに言われた通りコイツにつけておこう。了解と返し電話を切ると早速店の情報がメールで送られてきた。
    久しぶりに人の多い都会に出なければいけないのか。鬱々とした気分になったがやっぱりやめたなんて今さら言えない。せめて大きな本屋に寄って、資料という体で経費で買い込もう。
    よし、と意気込み服を着る。アイツの知り合いの服屋なんて高級店に決まっているから、あまり着る機会のないシャツとジャケットに細身のパンツを履いて鏡の前に立った。とりあえず門前払いを食らうような格好ではなくなったはずだ。
    次は洗面所に向かい顔を洗って、ボサボサの髪を前に途方に暮れる。いっそのこと美容室にも寄って行くか。前回切ったのはいつだろうと思い出そうとしたがカケラも思い出せないので諦めた。よし、バッサリ切ろう。長く伸びてあちこちに跳ねる髪は一つに結んで準備完了。
    面倒でやりたくないことだとしても、やらなければならないことはさっさと終わらせるに尽きる。俺はすぐに家を出て、夏の暑さに身を焼かれ、大通りに出てタクシーを拾った。冷房の効いた快適な車内で今すぐに入れる美容室を探しネットで予約完了。まったく、便利な世の中だ。

    おまかせで、と言ったら肩につくほどだった後ろ髪は結べない短さになり、前髪は左右で長さの違うアシンメトリーになった。俺にはよく分からないスタイルだが美容師はとても嬉しそうに「うわ、めちゃくちゃかっこいいですね!」と言っているからどうやらこれで正解らしい。他の客の対応をしていた他の美容師まで「いい感じですね!」「素敵です!」と褒めてきて、満更でもない気分になってくる。
    会計を済ませ店を出た俺は次の目的地をマップアプリで検索した。歩いて数分で、その店は俺の目の前に現れた。
    ショーウィンドウには煌びやかな服を身につけたマネキンが立っていて、ガラス越しに見える店内も明らかに高級そうな雰囲気だ。店内が広々として見えるのは同じ服がいくつも用意されているのではなく一点ずつが展示品のように飾られているからだろう。
    なんてとこを紹介してくれたんだ……と心の中でアイツに恨み言を呟きながら、俺は恐る恐る扉に手をかける。薄く開いた扉の隙間から涼しい冷房の風に乗って爽やかで甘い、花のような香りがした。店の中に入るとその香りは感じられなくなり、思わずあたりを見渡す。
    「いらっしゃいませ、なにかお探しですか?」
    柔らかく耳触りのいい声は男性のもので、女性店員よりも話をしやすいと安心して俺はその人を振り返った。俺より少し低い身長、淡い紫色の髪に細いフチの丸眼鏡、モノトーンの綺麗な服に身を包んだその人は、眼鏡なんかじゃ隠せないほどに整った顔立ちをしていて、男だよな?と咄嗟に考えてしまうほど美しかった。見惚れて数秒、彼がキョトンと首を傾げたことで俺はハッと意識を引き戻す。
    「あの、知り合いに紹介されて来たんですけど」
    「紹介……あ、もしかしてヴォックスの、……ヴォックスさんの紹介ですか? 小説家さん?」
    「はい、ファルガーオーヴィドといいます。小説家と言えるほど有名作は書いていないんですけど」
    「ファルガーさん、俺は浮奇です。よろしくお願いします。パーティーで着る服を見繕ってほしいと聞いていますが、何かご希望はありますか?」
    「服のことは全然わからないんです。よかったら全部お任せしても大丈夫ですか? 目立ち過ぎない感じで、適当に」
    「ふふ、かしこまりました。予算はどのくらいですか?」
    「ヴォックスにつけてください。つまり、上限なし」
    「あはは、了解しました。何着か用意しますね。好きに見て待っていてください」
    「よろしくお願いします」
    店の奥に引っ込んでいく彼の後ろ姿を見送ってから、置いてあったソファーに腰掛け店内を見渡した。手近にあった普段着とは言い難いような高そうな雰囲気の服には値札が見当たらず、自分で払うなんて言わなくてよかったと小さく息を吐く。
    しばらくすると「お待たせしました」と彼が声をかけてくれ、俺は案内されるままに奥のフィッティングルームへ入った。着替えるだけなのにずいぶん広いその部屋は入り口の向かい側の壁が一面鏡張りになっており、左右の壁にはいくつかのスーツがかけられていた。
    「まずはシンプルなものを試してみましょう。ファルガーさんは手足が長いから丈は調整が必要かもしれないですね」
    言いながら彼は慣れた動作で俺のジャケットを脱がしそれをハンガーにかけた。フィッティングルームから出ていく様子はないからどうやらこのまま人がいる状況で着替えなければならないらしい。
    彼の長い髪を結んだ後ろ姿は俺の脳を混乱させたが、店員だし、男だし、気にし過ぎなければいいか……。ツヤツヤとした生地の高そうなシャツをハンガーから外している彼を見て、俺は自分のシャツのボタンに手をかけた。

    言われるままに何着か着替えを繰り返し、小物も合わせたコーディネートを考えてもらいそれを丸ごと購入した。合計金額は聞かなかったが、その方が授賞式で無駄な緊張をすることなく過ごせるだろう。
    買ったものを大きなショップバッグに入れて、浮奇が店の外まで運んでくれる。ありがとうございましたと微笑まれた俺は彼から紙袋を受け取り、俺が去るまで見送ってくれるであろう彼を見つめたまま固まった。こてっと可愛らしく首を傾げる彼に意を決して「あの」と声を上げる。
    「うん?」
    「……また服のことで困ったら、相談してもいいか」
    「はい! もちろん」
    「それと、……連絡先を聞いても?」
    「あ……。……ふふ、ごめんなさい。あのね、この袋の中に俺の連絡先を書いた紙が入れてあるよ」
    「え……、じゃあ、あとで、連絡する」
    「うん、待ってる」
    バイバイと手を振る彼は店員の顔ではなくなっていて、俺が控えめに手を振り返すと余計に笑みを溢して可愛らしく笑った。よかった、少しも分からない服のことで頭を捻って彼に連絡するキッカケを探さなくても良いみたいだ。
    俺一人じゃ一生かけても出会えなかったであろう彼と会うキッカケを作ってくれたヴォックスには感謝をしなくてはならない。だけど俺たちは素直に礼を言うような関係性ではないから、この恩は次回作で返そう。浮奇と出会った俺は、きっと今までは書けなかった小説が書ける。
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