無題 うちの主将は、怖い。
上背もないし、身体も細い方や。でも、堂々と淡々と粛々とちゃんと生きてる姿は誰よりも怖い。俺よりバレー上手くない奴なんて怖くもなんともない。そう思ってた時期が俺にもあったなあなんて、北さんの背中を見ながらいつも思う。
俺より丁寧にボールに触る人に初めて会った。俺よりバレー下手やけど、俺よりバレーをちゃんとする人に初めて出会った。バレー以外にもバレーと同じようにちゃんと出来るんはとてつもない事やと今になって思う。
尊敬して、正論で詰められたら言い返されへん。褒められたら嬉しい。好きやと思った。
せやから、怖い。
「お前の目きしょいねん」
始めて好きになった人に言われた言葉。二年先輩の同じバレーチームのキャプテンでセッターやった。放課後俺だけ呼ばれて、二人きりになれたん少し嬉しかった気持ちを打ち砕いた。心底冷めた目で少し怯えながら、そう言われた時のこときっと俺はずっと忘れられん。まだ恋の自覚もきしょい目も自覚すらしてなかった。
多分最初から男が好きやった。セッターかっこええなって思ってた。かっこええなって思いが強くなると、恋になる事を知った。それが、普通ではないことも同時に知った。男は男なんか好きにならん。サムもオトンも他のみんなも男は小さくて可愛らしい女の子が好きや。まして、誰かに抱かれたいやなんて、誰も思わへん。俺だけおかしいんや。きしょいねん、俺。
俺のきしょい部分知られたら俺のおる場所がなくなる事も知った。誰にも知られたらあかん事や。せやから、人のこと誰のことも好きになりたくなかった。俺が1番かっこよかったら誰のことも好きにならんで済むって事は分かってんねん。
せやから、俺はそうやってずっと生きてきたのに。
俺よりも、誰よりも丁寧にしとる。バレー以外も全部やなんて誰にも出来んことや。コートのこっち側、俺がトスを上げて繋いだボールをあんなに落とさんのは治以外やったら北さんが初めてや。
ただの畏怖やと思いたかった。怖いから目がちゃんと見られんのやと願ってた。北さんを見つめると心臓が痛かった。
俺の体調心配して買ってくれたレモン味を気に入った。梅干し毎日一粒食べるようになった。
北さんの事怖いと思ってたはずやった。ずっと緊張しとったんに、緊張して心臓痛かったんやなくて、ずっと好きやから痛かったんやと知った日からずっと違う恐怖がおさまらへんねん。自覚したら、もっと目が見られへんくなっていった。この人の事が好きで、好きになるのはあかんのに、こんなにも好きやから怖いんや。
それでも、関係なかったはずやねん。
恋とかやないってことにしたし。
誰も好きにはなれへんし。なられへんし。
好きになったとしても、バレへんかったら嘘を真実に出来んねん。
それでも俺にはバレーがあるし。まぁ、なんやかんや治がおるし。
なんも心配あれへんと思ってた。北さんは、この春高で引退。俺は自慢の後輩で、孫の代まで自慢できる後輩になればそれで終いや。
それやのに。
「ほな、引き継ぎはこんなもんや」
「あざっす」
「大丈夫なんか?」
「何がです?」
「治が高校卒業したら辞める言うて、また喧嘩したて聞いたから」
「程々にしとかんとあかんで。ただの兄弟喧嘩て思ってくれるんはお前らのこと知っとる奴らだけなんやで。もし怪我でもしたら、ちゃんとしとるもんも出来へんくなんで」
「…北さん、北さんは、知っとったんですか?サムが辞めること」
「お前が知らんのに、俺が知っとるわけないやろ」
なんでか分からん。声が優しすぎて、涙が出そうやった。せやから、ずっと見られへんかった目を見てしまったんや。
「大丈夫です。部活は、ちゃんとしますよって」
「おん。それは、侑やから心配してへんよ。バレーも部活も心配してへん。お前は誰よりちゃんとしとる。心配なんはお前の事や。お前が泣きそうなんが心配なんや」
北さんは、怒ってても、そうでなくても正しくて難しいことを言う。そんでも、今の言ってる意味は今までで1番分からん。あんたの“ちゃんと”がもらえるやなんて思わんやん。あんたのせいや。
なんでこの人は今こんな優しい目で心底俺を心配しとる目で、俺を見とるんか。うっかり見てしまった瞳が俺を期待させようとする。
怖い。信じたくない。
俺のバレーを俺よりも信じてくれる人間が俺と治以外にもおるやなんて、今知りたくなかった。