今日のキスは俺から 長い1日を終えて帰宅して、鍵を開けて靴を脱いで、うがい手洗い終わった後にハグをしてキスをする。侑さんの逞しい胸板と薄めの唇の感触を確かめて帰宅後の生活を始めるのが最近のルーティンワークだ。
年末の某ドラマの再放送を一緒に見ていたときにストーリーの中で出てきたハグの習慣。侑さんから「俺らもせえへん?」と言われて「いや、毎日してるじゃないですか。」と返したら、「このタイミングで絶対するって感じでしたいねん!絶対ハグできる約束がしたいねん!翔陽くんから!広げられた腕の中に!入りたいねん!!」と面倒な感じになったので、「侑さん結構面倒くさいです!」って素直に伝えるとしょんぼりしちゃったので可哀想になって「じゃあ、夜どちらとも家に帰ってきてうがい手洗い終わったときか、ずっと一緒にいるときは眠る前のタイミングでしますか?」と提案してそれ以来ずっと続けている。キスはそのあといつの間にか追加されてた。
面倒なんて言いながら、俺はいつの間にかこのルーティンワークが結構気に入っている。恥ずかしいから侑さんには秘密だ。
今日は侑さんが広報の仕事で遅くなるので帰ってくるまでハグとキスは少しの間お預け。
最近はバレー人気が著しい。俺たちの世代はモンスタージェネレーションと言われたりしてメディアに引っ張りだこだ。この人気を一過性のものにしないため黒尾さんは日々奔走している。そんで、俺の恋人はブラックジャッカルからのモンジェネメディア担当枠筆頭だ。影山のいるアドラーズとの対戦前はイケメンセッター対決なんて言われてる。今日は侑さんは生番組にスタジオ出演するらしい。レコーダーでちゃんと録画予約をしてるのを確認して、放送前に風呂に入ってしまおう。
頭と身体を疲れと一緒に洗い流して、湯船に浸かる。「ふぅーー」って声が勝手にでる。湯船が気持ちいい。物思いにふけるにちょうどいい。
侑さんはかっこいい。半分惚気だけどそれ以上に本気だ。顔も良いしかっこいいしトスも上手い。なんで俺をここまで好きになってくれたのか分かんないけど自慢の彼氏だ。
だからこういうバレー以外の仕事で侑さんが注目されるのはすごく嬉しい。
侑さんは納得のイケメン枠だけど、高校の頃のイメージが抜けない影山が侑さんと同じイケメン枠だとぉ??と未だに思ったりはする。しかし、俺はあいつが高校2年になって後輩の女の子から何人も告白されてるのを知っている。釈然としないが女の子が好きな見た目なんだと認めざるを得ない。
お、俺にだって一応そういう子はいたにはいたぞ!決して嘘じゃない!高校生の卒業式の日後輩の女の子に呼び出されて、
「日向先輩ずっと、憧れてました。良かったら第二ボタンください。」
って、言われたんだ。
第二ボタンは近所の四つ下の子に制服お下がりする約束してたからあげらんなかったけど、かわりに一緒に写真撮ってお礼言われた。
そのまま特に何もなかったけど、いつも試合に応援来てて、練習も見に来てくれてる子だって事は気付いてて、「そういう事だったんだー」ってなんか不思議な感情になってその日はその子の事一晩中考えてたな。
そういえば、侑さんはボタンあげたりしたんですかって同じ話したとき
「ボタンなんかぜーーんぶ取られたし!」
ってなぜか拗ねたように言われた。そんときはやっぱなー!って思ったけど、よく考えたら侑さん高校の制服ブレザーじゃん!全部だとしても絶対争奪戦だったんだろうなと思った。
飲み物を用意してテレビを付ける。ちょうど侑さんが出てきた。
茶色のスーツ着て髪型もビチッと決めてすごくかっこいい。スペシャルゲストとして呼ばれて「かっこいいですね〜!!」「すごい!背が高い〜!!」なんて言われてる。そういうこと言われ慣れてる侑さんの返しもスマートでちょっと笑いも取ったりしてて流石だ。
侑さんメインのVTRじゃない時は画面の上の四角い枠の中に顔撮られてることに気付いてないのか、なんかめちゃくちゃ眠そうな顔してるな。仕事と練習が終わった後の追加の仕事だもんな。帰ってきたらいっぱい労ってあげようなんて、それまでは穏やかな気持ちで観てた。
様子が変わったのは、それから。侑さんメインのコーナーに移って、かっこいい侑さんのプレイ映像が映る。そんで、その番組のアシスタントのフリーアナウンサーが実は春高時代からの侑さんの大ファンでって話になって治さんの事も知ってて、侑さんの顔すら見れなくて真っ赤になってる。握手して泣きそうになって話すことも出来なくなってる様子を見て「見る目あるな!侑さんは流石だな!」なんて思ってたのに、スタジオのおじさんが囃し立てるみたいにそのアシスタントのかわいい女の人に「ついでにハグしてもらったら?」なんて言い出して「無理無理無理無理!!無理です!!」なんて返してるけど、侑さんは「なんで無理なんですかー?」ってハグしようと近づいてるのを見て我慢できなくなった。
「だめ、」
思わずテレビの電源切っちゃったから本当にハグしたかは分からない。録画は見る勇気がない。俺は俺の恋人が他の人にも好かれてるのが誇らしくて嬉しくて、それだけだったのに。侑さん自身そんなにファンサービスするタイプじゃないし、俺にも「勘違いさせるからそこまで親しくしたらアカン。」って言うくらいだから、こういうところ目の当たりにした事なかったんだ。
俺、侑さんに好かれてるって安心して侑さんが優しくしてくれるからってずっと無頓着だったくせに、誰かが侑さんに触ろうとしたら独り占めしたいなんて最低だ。
だけど、いやだ。侑さんとハグ出来るのは俺だけがいい。
⭐︎
「ほな、ありがとうございましたー。お疲れ様ですー。」
ふぅーー疲れた。収録終えて、その後のお付き合いも終わってやっと帰路。広報の仕事入れすぎやで。うちの広報担当、鉄朗くんに言い負かされすぎやろ。まぁ、翔陽くん俺がテレビとか雑誌とかの仕事するん好きみたいやし、明日のバレーの為にもがんばりましょか。
あー、はよ帰って翔陽くんに会いたい。この時間やったら寝てるかも知れへんけど寝顔だけでも見たい。
外から窓見ても電気はついてないから寝てんねやろなと思って鍵を開ける。靴脱いで、洗面所でうがい手洗い。帰ってハグとキスする習慣の前に帰ってすぐうがい手洗いせんとハグもキスも「待て」される。今夜はハグ出来へんやろけど習慣って身につくな。明日ん朝いっぱいハグとキスしたらええんや。
一回カバン置こうとリビングの電気をつけると寝とると思っとった翔陽くんが体操座りでラグの上で縮こまっとった。
「うお、びっくりした!!!!どないしてん!?!」
「侑さん。」
あげた顔がなんやしょんぼりしとる。何かあったんは明確や。心配ですぐ駆け寄る。
「どしたん?!なんかあったんか?」
「侑さん、面倒くさいなんて言ってごめんなさい。ハグ、したいです。」
⭐︎
侑さん、疲れてるのに何してんだ俺。
「なんや改まって、約束やん。」
「そうですけど、」
こんな多分泣きそうになってる顔で、心配させてる。
「ええよ、おいで。」
それなのに侑さんは優しい顔で腕を広げて待っていてくれる。そこにとびこんで侑さんの肩に顔を沈める。侑さんの匂いだ。ぎゅっと抱き寄せられたから俺もぎゅっと腕に力を入れる。
「どないしたん?」
侑さんの優しい鼻にかかった声。大好きだ。
「さっきの番組、女の人とハグしそうになってるの見て耐えられなくなって、こんな気持ちになるの初めてで、今まで俺嫉妬って分かんなくて。だって侑さん俺を好きだし、俺も侑さんが好きで揺るがないから。だけど、さっきのは嫌でした。侑さんは今までこういう気持ちになった事もあったんだなって思ったら辛くて、侑さんの事蔑ろにしてたんじゃないかって頭ぐちゃぐちゃで。」
「俺は蔑ろになんかされてないで?翔陽くん俺の事自慢の彼氏や言うて、テレビも雑誌もチェックしてくれてんの俺がどれだけ嬉しいと思っとるか知らんやろ。それに加えてやきもちまで焼いてくれて何?これご褒美なん?嬉しすぎるわ。」
「え、嬉しい?」
「そうや。やきもちは焼いてほしいもんやねんで?それに、やきもちもちょっとは焼いてもらわんと俺ばーっかり好きみたいやん!」
「そんなわけないです!」
「ごめんごめん、あとなハグしてないで?」
「そうなんですか?」
「相手も遠慮しとったし、大人の侑さんのスルースキルを舐めたらあかんよ。こういうことは翔陽くん以外とはせぇへんよ。」
「昔だったら嫌なことは嫌って言ってたのに。」
「なんやと!?ってまぁ、それは否定できへんか。」
「良かった。これは、俺のものです。」