死にぞこないの見る夢ベルトルトに会いたい。
素直にそう思うことがある。
指を軽く握って手の甲にキスしたり
抱きしめたり、
あいつが恥ずかしそうに笑うさまをどこまでも見ていたい。
「……朝か」
今日も今日とて俺は起き、裏庭の井戸で水をくむ。
地下の奥深くから引き揚げられるそれは何とも冷たくて、あいつのいる地獄はやはり寒いんだろうかと考えてしまう。
その水で喉を潤し、顔を洗って鏡を見れば、目の下に隈を作った死にぞこないの顔がある。
最近同僚が焼き始めた試作用の堅いパンをぎりっと噛じり、あいつも今頃食っているかなと窓を見る。
今日もいい天気だ。
なあ、そうだろう相棒?
*
一人掛けのテーブルは僕には小さくて狭い。
でも地獄だから仕方がない。
ろうそくの明かりがつき、色の薄いスープが出ると、この地下牢にも朝がきたことが告げられる。
僕は自分が奪った命の数だけ、ここにつながれることになっている。
1日につき1つ。
殺した人も、踏んでしまった蟻も、食べた鶏卵の命も皆等しく1日だ。
今日も今日とてスープに顔を映す。
すると本日は誰への償いの日か、自分の奪った命の顔が映る。
時折、この鏡に君が映ったらどれだけいいだろうと思う。
会いたい。
僕が残酷な世界に残してしまった想い人。
見た目よりもとても繊細で
真面目で
優しい
分厚い手で僕の額に触れてくれた
あの感触が死んだ今でも忘れられない
大好きだよ、ライナー
*
時には外を当てもなくうろついて、
ガキの頃には食べれなかったアイスクリームを、どこぞの子どもにおごってやる
夕暮れ時はベンチに座って煙を吐き、
水平線のかなたに消えゆく日を、ただ落ちるまでぼうっと見る。
何度願っても
何度後悔しても
何度思い出しても
何度も
何度も
「おいこらライナアア!」
「ん……ジャンか……」
「なんでテメエはコートも来てねえで、冬の波止場で眠りこけてんだ!」
「風邪ひいちゃうよ~」
「そういやライナー、俺のつくったパンどうだった?うまくなったらサシャの墓前にあげるんだ!」
「たく、ホント困るよ。アンタはすぐどっか行っちゃうんだから」
「まあ、皆そろったことだし行こう!今日はヒィズルじゃ、地獄の窯の蓋が開く日って言うみたいだし」
*
コト
鉄格子の隙間から、今日の夕飯が差し入れられる。
このふかしたじゃがいも1つが、僕にとってはなんとも嬉しい。
少しずつかじって食べると、訓練兵だった時を思い出せるから。
短かった僕の人生の中でも、少しだけ深呼吸できた大切な時だから。
飲み物は、相も変わらず冷たい水だ。
でもこの日は少しにおいがした。
果実のような甘い香り、しかもランプに照らせば少し色がついている。
これは……お酒だ。
そしてその一番下に、何かが……。
*
「アンタ本当に気持ち悪いね」
「すまん」
「いいよ、好きにやりな」
俺が文字を刻んだカップの底に、アニが酒をとくとくと注ぐ。
大使連中皆刮目する中、俺は密かに用意していた指輪を沈めた。
“B.Hへ
R.Bより愛をこめて“
あとは皆、自身のカップに酒を注ぎ、ひとまず和平交渉が無事船出したことを祝う。
殺し合ってもなお死にぞこなった者達が、
今日も今日とて傷をなめ合い
いつか地獄に行く日を心待ちにしている。
見えるかベルトルト
見えるよライナー
きっとまた、あともう少ししたら。
fin