校庭から部活動生の声と、蝉の鳴き声がけたたましく聞こえてくる。窓を締切った誰も居なくなった教室で、一つの机に向かい合わせに僕とルカは座っていた。
「絶対来るよ!来たら何聞こうかな〜」
「来ないよ、こんなの都市伝説でしょ」
机に広げられた一枚の紙。五十音順に並んでいる文字の上部に描かれた鳥居には十円玉が一枚置かれている。最近学校で流行っている、こっくりさんをやりたいと、今日のお昼休みにルカが言い出したのがきっかけだ。数人で一つの十円玉を押さえているのだから、誰かが動かしているに決まっている。だから、何も起こりっこないのだ。
「シュウ、覚悟はいい?」
「いつでも」
「じゃあ行くよ。…こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら“はい”へお進みください」
二人の指先が押さえる十円玉は動く気配はない。ほらね、と思いながらじっと待っていると、ルカはもう一度こっくりさんを呼んだ。少しも動く気配のないそれを見つめてがっかりした様子を見せるルカに、小さな好奇心が湧いた。何でもない顔をして、指先に少しだけ力を入れる。
「動いたッ!!シュウ、動いたよ!!」
「わっ!!え、嘘、ほんとに?」
不規則に指先に力を入れて、“はい”まで持っていく、興奮しきったルカの瞳がこちらを見ていた。
「本当だったんだね。ルカ、何か聞いてみたら?」
「うーん、じゃあ…」
少し悩んで、ルカは口を開いた。
「いま学校で流行っているこっくりさんは、貴方ですか?」
二人で押さえたままの硬貨を、“いいえ”に持っていく。だって、これはこっくりさんではなく、僕だから。
「えっ、違うんだ…いつもとは違うこっくりさんなのかな…シュウも何か聞くことないの?」
「僕も?そうだなぁ…じゃあ、今呼び出された事を怒っていますか。」
“はい”
移動したのを見て、ルカががばりと顔上げる。あんまり深刻そうな表情をしているものだから、思わず笑いそうになるのを必死に堪えた。
「ん、…怒っているのを、許してくれますか。」
“ゆるさない”
「……シュウ、どうしよう…」
「謝って、二度としないって約束してみるのは?」
先程よりもずいぶんと小さな声で、許しを乞うルカに、ちょっと可哀想かな、と思いつつも追い打ちをかけた。
“かえさない”
示された言葉に、ルカは遂に無言になってしまった。やりすぎたかな、と、ルカに大丈夫かと尋ねると、しょぼくれている子供の様な顔でこちらを見た。
「…シュウ、ごめん。俺がこっくりさんやろうなんて言ったから…」
「ううん、僕こそごめん」
「?、…なんでシュウが謝るの?」
指先を硬貨から、ぱっと離すと目の前のルカが途端に焦りだす。
「シュウ!?!?途中で指離しちゃいけないんだよ!?」
「知ってるよ」
「じゃあなんで…!」
「ごめんね、全部僕が動かしてたんだ」
少しだけ笑ってそう言うと、指で押さえている十円玉をそのままに、ルカは机につっぷした。
「…ぜんぶ?」
「全部。」
「…こっくりさん怒ってないってこと?」
「怒ってないよ。そもそも居ないんだから」
指離しても大丈夫だよ、と声をかけると、ゆっくりと指先を離していく。机に預けたままの頭が上がらないから、どうしたのかと顔を覗き込むと、ルカの瞳がうっすらと潤んでいた。
「ルカ!ごめんね、やり過ぎちゃった!本当にごめん!」
頭を優しく撫でると、ようやく机から頭が離れた。
「…シュウ、演技上手すぎ。本当にこっくりさん来たかと思ったじゃん」
「動かないと楽しくないかと思って…ごめんね、帰りにアイス奢るから!ね、」
スクールバッグを肩にかけ、アイスを買いに行くために教室を出る。人気のない廊下に、やけに足音が響く。突然、ぱたぱたと階段を駆け上がる音がして、ルカが正面から抱きついてきた。
「あぁ〜〜!!!!」
「わ、びっくりした…」
校内に残っていただけであろう生徒が、不思議そうにこちらを見ながら通り過ぎていく。近くにあるルカの顔は、恥ずかしそうに少しだけ赤くなっていた。
「あはは!驚きすぎだよ!」
正面からぎゅ、と一度抱きしめると、ルカの速い鼓動が伝わってくる。怯えさせちゃった。悪いことしたな、と反省しながら蝉の鳴き声のうるさい廊下でルカを見つめた。
「僕がついてるから、大丈夫だよ」
たとえ、学校で流行っているこっくりさんが本物だとしても、ルカは幽霊にいたずらされることは無い。今日、こっくりさんをやると決めたときだって、幽霊を呼ぶつもりなんて1ミリも無かったのだ。
「そもそも、“こっくりさんおいでください”って全員で言わないといけないから、僕が言ってない時点でやり方違ってたんだよ」
「そうなんだ?シュウ、詳しいんだね」
「…少しだけね」
ローファーを履いて、外に駆けるルカに当たる日差しがやけに眩しく見える。
幽霊なんて、似合いっこない。
「……ルカは駄目だからね」
小さくそう呟いて、日差しの中のルカのもとへ足を進めた。